第10話 善意と警戒
第10話 善意と警戒
「どうか、お願いします。仲間が重傷で……」
工房の入り口で、見知らぬ冒険者が深々と頭を下げていた。
ガレスと名乗った男性は、三十代半ばの落ち着いた雰囲気を持つ戦士だった。装備も身なりもしっかりしており、決して怪しい人物には見えない。
しかし、セレスの美しい眉が少し寄せられ、警戒の色を隠せずにいた。
レオンが椅子を勧めると、ガレスは再び丁寧に礼を述べてから話を始める。
「パーティーのメイジであるリリアが、Bランクダンジョンで火竜の攻撃を受けまして……」
三人が顔を見合わせた。
レオンは助けたい気持ちと慎重になるべきという理性の間で揺れている。
エリアが心配そうに身を乗り出す。
「火竜? それはかなり危険な相手ですね……」
「はい」
ガレスの声に後悔の色が滲む。
「調査依頼だったのですが、予想以上に危険で……」
ガレスが拳を強く握りしめる。自分を責めているのが分かった。
「私がもっと的確に指示を出していれば、リリアがあんな目に……」
レオンはガレスの苦しそうな表情を見つめる。話には真実味を感じられた。
その時、セレスが小さくしかし意味深に首を振っているのに気づく。
「具体的には、どのような状況なんですか?」
セレスが冷静に質問する。
「リリアさんの容体は?」
「火竜のブレスを直接受けて……」
ガレスが苦しそうに答える。
「魔力が暴走状態になっています。王都の治療師にも診てもらったのですが……」
「魔力暴走?」
レオンが心配そうに身を乗り出す。
「それは確かに危険ですね」
「魔力暴走は本当に危険です」
レオンが眉をひそめる。
「放置すれば魔力爆発を起こして……」
「治療師の先生は、『特殊な魔道具が必要』だと……」
ガレスがレオンを見つめる。
「それで、この辺りに優秀な魔道具職人がいるという噂を聞いて……」
レオンは迷った。目の前で苦しんでいる人を助けるのは当然のことだ。
しかし、セレスやエリアの心配ももっともだった。
「レオンさん……」
エリアが小声で話しかける。
「どうしますか?」
「そうですね……」
レオンが考える。
技術を隠すべきか、人を助けるべきか。
『レオン』
【魔核炉心】の温かく力強い声が頭の中に響く。
『汝の心に従うがよい』
「心に従う?」
『技術は人を助けるためにある。それを忘れてはならない』
【魔核炉心】の言葉に、レオンの迷いが晴れた。
「分かりました」
レオンが決意を込めて立ち上がる。
「もしお役に立てるなら、お手伝いします」
「本当ですか?」
ガレスの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
しかし、セレスが立ち上がる。
「ちょっと待ってください」
セレスがレオンを見つめる。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫って?」
レオンが首を傾げる。
「この話、本当かどうか確認しましたか?」
セレスが鋭い視線をガレスに向ける。
「証拠はあるんですか?」
「証拠って……」
ガレスが戸惑う。
「同行者の証言とか、治療師の診断書とか」
セレスが腕組みをする。
「最近、怪しい人物が工房の周りをうろついているんです」
「怪しい人物?」
ガレスが困惑する。
「私は本当に困っているんです」
「困っておられるのは分かります」
セレスがうなずく。
「でも、確認は必要でしょう?」
レオンは考え込む。確かにセレスの言う通りだ。最近は商人フェリックスのような人物も現れている。
「どうすれば信じていただけるでしょうか?」
ガレスが真剣な表情で聞く。
「冒険者ギルドの証明書はあります」
「証明書を見せていただけますか?」
セレスが丁寧に手を差し出す。
ガレスが懐から取り出した証明書を、セレスが慎重に確認する。
「本物のようですね」
セレスがうなずく。
「でも、もう一つ条件があります」
「条件ですか?」
「私たちも、患者さんの様子を確認させてもらいます」
セレスがきっぱりと言う。
「実際に魔力暴走を起こしているかどうか、この目で見ないと信用できません」
「それは……」
ガレスが困った顔をする。
「リリアは王都の宿屋にいるのですが……」
「王都まで行きましょう」
レオンが提案する。
「実際に見れば、どんな魔道具が必要か分かりますし」
「本当に来てくださるんですか?」
ガレスが嬉しそうに言う。
「はい」
レオンがうなずく。
「ただし、セレスさんのおっしゃる通り、まず確認からです」
「ありがとうございます」
レオンが感謝を込めて答える。
「慎重に進めましょう」
「それじゃあ、準備しましょう」
レオンが立ち上がる。
「王都まで、どのくらいかかりますか?」
「馬車なら半日ほどです」
ガレスが答える。
「急げば、今日中に着けるでしょう」
エリアが荷造りの準備を始めた。
「セレスさんも一緒に来てくださいね」
レオンが頼む。
「もちろんよ」
セレスがうなずく。
「この目で確かめるまでは安心できないわ」