6話
……とりあえず、自己紹介をしておくか。
俺は考えを巡らせる。
異世界征服の任務は口が裂けても言えない。
今の俺に必要なのは、彼女に敵意がないことを示し、情報を得ることだ。
「俺の名前はゼロだ。君の名前は?」
エルフの少女は少しだけ警戒した様子で俺を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……エリシアです」
「エリシア、か」
言葉の響きを確かめるように呟くと、エリシアはこくりと頷く。
「突然で悪いが、エリシア。ここはどこなんだ?」
「ここ、ですか?」
「実はいろいろあって、気がついたらここにいたんだ」
これだと怪し過ぎるか……?
俺の言葉に、エリシアは不思議そうな顔をした。
「えっと……フィメリア帝国から少し離れた場所にある森、ですけど」
「フィメリア帝国?」
俺は聞き慣れない単語に思わず呟く。
すると、エリシアは驚いたように目を丸くした。
「もしかして、ゼロさん……フィメリア帝国を知らないんですか?」
「……あ、ああ」
俺は思わず、つい返事をしてしまっていた。
まずい。ここで、無闇に怪しまれるわけにはいかない。
適当に誤魔化すしかないか。
「俺の故郷は遠い異国の地でな。この辺の地理には疎いんだ」
エリシアは俺の顔をじっと見つめ、疑わしげに目を細めた。
(……誤魔化しきれてないか?)
気まずくなった俺は、すぐに話を修正する。
「いや、帝国のことは知ってるさ。ただ、名前までは覚えてなかっただけで……。ここが帝国の近くだと知れて良かったよ」
「……そう、なんですか?」
エリシアはまだ半信半疑といった表情だったが、それ以上は追及しなかった。
「あの。ゼロさんも、帝国に用事があるんですか?」
ゼロさんも……?
ということは、エリシアは帝国に何かしらの用事があってこの森を通ったところ俺と偶然出会ったというワケか。
「……そうだな」
下手に否定するより、話を合わせたほうが良いだろう。
すると、エリシアは少し考えたあと、意を決したように言った。
「でしたら!私と……帝国までご一緒しませんか? その、男性1人だと何かと危ないと思うので」
「……危ない?」
俺は思わず聞き返した。
俺が危ない?
少なくとも、この世界に来たばかりの俺がそう思われる理由はないはずだが……。
エリシアは一瞬、口ごもった後に、慌てたように手を振った。
「あ、いえ!その、何もないですよ!ええっと……とにかく、よろしくお願いします!ゼロさん!」
誤魔化したな。
だが、今はそれを追及するよりも、同行することを優先した方がよさそうだ。
「……あ、ああ。よろしく」
そう言いながら、俺は自然とエリシアの手を握った。
「へ?」
エリシアが真顔になる。
そして、呆然としたまま俺の手を見つめ――
グルルル……
獣の呻き声が、森の静寂を切り裂いた。