第1話 常識外れの魔道具職人
第1話 常識外れの魔道具職人
「このままじゃ駄目だ……もっと魔力を抑えないと……」
グランツ工房の作業場で、完成したばかりの【強化魔石】を手にレオンが眉を寄せる。見た目は確かに地味な石ころで、魔力計での測定値も規格値ぎりぎり。
だが、これでいい。いや、これが正しいはずだ。
レオンは満足そうに魔石をくるくると指先で回した。
「レオン、また変なことやってるのか?」
後ろから響いた声に振り返ると、師匠のマルコス・グランツが腕組みして立っていた。五十代の貫禄ある魔道具職人で、この工房の主である。その表情には既に諦めの色が浮かんでいる。
「変じゃありませんよ。ちょっと魔力回路の配置を工夫しただけです。従来の方法とは違いますけど……」
レオンが少し申し訳なさそうに答える。確かに師匠に教わった方法とは違うことをしているのは事実だ。
「従来と違う? レオン、お前はまだ二十二歳だぞ? 基礎もできていないくせに勝手な改良をするな」
マルコスの声が工房に響く。他の職人たちの手も止まった。
「基礎は一応理解していると思います。それに、こうした方が効率がいいような気がして。理論的には魔力伝達率が向上するはずなんですが――」
「理論もクソもあるか!」
マルコスの怒鳴り声が工房を震わせた。
「魔道具製作は伝統と経験の技術だ。お前の独りよがりな改良なんて、客に迷惑をかけるだけだ」
「すみません。でも、きっと大丈夫だと思うんです」
レオンが困ったように頭を掻く。怒られているのは分かるが、どうしても自分の考えが正しいような気がしてならない。
「大丈夫だと思う? お前、まさか客に試作品を売るつもりか?」
「試作品じゃありません。一応完成品のつもりです」
レオンは魔石を手のひらで転がしながら答えた。
「これくらいなら問題ないと思うんですが……」
工房の空気が重くなった。先輩のダミアンが苦笑いを浮かべながら近づいてくる。
「レオン、お前な……普通の魔道具職人は、新しい技術を試すときはもっと慎重になるもんだぞ?」
「そうなんですか? でも理論的に問題なさそうなら、試してみたくなりませんか?」
「理論的に問題ないって……」
ダミアンの額に青筋が浮かぶ。
「お前、失敗したときのリスクとか考えないのか?」
「うーん、失敗する理由が思いつかないんです。計算は何回も確認しましたし」
その時、工房の扉がカランカランと音を立てて開かれた。
入ってきたのは二十歳くらいの女性だった。濃紺のローブを着て、腰には魔法学院の徽章が輝いている。栗色の髪をポニーテールにまとめた、知的で美しい顔立ちの女性だ。
「すみません、冒険者登録したばかりのエリア・セルクライトと申します。魔道具の購入を希望しているのですが……」
エリアが丁寧に頭を下げながら言うと、マルコスが慌てて迎えに出た。
「いらっしゃいませ。どのような魔道具をお求めですか?」
「はい、冒険者として活動するために【強化魔石】を購入したいのですが」
エリアの声は落ち着いていて、きちんとした教育を受けていることが分かる。
その時、レオンが作業台から振り返った。
「あ、【強化魔石】でしたら、ちょうど新しいタイプを試作してみたんです」
「レオン!」
マルコスが慌てて止めようとしたが、レオンは既に自分の魔石を手に取っていた。
「試作品って言いましたが、性能は良いと思うんです。従来品と比べて効率が良くて……」
エリアがレオンの持つ魔石を見て、首を傾げた。
「すみません、この魔石、魔力反応がとても弱いように見えるのですが?」
エリアの声に困惑が滲んでいた。
「あ、見た目は地味なんです。でも実際の性能は……多分良いと思います」
レオンが少し自信なさげに答える。
「多分って……」
エリアの声が裏返った。
「あの、普通は魔道具の性能と魔力反応は比例するものではないんですか?」
「普通はそうですね。でも、これは違う方法で作ってみたので……どうなんでしょう」
マルコスが慌てて割って入った。
「すみません、お客様。こいつは職人としてまだまだ勉強中でして……」
「勉強中ですが、一応頑張って作りました」
レオンが素直に答える。
「実際に使ってみないと分からないんですが、理屈的には良いはずです」
エリアはレオンとマルコスを交互に見て、さらに困惑を深めた。
「あの……実際にこの魔石を購入された方の評価などは?」
「初めて作ったので、まだ誰も使ったことがありません」
レオンが正直に答える。
「でも、きっと大丈夫だと思います。計算は合ってるので」
「計算は合ってるって……」
エリアの声が震えた。
「あなた、魔道具職人としての経験はどの程度お持ちですか?」
「経験ですか?」
レオンが考え込む。
「この工房で三年働いてます。でも、まだまだ教わることばかりで……」
エリアの表情が複雑になった。
「三年働いて、その……自信はどこから来るんですか?」
「自信というか……なんとなく、こうした方が良いような気がして」
レオンが頭を掻く。
「今まで作った魔道具で壊れたりしたことはないので、多分大丈夫だと思うんです」
エリアは【強化魔石】を改めて手に取った。そっと魔力を注入してみる。
「あ……」
彼女の表情が変わった。驚きと戸惑いが混じった表情で、魔石を見つめている。
「これ、確かに効率がいいですね……でも、なんで魔力反応がこんなに弱いんですか?」
「あ、それは無駄な魔力を外に漏らさないようにしたからです」
レオンが嬉しそうに説明する。
「従来品は魔力を外に出すことで強く見えますが、それってもったいないなと思って」
エリアは完全に絶句した。
しばらく魔石と作り手を交互に見つめてから、ぽつりと呟いた。
「あなた、もしかして……すごく才能があるんですか?」
「才能かどうかは分かりませんが……」
レオンが困ったように笑う。
「ただ、なんとなく分かるんです。こうした方が良いって」
マルコスとマリアン、そしてダミアンが一斉にため息をついた。
しかし、そのため息には呆れだけでなく、少しだけ期待も混じっていた。