一ノ章〜災厄は、彼方の空より来る〜
ある日の幻想郷…夕暮れ時、人は『逢魔が時』と言う頃合い。
博麗神社へ至る山道を、一人の少女〜頭から二本の角が生え、その背に巨大な瓢箪を背負っている〜が、どこかフラフラとした危なげな足取りで登っていくのが見える…。
少女『伊吹萃香』はのんびりと、だが…酔っぱらいじみた挙動をしながらゆっくりと山道を登っていく。
その後ろから、しっかりとした足取りで長身の美女〜彼女は額から1本、深紅の角が生えている〜が若干呆れた様子で付いて歩いている。
…と、美女〜『星熊勇儀』〜が前を歩む萃香に声をかける。
勇儀「おい萃香、やっぱり術を使ったほうがよくないか?酒がぬるくなりそうなんだけど…」
萃香「なぁに言ってんだい…たまには歩いて行こう、って言ったのは勇儀じゃないか。それにその盃があれば問題ないだろ〜?」
勇儀「まぁ、そりゃ言ったのは私だけどもね、こうも蒸すのは考え違いさね…全く」
萃香「確かにねぇ…今年はなんでこんな蒸し蒸ししてんだが…ん?」
勇儀「……?」
ふと、二人は押し黙る…空の彼方から流れ星の如く降ってくる、異様な『力』を感じたからだ。
…しばし後、轟音と微かな揺れを感じた二人は…顔を見合わせ、静かに頷きあった。
勇儀「…なんだい、この異様な気配は…」
萃香「霊夢たちと酒盛りは後回し…だね」
勇儀「ああ、なんかこっちの方が面白そうだ…!」
二人は物騒な笑みを浮かべるや否や…その場から掻き消えたかと思わせる速さで走り出した…『力』の気配を感じる場所、そこを目指して…!
〜同時刻、紅魔館〜
幻想郷にある、吸血鬼の住まう館【紅魔館】…その主にして500年を生きた吸血鬼『レミリア・スカーレット』は…館の執務室の椅子に座って目を閉じていたが…その目を開くと、従者を呼び寄せた。
レミリア「本当に降ってきたわね…咲夜、パチェリーとフランは?」
『咲夜』と呼ばれ…音もなくレミリアの傍らに現れた銀髪の美女『十六夜咲夜』は、主の質問に静かな口調で答えた。
咲夜「妹様は、未だお休みのようです、しかし…まもなく目覚めるかと。パチェリー様は、既に召喚陣の準備に入っています…」
レミリア「まさか、とは思ったけども…そうね、美鈴にはフランが起きたら、フランの側にいるよう伝えなさい。それから…」
咲夜「守矢神社にはパチェリー様の文を持たせて、既に小悪魔が向かっております。あちらも備えてはいたと思いますが…」
咲夜の言葉に満足げに頷くと…レミリアは静かに口を開いた。
レミリア「ありがと、ついで…というのもなんだけども、地霊殿の方にも連絡はしておきなさい。今回の件…相当な大事件になる予感がするわ」
咲夜「かしこまりました…では、そのように動きます」
主の命に恭しく一礼を返し…その刹那で咲夜の姿は消えた。
レミリア(まさか…『天より異変来たり。その異変、幻想の郷を砕かんとする悪鬼の形をした者』なんて、パチェリーの占星術が的中するなんて流石に信じたくはなかったけど…。こうなると、何とかしないとね…)
憂いをその顔に浮かべつつ、レミリアは地下へ向かった…パチェリーのいるであろう、地下室へ。
〜同時刻、妖怪の山〜
本来…逢魔が時が来れば、妖怪の山は賑やかさを増していくものだ。
…そこに住まう妖怪たちも、夜こそが己が時間と分かっているためだが、今日は様子が違う。
息を潜め、何かに警戒している…そんな妙な緊張感に山全体が包まれていた。
先程、山の麓から離れたあたりに落ちてきた『隕石』らしきモノ…それが発する異様な力の気配が、彼らを警戒心を高めているためだ。
そして、麓近くの木の上で待機していた一人の少女〜鴉天狗の『射命丸文』〜は、その木の下に現れたもう一人の少女〜白狼天狗の『犬走椛』〜に声をかけた。
文「お疲れ様、椛…で、大天狗さまはなんて?」
椛「偵察してこい…とのことです。ただし…命を最優先に行動せよ、と」
文「新聞屋に何を言っているのか…あの方は(嘆息)。こんなの全力でカチコミやる案件に決まってるでしょうが!」
椛「あと…大天狗様から『無茶したら、お仕置き特上コースな』…だそうです(滝汗)」
椛から聞かされた…無情と恐怖を感じる伝言に、文は戦慄した。
文「……ま、まぁそれはそれとして、と…それじゃあ行きましょうか、椛」
椛「はい…文さん」
そう言って、二人の天狗は動き出した…状況をその目で見て、耳で聞いて…詳細を調べるために。
〜同時刻•人間の里の外れ〜
夕暮れ時、人々の声も少なくなり始めたあたりで起きた…隕石と思われるモノの落下は、人々をざわめかせていた。
その中に…一人、様子の違う男〜周りの人々から比べても頭一つ以上は背が高く、鍛え上げられた肉体を持つ男〜は、隕石が落ちたと思われる方角を見ながら、内心の驚きを隠せずにいた。
男(バカな、この気配…!?何故『あの方』がここに現れたのだ?しかもこの気配、明らかに俺の知る『あの方』とは違いすぎる…なら、確かめておくか…)
男は意を決すると…静かに歩みを始めた。不安にざわめく人々の間を通り抜け…一直線に、騒ぎの元へ向かっていた。
男が歩いてしばらく歩いていると…その前をふさぐように、黒い衣装に身を包んで、箒を担いだ一人の少女〜『霧雨魔理沙』〜が現れ、男に声をかけた。
魔理沙「どこ行くんだよ、そんな怖い顔して…」
男「…落ちてきたモノに、興味が湧いてな…魔理沙、お前は家に帰れ」
魔理沙「そうはいかないぜ、アレ…凄い嫌な感じがするんだ。そうなれば霊夢もたぶん動く…なら、私が先に片付けて霊夢を驚かしてやろうと思ってな!」
男「バカを言うな…そんな生ぬるい話ではすまん。アレは…」
魔理沙「だからこそ、だ…ゼクトール。あんたがそんな顔してるとなると、正直ヤバい予感が当たりなんだと思えるし…さっさと片付けようと思って、さ。だから…手、貸してくれないか?」
ゼクトール「……わかった、手を貸そう。ただし…まずいと思ったら素直に逃げろ。お前はこういう事態に対して、経験を積んでいるようだから『大きなお世話』かもしれんが、な…」
魔理沙「いや…ちゃんと頭に入れとくよ、じゃあ…さっさと行こう!」
ゼクトール「うむ…【獣化】!」
魔理沙は箒に跨ると、驚く事にその箒は宙に舞い上がる…そして、ゼクトールが咆哮とともに気合を入れた刹那…彼の身体が炎に包まれたかと思うと…そのまま異様な変貌を遂げ始めた!!
もともと大きな体躯はさらに巨大化、みるみる黒く輝く装甲に覆われていき…彼の姿は、『巨大なカブトムシ人間』とでもいう姿に変化していた。
ゼクトール『…よし…!』
魔理沙「いつ見ても慣れないなぁ…それ。しかも、服…どうすんだよ?」
ゼクトール『事が済んだら、ねぐらに帰るだけだ…問題はない』
魔理沙「…ま、それならいいか。行こう!」
獣化(変身)して、背中から翅を展開しつつ…ゼクトールは魔理沙の問いに答えた。
そして…二人は肩を並べる形で空を飛びつつ…落下地点へと向かって行った。
…そして、彼女らは出遭う…【異形の災厄】に…!