4日目の恵み
【注記】
日誌と思しき内容が書かれたこの手帳は、過去に大砂漠を横断した、とある行商人の持ち物であったと思われる。
砂漠から1キロメートル程離れた海岸に、砂に埋もれる様に落ちていた。
内容からみて、砂漠でのその行程を記録した、手記であろう。
本記録は全般に渡り保存状態が悪く、特に内容の数箇所のページに、経年による劣化、ないし何らかの著しい汚損がみられている。
そのため、それらページに含まれていた記述については、解読が困難、または不能となっている箇所がある。
【革の表紙に、茶色い大きな染み】
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1997年7月1日 晴れ
……とうとう来た。
この私、ジャック・ブラドは、この偉大なる大砂漠の前に立っている。
なんという光景であろうか。
見渡す限りの砂、砂、砂。
そして、その砂の丘が果てしない地平線の代わりとなり、遠く遠く、私のこの視界の遥か彼方まで、まるで永遠に続いているかに思える程の彼方まで、荒々と広がっているのだ。
雄大な、そして恐ろしいまでの、大自然の造りだした光景。
息を呑むとは、まさにこの事だ。
私が雇っている助手の青年ジョン・ボルドーも、この景色を前に、先程から興奮気味でいる。
今回の、私のこの旅の目的とは。
この大いなる砂漠を渡ったその向こう側に在るという、西の海の上に浮かぶ島『カーベボルデ』にまで、交易品を運ぶこと。
品の内容は、ベルベットの絨毯や、刺繍の入った織物などの、敷物の類いだ。
……それと、象牙やサイの角、豹の毛皮に虎の頭骨だ。
もっとも、これらは内密の物品であるので、公には出来んがね。
敷物に包めば、バレる事は無いさ。
……なんとしても、行かねばならぬ。
これら品々は、カーベボルデにおいては、かなりの高値で売る事が出来る。
それこそ一生、金には困らん程にな。
まさにこの旅は、一攫千金のチャンスへと繋がっているのだから。
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1997年7月2日 晴れ
砂漠の入り口であるこの村にて、旅をするにあたり必要な人員として、以下の者たちを雇った。
ポーター(荷運び)の、ジョー・レッド(27)
同ポーターの、ジョリー・ルージュ(23)
護衛の、ジョセフ・カーマイン(35)
ガイドの、ジョージ・マルーン(41)
そして、5頭のラクダだ。
その他、必需品として手に入れたもの。
日除け兼防寒のマント、防塵のゴーグル、固形燃料、マッチ、寝袋、テント、食料。
……そして、何よりも忘れてはならない、水だ。
水は、潤沢に携行していく。
……万一、砂漠の真っ只中で水が無くなったら、私たちの命運も同時に、その場で尽きてしまうだろう。
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1997年7月3日 晴れ
全ての準備を整え終えた。
我々はいざ、村を出発する。
空には、雲ひとつ無い。
そして、暑い。
灼熱の、砂の大地へと足を踏み入れる。
この日より、私の長い、砂漠の旅が始まるのだ。
……過酷な道程となるであろうこの旅路を無事に踏破出来るよう、どうか、神の加護があらんことを。
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1997年7月4日 晴れ
初日の行程は順調であった。
私含め、商隊のメンバー全員の体調は、良好そのものである。
ガイドであるジョージの案内で進んでいる。
彼は、この砂漠の横断の経験が豊富な、頼れる先導役だ。
陽気なジョージの、陽気な鼻歌を聞きながら、我々は足取り良く西進する。
彼によると、砂漠の終わり辺りに『バラングラ・ロック』という、山にも似た巨大な一枚岩が存在しているという。
それが見えてくれば、砂漠を抜けたという目印であるというのだ。
我々は目下それを目指し、歩いてゆくことになる。
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1997年7月5日 晴れ
2日目の旅も順調である。
この雄大な地平線……いや、遠く砂漠の丘の向こうへと太陽が沈んでいく光景は、なんとも言えぬ程に神秘的な様であろうか。
ラクダと共にそれを眺めている私は、まるで砂の国の英雄にでもなったかの様な、高揚たる気分となった。
……ただひとつ気がかりなのは、夜営を張ってからジョセフとジョーが、口論の様な言い合いをしている事だ。
同じ村の住民であるにも関わらず、どうも以前から、彼ら2人は仲が良くないというらしい。
ジョージが耳打ちして、こっそりと教えてくれた。
内気で大人しい性格のジョリーは、2人の険悪な様子に怯えている様だ。
ともかく、私は疲れているので、先に休ませてもらうことにする。
暢気なジョンはもうすでに、太った腹を丸出しにして、テントの中で大いびきをかいているからな。
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1997年7月6日 晴れ
3日目の行程。
夕食時、護衛のジョセフが銃の手入れをしていた。
彼曰く、この地域の治安は、あまり良くないらしい。
時折、砂漠を行く人間を狙う盗賊どもに、出くわす事もあるというのだ。
血気盛んなジョセフは、「盗賊など出ようが、俺が撃ち殺してやる」などと言って、息巻いていた。
……だが仮に盗賊どもに襲われたとして、私の大切な商材だけには、目をつけて欲しくないものだ。
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1997年7月7日 晴れ
4日目。
今日は特筆する事もなし。
いつもと変わらぬ、変化の無い、砂漠の景色であった。
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1997年7月8日 晴れ
5日目。
本日も晴天なり。
……いや、晴れの日ばかりであるのは砂漠故に致し方ないが……しかし、今日の暑さには参ってしまった。
手元の温度計を見ると、気温はなんと、53℃にまでなっていたのだ。
流石、ラクダたちは重い荷を背負いながらも、黙々と歩く。
……しかし、それを御しているポーターのジョーの足取りが、どうにも覚束無い。
おそらく、この暑さでやられたのであろう。
だが生真面目な彼は、何も言わずに、耐えながら歩いていた。
こんな早々に、荷運びに倒れられては困る。
暫し、ジョーの様子を見つつ、先を進むこととする。
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1997年7月9日 晴れ
……事故が起きた。
朝の出発前、ジョーがラクダに水袋を積む際、その内ふた袋を彼が誤って地面に落とし、破裂させてしまったのだ。
中に入っていた計40リットルもの水は、全て、足元の乾いた砂地へと吸い込まれていってしまった……
仲が悪いジョセフが、晩となった今でも、ジョーを執拗に責め立てている。
残る水袋は、あと8袋。
だがそのうち7袋は、すでにカラとなっている。
現在のところ、我々の手持ちの水は、あと20リットルしかない。
しかし、村を出発する際にジョージと立てた計画では、明日、オアシスに到達することになっている。
その水源で、ここまでに消耗した水を補給するという手筈なのだ。
水を確保すれば、この横断行を続ける事が出来るであろう。
何の問題も無い。
なあに。
これも、旅のちょっとしたアクシデントさ。
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1997年7月10日 晴れ
私は今、オアシスの水場の前に座っている。
そしてただ……呆然としながら、この日記を書いている。
到着して、驚いた。
なんとこのオアシスには、殆ど、水が無かったのだ。
ジョージによれば、数年前までふんだんに地下水が湧き出ていた水源であった様だが。
……しかし現在では、その面影も無い程に、水場に蓄えられている水量が減っていたのだ。
ここで確保出来た水は、僅かに20リットルのみ。
水袋ひとつを、ようやく満杯に出来るだけだった。
……しかもこの水は、堆積していた泥溜まりの上澄みをかき集めたものだ。
感染症の恐れもあるため、あまり飲用には適さないだろう。
ジョージの持っていた情報が古かったとはいえ、今ここで彼を責める訳にはいかない。
申し訳無さそうに深く俯いている彼を宥め、今は何とか、今後の対応を考えねばならない……
……大丈夫だ。
……何とか、なるだろう……
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1997年7月11日 晴れ
ジョージが持っている地図を確認したところ、ここから3日程進んだ先に、小さな村が在るようだ。
彼が知るところ、その村は少数の人々が住んでいるらしく、地下水を汲み上げる井戸も併設されているという。
皆と話し合った末、満場一致で、一直線にその村を目指すこととなった。
オアシスが潰えてしまっている以上、村で水を確保する他に術は無い。
まごまごしてはいられない。
こうしている間にも、体内の水分はどんどんと減っていくのだ。
そうと決まれば我々はすぐに、この枯れたオアシスを出立する。
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1997年7月12日 晴れ
村に着くまでの道程では、水を節約する。
飲み水は1人につき、1日2リットルを割り当てる。
……この暑い砂漠の中、たったこれだけの水で喉を潤せ、というのはなかなかに酷なものだ。
分かってはいるが、3日の辛抱だ。
村に着けば、井戸の水を浴びる程に飲めるだろう。
村人には返礼として、私の持っている敷物を1枚、差し出すとしようか。
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1997年7月13日 晴れ
今日も暑い。
……いや、「熱い」、とでも言うべきか。
温度計では、先日の如く、気温は50℃を越えていた。
この暑さで、流石のラクダたちの動きも、次第に鈍くなってきている。
ジョーも先日から体調が悪い様で、我慢強い彼もしきりに頭痛と眩暈、そして、腹痛を訴えていた。
行程は、思う様に進まなかった。
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1997年7月14日 晴れ
ジョーがいよいよもって、まずい状態になっている。
連日続くこの暑さから、とうとう自身の足で歩けなくなり、ラクダに背負われる羽目になっているのだ。
空いた水袋の代わりに彼を乗せて、しかしラクダは悠然と、この灼熱の砂の大地を歩く。
なんとも頼もしい生き物である。
私はそのラクダを気に入り、『ローレンス』と呼ぶことにした。
いよいよ明日、村に到着する。
皆の足取りも、心なしか気忙しくなっている様だ。
そして私も、逸る気持ちを抑えきれない。
……何故なら残りの水は、僅かに、4リットルしかないのだから……
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1997年7月15日 晴れ
……なんということだ。
村が無い。
あれだけアテにしていた村が、無いのだ!
正確には、在る。
だが、無い。
どういう事か。
廃村になっているのだ。
ここに村人など、もう、何処にも居なかったのだ。
ジョージの情報通り、村の中心に井戸は在った。
しかし、その水源ももう、枯れ果てていたのだ。
井の底に在るのは水ではなく、乾燥した砂と、そして崩れた動物の骨だけだ。
……先日のオアシスと同様だ。
おそらく、この地帯の地下水が殆ど枯渇したために、村人たちはこの地を捨てて、どこか余所へと移っていったということなのだろう。
なんということだ……
なんという、事態だ……
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1997年7月16日 晴れ
我々6人は村の廃屋の中で蹲り、日の当たらない薄暗い影の中で、放心状態となっている。
地図をどんなに調べても、この先に水を補給出来そうなオアシスや、人里が無い。
出発地点の村へと引き返すにしても、まずその日数分必要となる飲み水が、足りん。
最早、ここから動く事が出来ん……
進むことも、引くことも出来ん有様だ。
ガイドのジョージは昨日から萎縮した様に俯き、一言も言葉を発さない。
陽気だった彼の顔は、今は暗い。
彼だけではない。
この場に居る全員も、同じだ。
……そしておそらく、私もそうであろう……
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1997年7月17日 砂嵐
昨日から、一口しか、水を飲んでいない。
言葉通り、一口だ。
全員、同じだ。
口の中が渇ききり、少しの隙間すら、開ける事もままならん。
この数日、食べ物が喉を通らない。
唾液すらも出ないので、文字通り、飲み込めないのだ。
……しかも恐ろしいことに、小便の一滴でさえも、出やしない。
お陰で殆ど皆弱りきり、一言も喋ることが出来ない。
こんな状況においても食欲旺盛なのは、大食漢のジョンだけだ。
この狭い廃屋の中、彼のいびきが余計にうるさく、疲れているにも関わらず眠れない。
いらいらとしてくる。
……そしておまけに、この砂嵐だ。
朝から吹き荒れ、前を向くことが出来ない程の、激しい砂の嵐がやって来た。
さながら砂の壁が押し寄せ、一面を包み込み、そして今まさに、我々を飲み込んでいる。
息をすれば、口の中に、そして気道を通り肺の中にも、砂が入り込みそうだ。
外がその有様なので、この廃屋から一歩も、出られない。
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1997年7月18日 砂嵐
今日も嵐が吹き荒ぶ。
砂塵から守る為に、ラクダたちを、崩れかけた狭い家畜小屋の中に押し込んだ。
そして我々はその隣の廃屋の中、マントを頭から被って、相変わらず蹲る。
……喉が……
……渇く……
ラクダたちにも、僅かでも水をやらなければならないというのに……
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1997年7月19日 砂嵐
……とうとう、残っていた水が尽きた。
最早、一滴すらも、手元に残ってはいない。
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1997年7月20日 砂嵐
やられた。
家畜小屋が昨日から静かなので不審に思い、身を引きずる様に、ラクダたちの様子を見に行ったら……
そこに5頭居た筈のラクダが、なんと、2頭しか居なかったのだ。
……おそらく、以前のジョセフの話にあった、盗賊たちだ。
奴らがこの嵐に紛れ、夜の内に、ラクダを盗んでいったのであろう。
しっかりと手綱を結び付けておいた。
ラクダたちがそれを解いて、逃げ出せる筈が無いからな。
私のお気に入りのローレンスは、無事だ。
ターバンを彼のコブに巻いておいたから、すぐに見分けが付いた。
だが、あろう事か!
家畜小屋に置いておいた私の大切な商材が、丸ごと無くなっていた!
そこに在った高価なベルベットや刺繍の織物が、全て奴らに、奪い去られていたのだ!
……しかし、私の用心深さに救われた。
それらよりもずっと、そして最も高値で売れる象牙やサイの角、豹の毛皮や虎の頭骨は、廃屋の中に入れておいたのだ。
本当に貴重なものは、目の届く場所に置いておくものだからな。
……これらさえあれば、まだ、チャンスはある。
命を賭しても、この旅を続けるだけの価値は、まだ十分あるのだ。
何としても。
何としても。
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1997年7月21日 砂嵐
手が、動かない。
書く気力さえ、ない。
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【このページには記述無し】
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1997年7月23日 砂嵐
……人間は、3日間水を飲まねば、死ぬという。
我々は、未だ生きている。
しかし、ジョーはもう、限界だろう。
元々彼は暑さで体調を悪くしていたが……しかしこの数日、殊更に悪化している様で、まるで死んだかに床に伏したまま、ピクリとも動かない。
枯れた植物の様に、水が無ければ、人間もこんな有様になってしまうのだな……
或いはひょっとすれば、オアシスで汲んだ、あの劣悪な水にあたったのかもしれない。
……ジョセフが、私にこっそりと、話を持ちかけてきた。
それは……商材を売り払った報酬の取り分を増やす代わりに、■■■■■■■■■
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【この箇所は、インクで黒く塗りつぶされている】
……私は彼のその話に、耳を疑った。
しかし……
……その他のメンバーを思えば、やむを得ない。
悩んだ末に私は、ジョセフの話に、乗ることとした。
私も、もう……
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【茶色い汚損。日付解読出来ず】
砂嵐が止んだ。
太陽の照る灼熱の青い空を、久方ぶりに拝む。
我々5人は、廃屋を早々に出発した。
旅を続ける為、再び西を目指し、砂漠を歩く。
昨夜までジョージとジョリーが、進むことに反対していたが。
しかし、今や彼らは最早、異を唱えることはなかった。
……ここに残れば、渇きで死ぬだけだからな。
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1997年7月25日 晴れ
ジョージの様子がおかしい。
昨日から青い顔をし、そして今日も震えながら、なにやらブツブツと、独り言を呟いていた。
怯えている様だった。
ジョリーも同じだ。
2頭のラクダを連れながら、まるでうわの空であった。
私が話しかけても、ビクリと肩を震わせるだけで、反応をしなかった。
ジョンはいつも通り、暢気な顔をしている。
この今でも、大メシ喰らいに変わりは無い程に。
……喰うだけで、役に立たん男だ。
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1997年7月26日 晴れ
水袋に入れていた■を、全て飲み干してしまった。
またも喉を潤すものは、無くなってしまった。
やはり人ひとり■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
こうなれば、新たな■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
私はジョセフにこっそり、耳打ちする。
ここまで来た以上、我々は最早もう、後戻りは出来んのだ。
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1997年7月27日 晴れ
太陽が熱い。
大地を焦がす程に、我々4人の旅路を、妨げようとしてくる。
だが夜の砂漠は一転して、肌寒い。
固形燃料を燃やし、暖を取る。
うるさかった大いびきは、今はもう、無い。
静かな、夜だ。
静かな、夜だ。
【指紋の様な茶色い染み】
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1997年7月28日 晴れ
ジョリーが居ない。
朝になってもテントから出てこず、覗き込んでみたら、中に彼女の姿が無かったのだ。
夜の内に逃げ出したのだろう。
無理も無い。
臆病な性格の彼女に、今の状況は耐えられんだろうからな。
……だが、愚かなことだ。
この大砂漠の真っ只中で、一体、何処へと逃げられるというのだろうか。
おろかな、ことだ。
おろかな
おろか
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1997年7月29日 晴れ
先導しているジョージの足取りが、重い。
最早、歩く気力さえ無いのか?
夜になり、野営する中で、ジョセフがジョージを責め立てている。
この様な状況になったのも、全て、ガイドの責任であるというのだ。
ジョージはただひたすら怯え、ジョセフに許しを乞うている。
さもありなん。
もう私に、ジョセフを制止する事は出来はしない。
好きにしてくれ。
私は、疲れているんだ。
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1997年7月30日 晴れ
昨夜は、あまり眠れなかった。
悪夢にうなされ、悶えながら、浅い眠りの中で夜を過ごした。
その途中、銃声が聞こえて、飛び起きそうになった。
朝になり、
【このページは以降破れており、解読は不能】
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1997年7月31日 晴れ
地図によれば、もうそろそろ、海が見えてくる頃だ。
出発した当初より目指していたランドマークである、バラングラ・ロックが、我々のすぐ傍に座しているからだ。
地図と照らし合わせると、この大岩を抜けてあと3日も行けば、海岸に出られる筈だ。
……ようやく、ここまで辿り着いた。
本来の予定であれば、この砂漠行は、半月程度で終わる筈であった。
トラブル続きで遅々として進まなかった旅だが、しかしもうすぐ、終着だ。
ははははは
笑いが、こぼれそうだ。
ははははは
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1997年8月1日 晴れ
うんざりする程不毛の、この砂漠の中。
サボテンを見つけた。
高く伸びる、サボテン。
……だが、そのサボテンにしがみ付く様に、人が居た。
正確には、生きている人間ではない。
死体だ。
それは、見慣れた人間だった。
ジョリーだった。
逃げ出した筈の彼女が、何故ここに居るのだ?
……サボテンに、食らい付いた跡があった。
彼女の、ガサガサに乾燥した顔は、サボテンのトゲが深々と刺さり、傷だらけだった。
ははははは
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1997年8月2日 晴れ
この数日、ジョセフが、しきりに報酬や金の話をしてくる。
「俺の取り分はいくらか」だの、
「運んでいるこの品々は、一山いくらで売れるのか」だの……
終いには、
「カーベボルデに着くと、アンタはどれくらい儲けるのか」
だと?
余計なお世話だ。
お前には、関係の無い事だ。
私の大切な毛皮に気安く触れようとしたので、「触るな」と、奴に怒鳴った。
……まさか、この男。
私の商材を横取りしようと、狙っているのではないだろうな?
……だとすれば……
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1997年8月3日 はれ
熱い。
きょうもあつい。
太陽にやかれるようだ。
あまりの暑さに、おんど計を見ておどろいた。
きおんは、56℃だと?
どおりで、熱いわけだ。
神に慈悲はないのか。
あたまがおかしくなりそうだ。
のどを潤すものは、のこりすこし。
もうほとんど、なにも飲んでいない。
道ちゅう、ジョセフと水袋をとりあいになる。
だが銃をつきつけられ、私は為すすべも無かった。
やつに、みず袋を奪われた。
このおとこ、なんと強欲であろうか。
金だけでなく、飲みものすらも、私から横どりしようとでもいうのか?
……くそったれめ。
喉が……
渇く……
かわく。
かわいてる。
気が、くるいそうだ。
……我慢の、限界だ。
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【ページ全体に渡り、茶色い大きな染み】
1997ねん8月33にち よる
よる。
寝ている隙に、やつを■■■
わたしの大切な毛皮と水ぶくろを、またも、さわろうとしていた。
だから■■た。
きっと、奴は盗賊どもの仲間だったにちがいない。
だから、わたしの大切なけがわとみず袋を、奪おうとしたんだ。
きっと、そうだ。
ははははは
おろかなやつめ。
おどろいて、らくだの1頭が、にげていってしまった。
だが、ろーれんすが、まだ居る。
おきにいりのローレンスが、まだいる。
かれに牙と角と、毛皮と骨をのせて、あしたわたしは、西にすすむ。
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【このページに記述されている文字は激しく乱れているため、解読は困難】
1997
なみのおとが、とおくからきこえる
うみだ
わたしは、ついにさばくをぬけたのだ
らくだのうえからながめると、すいめんがみえる
みずだ
そのずっとむこうには、かーべぼるでがある
ははははは
みずだ
ははははは
ふねなど、まってはいられない
みずをのみながら、およいで、かーべぼるでにいく
ははははは
みずだ
みずだ
ははははは
ははははは
【以降、記述無し】




