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『ようこそお越しくださいました』①

「……六花さん、薬飲みます?」

 ある日、俺は六花さんに尋ねた。

「や……一応飲んだ……それにこれ薬飲めば治るっていうのじゃないから……」

 六花さんは、いつものように寝っ転がりながらこう答えた。



 『音無トンネル』の一件から数日後。俺は書庫にて、ベッドの上ででろんとしている六花さんを発見した。

 六花さんがごろごろしているのはいつもの事だし、裕也さんにすら「起きている時間の八割は寝ている」とか評されている彼女なのだけれど、今日はちょっと様子がおかしい。

「頭……痛い……気持ち悪……」

「二日酔いの類いだったりするんですか」

「違う……熱中症……」

「あれま」

 途切れ途切れな話を聞くところによると、今日もまた『人身御空』なる怪異の調査に赴いたらしいのだが。前回は雨で気温もそんなに高くなかったのだが、今日は真夏のカンカン照り。帽子に日傘に水分塩分補給も欠かさなかったのだけれど、それでも夏の日差しにダウンしてしまったとのことである。

 今は冷たそうな枕と額の冷却シートなる物体で体を冷やしている最中だという。

「えーっと、俺に何か出来ることはありますか?」

「追加の飲み物とかは……裕也が取りに行ってくれているから……とりあえず彼女のお相手を頼むよ……」

「……『彼女』?」

 へろへろと指さす先をついーっと追っていくと。

 至近距離でこちらを見つめる金色の瞳と思いっきり目が合った。

「……」

「はろー」

「わー!!!」

「わー!」

「ぎゃー!!!」

「ひゃー!」

「だー!!!」

「きゃー!」

「リーナちゃん、遊ばないでやってくれるかな」

 六花さんの苦言に少女はようやく静かになり(俺も)、とん、と一歩離れて微笑んだ。


「ーー改めて。初めまして! 〈生命の樹(セフィロト)〉第六席、序列第十三位、〈恋人たち〉のリリアーナで~す。リーナって呼んでね!」


 そう名乗った少女は、どこもかしこもきらきらしていた。

 レモンのような明るい金髪と、同色の瞳。その瞳孔は何故か縦に割れている。

 リボンを多用したガーリーなタイプのパンツルック。ベースは黒色の服なのだけれど、黄色いリボンで縫い取られ、ピンクのリボンで飾られているので暗い印象は全く無い。あちこちに使われている金糸が目に眩しい。

 その中で、リボンに擬態するようにして、蝙蝠のモチーフが幾つか紛れているのが目についた。

 というか、それはともかくとして。

「〈恋人たち〉?」

 明らかに複数形なアルカナ名にきょろきょろと周囲を見回しても、そこにいるのは小柄な少女一人である。

「……一人?」

「一人だけど~。〈恋人たち〉っていうアルカナ名なんだからしょうがないじゃーん」

「〈恋人〉と訳されることもあるのだけれどもね……ただその場合『この人は〈恋人〉のリーナ』と紹介する事になるから……語弊しかないってことでこうなったらしい……いや〈恋人たち〉ならセーフってわけでもないけど……」

 六花さんがへのへのと補足する。……しんどいなら黙っていてもいいのに。難儀な人だ。

「てかそれなら、六花さん達の方がよっぽど〈恋人たち〉では?」

「ちーがーうーの! 〈生命の樹〉に入ったのは私の方が先なの! でも〈月〉のアルカナには合わないからってこのアルカナをもらったの! この後ガチ恋人からの夫婦が入ってくるなんて夢にも思ってなかったの!」

「ああ……そういう……」

 確かに黄色だけれど、彼女に〈月〉のアルカナは似合わない。無理矢理〈新月〉と〈満月〉に分けてでも六花さん達に〈月〉を担当させたここのトップの人達の判断は妥当だろう。リーナさんはなんというか〈メガホン〉って感じがする。そんなアルカナ無いだろうけど。

「まあでも~? 私は恋に恋する乙女だから~、このアルカナもぴったりだよね~って。貴方のハートをロックオン」

「六花さん、今の発言を日本語に翻訳してください」

「彼女は日本語で話しているし君は日本語わかんないだろ、っていうか彼女の発言を理解しようとしちゃ駄目」

 〈力〉といい翼さんといいアルカナってこんなんしかいないのか。そして律儀にツッコミ入れる六花さんが不憫だ。しれっとリーナさんの言を怪異並かそれ以上に理解できないって言ってるけど。



「ーーで。リーナさんは何しに来たんですか?」

 グロッキーな人の近くで騒ぐのもまずかろうと、ベッド周辺から近くの適当な机に移動して、改めて彼女に問う。ちなみに六花さんはカーテンをちょっと開けて、こちらの様子を心配そうに(多分)窺っている。やっぱり律儀で、難儀だ。

「あーうん。あのね、怪異調査、手伝ってほしいなーって」

 翼さんの一件に引き続き、またこのパターンか。怪異案件が六花さん達以外にも回っているのは、わんおぺよりもいいことなのかもしれないけれど、それで六花さんにSOSが回ってくるようでは本末転倒ではないだろうか。

 それを理解しているのか、リーナさんはちょっと気まずそうに身を縮めて、エナメルの靴先をこつこつ突き合わせた。

 俺は眉間を押さえて、

「どんなやつですか。人死には出ますか。今すぐじゃないと駄目なやつですか」

「えっ君が手伝ってくれるの!?」

「まだ助手見習い未満なので話を聞くだけです。あと俺はカイっていいます」

「カイ君ね、よろしく」

 マイペースに両手を握ってぶんぶん振るリーナさんに、ちょっと遠い目になる。

 この感じ、翼さんにちょっと似ている。

 フルパワーかつマイペースで突っ込んでくるところとか。全方位射撃的かつ集中砲火的にフレンドリーなところとか。

「それでえーとね、順番に説明すると。怪異名は……『よろしくお願いします』……じゃなかった。『ようこそお越しくださいました』、だ。最近見つかったやつで、結構広い範囲の怪異。未だ生還者はゼロ。だから人死にはね、いっぱい。だからなるはやで調査がしたい」

 メモとかを見ながらはきはき答えるリーナさんに、俺は思いっきり頭を抱えた。

「そんなやばげ案件をいきなりここに持ってくるんですか!?」

 あとそれは多分俺の手には負えないんですけど!? という本心は根性でこらえた。

「だってここ以外怪異専門でやってるところ無いし……。

ーー六花女史、『ようこそ(略)』の資料あるー?」

「調査に行った人が……今際の際になんとか送ってきた記録をまとめたやつなら……」

「どのへんー?」

「『よ』の棚の……一番右……」

「ありがとー!」

 ベッドから伸びた手がふらふらと指さす先に歩いて行って、件の資料を取り出したリーナさんは、

「ーーよしじゃあ行こう! カイ君手伝ってくれるよねありがとう出発!」

「ちょっと待っ、まだ何も言ってないんですけどたすけ」

「六花女史! カイ君借りてくね!」

「えっちょっと、流石にやめておいた方が……うぐっ、頭痛い……」

「具合悪いんだから無理しないの! 後は若い二人に任せて!」

「その言葉そういう用途で……使うんじゃ……ああもう遙か彼方……」

 遠ざかっていく六花さんの当惑&嘆きを聞きながら、そして首根っこ掴んで引きずられながら、俺は改めて現実逃避気味に考えた。

 ーーこうやって有無を言わさず(物理的に)引きずっていくところも、翼さんに似ている。



 本日の転移部屋は、壁にも床にも天井にも歯車が敷き詰められた部屋だった。

 俺が両手を広げても抱えられそうにない巨大な歯車達が、幾重にも重なり合いながら回っている。

 がち、がち、と時計の秒針と同じくらいのスピードで回っていて、足とか挟んだら大変なことになりそうな気がするのだけれど、どうやら透明な板が敷かれているようでその心配は無かった。

 そして扉の真正面に、どの歯車よりも巨大な時計の文字盤。

 しかし数字は0~9しかなく、針も分針が一本だけだった。歯車はひっきりなしに動いているのに、分針はぴくりとも動かない。

 リーナさんは躊躇うことなく歯車の上を進んでいって、分針をがっと掴んでぐるぐる回し始めた。

 ぐるっと回して7で止め、反時計回りに3で止め、ぐるりんと時計回りで9で止め。

 そうやって多分十桁以上に及ぶ数字を『入力』し終えると。

 動き続けていた歯車ががちんと止まり。

 次の瞬間、やけくそのように全ての歯車が先程とは逆の方向に回り始めた。

 時計の針もぐるぐると回っている。その動きは異様に滑らかで静かだ。

 暫くして、歯車も時計も恐ろしいほどにスムーズに急停止し。

 ぼーん、ぼーん、ぼーん、と鈍い鐘の音が部屋全体に響き渡った。

「ーー着いたんですね」

「そう。慣れてきたね」



 扉を開いた先は、夕暮れだった。

 奇妙に鮮やかな茜色と、雲の黒灰色がマーブル模様を描くように混ざり合っている。

 遠くに見える山々は黒く沈み、こちらを覗き込む怪物のように笑っていた。

 空を横切るカラスの影も、インクの染みのように黒い。

 カア、カア、と嘲笑が響く。

 もう夕方だっただろうか、と翼さんからもらったスマホの電源を入れると。

 48:72、と質の悪い冗談みたいな数字が表示されたので、そっと瞑目してポケットに戻した。

 ーーそして、正直直視したくない『現実』が一つ。

「……ねーカイ君、あれ」

「わかってます……」

 リーナさんが声を潜めてそっと控えめに指さした先には。

 黒いのっぽの影が立っていた。

 黄昏時に沈む人影のようなそれは、明らかに二メートル以上の背丈がある。

 黒いシーツを頭から被った大人に見えなくもないけれど、背の低い人の顔を覗き込むような前傾姿勢で、頭っぽい膨らみをゆらゆら揺らしながら、ずりずり足を引きずるように歩いている。

 明らかに生きている、正常な人間の動きでは、ない。

 それはふらふら、ざりざり、進んでいたのだけれど。

 唐突にぴたりと足を止めて。

 ぐるん、とこちらを向いた。

 そこには、子供の描いた落書きのような、白いぐるぐるがあるだけだった。

 穴が空いているわけではなさそうだから、こちらが見えているとは思えないのに。

 その渦の中心から放射されている視線と。

 目が、合った。


色々あってメンタルがやられていたのでちょっと間が空きました、

永遠に話の区切り方がわからない。


書くところがない裏話。

転移部屋は簡素な部屋一種類しかなかったんだけど、六花が〈生命の樹〉のメンバーから頼まれて色々デザインを考えた。最終的にそのデザインを元に色んな人が転移部屋を作って、転移部屋のバリエーションが増えた。調子に乗って色んな人がまた別のデザインを考えて作ったりして更に部屋が増えた。

今までで言うと、「クッションの部屋」は六花デザイン。「映画館」と今回の「歯車」は違う人。

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