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貞操逆転世界の戦闘員  作者: 聖淫
9/13

9話

ヨアンナの操る馬車は、穏やかに揺れながら街道を進んでいた。


荷台の上、俺とエリシアは腰を下ろし、時折吹く風を浴びながら無言で揺られている。


ふと、御者台からヨアンナの陽気な声が響いた。


「お二人さん、荷台の果物、好きに食べていいよ」


俺とエリシアは同時にそちらを見た。


「本当ですか? ありがとうございます!」


エリシアは嬉しそうに目を輝かせ、すぐに近くの袋に手を伸ばした。


俺は一瞬、その行動を止めようかと迷う。


(不用意に他人からもらった食べ物を口にするのは……)


だが、ヨアンナの厚意を疑うのも失礼だ。


ましてや、馬車に乗せてもらっている以上、恩を仇で返すわけにもいかない。


俺は結局、心の中に留めることにした。


エリシアは袋の中から赤い果実を取り出す。


まるでリンゴのような丸みを帯びた形をしているが、色はより鮮やかで、表面に細かい斑点がある。


「わぁ……美味しそう……」


エリシアは一度その果実を愛おしそうに眺めた後、シャクッと一口かじった。


「ん~~! 美味しいです!」


頬に手を当て、幸せそうな表情を浮かべるエリシア。


その様子にヨアンナが得意げに笑う。


「だろう? そのリンガは、この辺りじゃ最高級品さ」


「すごく甘くて、ジューシーですね!」


「リンガ……?」


俺は小さく呟く。


どこかリンゴに似た響きだ。


果実の形状も近いし、もしかすると俺のいた世界と共通した食べ物なのかもしれない。


そんなことを考えていると、エリシアが俺の方にリンガを差し出してきた。


「ゼロさんも食べてみてください!」


俺は手を軽く上げ、首を振る。


「俺はいい」


「えぇ~? こんなに美味しいのに、もったいないですよ!」


「ヨアンナさんのリンガ、食べないと損ですよ?」


エリシアは頬を膨らませながら、荷台にもたれかかるように俺を見る。


それでも俺は、気が進まなかった。


(異世界の食べ物に慣れるのは、もう少し情報を集めてからだな)


「ゼロさん、ほら!」


エリシアは俺の拒否を気にせず、さらにぐいっと手を伸ばしてくる。


しかし、距離が足りないと感じたのか──


エリシアは俺にリンガを直接手渡そうと、揺れる馬車の中で立ち上がった。


俺はすかさず声をかける。


「おい。危ないぞ」


「平気です!」


そう言いながら、エリシアは俺の方へと一歩踏み出した。


──だが、その瞬間だった。


ガタンッ!!


車輪が大きな石を踏み、馬車が激しく跳ねる。


「きゃっ!」


今までで一番大きな揺れ。


座っていた俺でさえバランスを崩しそうになるほどだ。


当然、立ち上がっていたエリシアは耐えられなかった。


「わっ、わっ……!」


エリシアは必死にリンガを落とさないようにしながら、バランスを取ろうとする。


だが、体勢を立て直すよりも先に──


彼女の体が、俺の方に傾いた。


(嫌な予感がする)


そんな思考が脳裏をよぎった次の瞬間──


ドンッ!!


エリシアの体が前のめりに倒れ込み、俺の顔面に直撃した。


しかも、彼女の豊かな胸当て部分が、俺の額を直撃する形で。


「ぐっ……!」


鋼鉄の鎧が直撃し、鈍い痛みが走る。


金属製の胸当てとはいえ、密着すると彼女の柔らかさが伝わる……。


が、それどころではない。


「うぅ……」


エリシアは顔を上げ、俺を見つめた。


「あ……」


気まずそうに、ほんのりと頬を染めている。


俺は彼女の体を支えながら、少し冷めた顔で言った。


「……痛いんだけど」


額に手を当てると、少しだけ鼻血が滲んでいた。


エリシアはそれに気付き、慌てて体を起こし、俺から距離を取った。


「ご、ごめんなさい!!」


焦ったように何度も頭を下げるエリシア。


俺はため息をつきつつ、鼻血を拭いながら「大丈夫だ」と軽く手を振った。


しかし、そのやり取りを見ていたヨアンナは──


「二人とも、お熱いねぇ!」


御者台からニヤニヤした顔でこちらを見ていた。


「な、何を言ってるんですかっ!?」


エリシアの顔が一気に真っ赤に染まる。


「いや、だってさぁ。普通あんな倒れ方する? まるで運命みたいじゃないかい?」


「う、運命なんて、そんな……!」


「いいねぇ、若いって!」


ヨアンナは楽しそうに笑いながら、馬を軽くあおった。


馬車は再び緩やかに進み、俺たちは町へと向かっていく。


(……とんだ旅の始まりだな)



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