7話
俺とエリシアは反射的に音の方向へ視線を向けた。
木々の奥から姿を現したのは、体長3メートルほどの巨大なリザードだった。
深緑の鱗に覆われた逞しい四肢。鋭く光る爪と、ギラついた瞳がこちらを捕らえている。
間違いなく、敵意を持っている目だ。
「リザード!?」
エリシアが息をのむ。
リザード──おそらく、この世界における魔獣の類なのだろう。
俺はしばし沈黙し、リザードの動きを観察した。
このレベルなら、俺一人でいけるか?
そう思いつつ、俺が剣に手をかけようとした時だった。
「ゼ、ゼロさん! 下がってください!」
焦ったような声とともに、突然エリシアが俺の前に立ちはだかる。
彼女は両手で剣を構え、その体で俺を庇うような姿勢を取った。
「お、おい。それだと──」
前に立ちはだかるエリシアが、完全に俺の視界を塞いでしまった。
俺がリザードを視界に収めようと、半歩ズレると同時。
バキンッ!!と、剣が弾かれる音がした。
「きゃっ……!?」
見ると、リザードの一撃でエリシアの剣は無力に宙を舞い、数メートル先の地面に突き刺さるところが目に入った。
「えっ……?」
エリシアは呆然とし、自分の手を見つめる。
武器を失ったことにすら気づいていないかのように、硬直していた。
リザードが再び腕を振り上げる。
次の攻撃は、確実に彼女を仕留めにくるだろう。
「チッ」
舌打ちするのに合わせて、俺の足が自然と一歩前に出る。
そして──
「きゃっ……!」
俺は、咄嗟にエリシアが着ている鎧の襟を掴み、後方へと引き倒した。
エリシアが倒れ込むのと同時に、俺は前へと踏み込み、剣を抜く。
リザードの鋭い爪が眼前へと迫る。
俺はそれを狙い澄まし、剣で受け流すように横に振る。
ギィンッ!!
金属音が響き、リザードの攻撃が弾かれる。
思ったよりも的確に弾けたのか、リザードが無防備に仰け反る。
今だ!
その一瞬の隙を突くように、俺はリザードの懐へと素早く潜り込んだ。
「ハァッ!」
地を蹴り空へ飛びあがると、俺は上段からリザードへ目掛け鋭い斬撃を浴びせた。
ズバッ!!
リザードの厚い鱗は、一撃で両断される。
「グォオオオッ……!」
リザードは断末魔の声を上げ、上を向いたまま、ドサリと地面に倒れた。
その体は小刻みに痙攣し、やがて完全に動かなくなった。
ふぅ、と何事もなかったように俺は息を吐きエリシアの剣が落ちている方向へと向かう。
剣を拾い、俺は未だ尻を地につけているエリシアを一瞥した。
手伝ってやるか……。
そう思った俺は、ゆっくりとエリシアのもとへ歩み寄り、彼女に手を差し出した。
「大丈夫か?エリシア」
手を差し伸べると、エリシアは恍惚とした表情で俺を見上げた。
「……あ、ありがとうございます。ゼロさん……」
そう言うとエリシアは、安堵の表情を浮かべ俺の手を取った。
「あ、ああ。エリシアが無事で良かったよ」
いきなり、重要なガイドがいなくなるとこだったしな。
俺は内心そう思いつつ、エリシアの手を引っ張り、彼女を立たせる。
エリシアは、俺から自身の剣を受け取ると、腰の鞘へとしまい、恥ずかしそうに鎧についた土を軽く払った。
「ゼロさん……」
「ん?どうかしたか?」
「お、お強いんですね」
「まぁな」
事実強いので、エリシアの評価は軽く流しておく。
俺としては、エリシアの信頼を得る為に動いたつもりだったんだが……。
「あ、あの。私でよければ、何でも仰ってください。命の恩人のゼロさん為なら、私なんでもしますから!」
思いの外、効果覿面だったらしい。
「あ、あのな……」
なんでもって……。
つい、俺はエリシアの軽装鎧越しでも分かる豊かな双丘を一瞥した。
いや、今は邪な考えは捨てておこう。
大切な現地人であるエリシアとの友好関係を壊さない為にも、俺は言葉通りに受け取るのを止めた。
「薬草とか、お金とか、剣とか、欲しいものなら何でもあげます。勿論、戦闘でゼロさんの盾になってあげることだって……」
「い、いや。いいよ別に」
「そ、そんな……。お願いです、ゼロさん。エルフの女の誇りとして、お礼くらいさせてください」
エルフの女の誇りって……。
どうやら、エリシアは俺に何かしらの礼をしないと気が済まないらしい。
困ったな。
俺は腕を組み、少し考える。
とりあえず、無難にお金にしておくか……。
今後、旅先で必要になるのは間違いないだろうし。
「……じゃ、じゃあ。お金を少し……いや、ほんのちょっとだけでいいから、くれないか?」
エリシアの言葉に甘え、俺はそう告げる。
すると、エリシアは、顔をぱっと明るくさせた。
「お金ですね。分かりました。」
エリシアはそう言うと、小さな布袋を手に取り中から数枚の硬貨を取り出し、俺に差し出してきた。
「はい、ゼロさん。」
「あ、ああ。ありがとう、エリシア」
俺はエリシアに感謝の礼を伝え、手渡された5枚の硬貨を見つめた。
硬貨は、元いた世界と同じ円形の小さな代物で真ん中になにやら印のようなものが刻まれていた。
「こ、これって……」
印の箇所が気になりつつ、エリシアにどういった硬貨か尋ねる。
「はい。真ん中に男性の象徴が描かれたフィメリア硬貨です」
やっぱり、チ○コじゃねーか!
俺は、思わず心の中で突っ込んでいた。
一見分かりにくいが、確かにエリシアの言う通り真ん中に男性器を模したような印が刻まれていたのである。
「ちなみに、今ゼロさんに渡したのは銀貨で、1枚につき銅貨20枚分の価値があります。」
エリシアは、淡々と説明を続けた。
刻印部分は確かに変だか、どうやらそれに目を瞑ればちゃんとした硬貨の価値はあるらしい。
でも、男性器を想像させる印が刻まれた硬貨って……普通に考えておかしくないか?
今更ながら、俺が初めてこの世界の歪な文化や価値観に戸惑いを覚えた瞬間だった。