ハジマリ
はじめまして、ホワイトキャンパスです。この作品には、稚拙な表現や誤字脱字が多く含まれています。方言や地方特有の知識などもあるため、読みにくいと思いますが読んでいただけると嬉しい限りです。
夢にまで見ていた非現実の物語、漫画にも、小説にも、アニメにも、映画にも、憧れていた。平々凡々とした世界観、激痛を伴わない選択肢、壊れない不滅の生活、当たり前に飽きてすらいたんだ・・・きっと、あの時。
そうだ、全てのきっかけは。
夏の蒸した暑さから逃れるようにして窓から頭だけダランと突き出して、俺は目的もなく快晴となった空を見上げていた。快晴となったというのも、午前には豪雨だったからだ。大半の生徒は晴れてよかったと嬉々としている、残念がってる奴らは部活をサボれるチャンスを逃しただとか、太陽が苦手なもやしっ子程度だろう。俺は、どちらでもない・・・。
「こらっ、朔ちゃん死んだ魚の目になってるぞ。もう、ゲンコツしちゃうぞ」
こつん、とソフトなゲンコツを俺の頭にする。こいつはクラスメイトであり、幼稚園時代からの腐れ縁の幼馴染、相川 望。
「頭痛いのか?」
俺は、窓から頭を引っ込めてから幼馴染と面を合わせる。
「ひっどーい、久しぶりにあったのに。扱い悪くない?」
確かに、望に会うのは久々だな・・・三日前だが。だから、なんなんだ相変わらずの間抜け面ぶら下げて、常時珍獣見つけたムツゴロウさんみたいなハイテンション振りだ。そもそも、夏休みが始まって二十日ちょっとしか経っていない・・・あくまで、夏休み途中に生徒の風紀が乱れていないか、宿題の諸注意だの提出だの話を聞くだけ、それ以外の何ものでもない。そんな日にワクワク出来るかってんだ。まぁ、目の前にいるがな。
「つか、お前髪染めただろ。」
「え、えっ分かる分かちゃった?」
なんで鼻息荒いんだコイツ、この様子からして誰からも言われなかったんだな。最近になってから、矢鱈に衣服だの髪だの自分の容姿を気にするようになったな。
「喜び過ぎだ、犬か。」
俺は、望の髪をクシャクシャと粗く撫でた。望は、目をキュッと閉じて弱ったような嬉しそうな猫みたいな奇声を発して悶えている。
「だって、水泳部やってるせいで『髪の色素塩素で落ちたんだろ』みたいな感じで皆気付いてくれないんだもん。」
唇を尖らせながら、拗ねたような口振りで俺に愚痴りだした。
「お前が中途半端に染めるからだよ。するなら、完全に金にしろ。」
「ヤダ、似合わないモン。」
溜息しか出ないな、外見が大人びてきたなとか少し思ったが中身は中学生からまるっきり変化なしじゃないか。特に馬鹿なトコとか馬鹿なトコとか馬鹿なトコとか・・・な。
「ホントお前は何処までも清清しい性格してるよ。」
「え、ドコがドコが!?」
何を勘違いしたのか俺の胸倉を掴んで、激しく追及してきやがった。コイツの元気は果てしないよ快活と言うか何と言うか、そこは素直に現代の女子高生と認めてもいい。
それから、いかにもといった眼鏡の似合う委員長(♀)が廊下に整列するように促しにやってきたので望との戯れを止めて廊下に出た。すかさず、俺のわき腹を小突いてくる奴がいた、態々問いかけるまでも無い。
「湊、お前ぜってぇマゾだろ。」
湊 宗次、コイツも認めたくないが、小学校からの顔馴染みで思い出せば四六時中過ごしていたという時期もあった、我ながら信じられない。修学旅行になったら、真っ先に女風呂を覗こうと提案するような望とは違う馬鹿だ。いや、むしろ変態と言ってもいい、女子に殴られるのが好きとなんだとカミングアウトされたばかりだしな。
「略すな、マゾフィストだ。」
論点がずれてる時点で、正真正銘の湊と認識した。
「なに、開き直ってやがる。」
「おお怖い、俺は男に殴られる趣味は無い。それより、登校早々アツいの見せ付けてくれるな。」
・・・熱いのはお前の脳みそだ。至らない妄想しすぎて回路が焼ききれてるんじゃないのか色々と。
「望は――。」
幼馴染だ、と言う寸前でフンフンッと猛牛みたく、さっきとは違う鼻息の荒さで望が列の先頭から歩み寄ってきて俺の足に踏み蹴りをかまして来やがった。
「ッ――何だ。」
別にぃと憎たらしい顔してそっぽ向いて先頭に戻っていった。意味が分からん。
「ニブチンだな、乙女心を分かってないっ朔ちゃん。」
裏声で望の真似をしてるのか湊が俺に説教している。全然似ていないが、最後あたりは似ているかもしれない・・・つかムカツク。
「乙女心ってのが、覗きをするような如何わしい心情なら一生涯分からんでいい。」
「その、毒舌なとこも変わんねぇな朔らしい。」
毒舌なワケじゃない、真実を言っているに過ぎないんだが。これでも俺は抑えているんだと思う、全て言っていたら話が前進しないに違いない。
体育館へ移動する現時点で、気だるさと強烈な睡魔が既に俺を襲ってきている、抗う気すらないんだけど。昨日中に、俺は夏休みの課題という課題をこなすことに専念して睡眠時間を削っていたからな。小学生の頃から面倒な分類から片付けるのが癖付いているのだろう、あの頃は遊びたい一心だったしな。
学校の屋上、ちょうど向かいには朔の姿を確認できる位置に彼女は佇んでいた。身形は、スーツを着ているため分かりづらいが華奢なのだろう耳にセットした通信機は見えないぐらい髪が長い、しかし整えられているため清楚なイメージを与える、それに負けないぐらい端正な輪郭に攣りあがって尖った目尻と滴る鮮血色の瞳は人を寄せ付けなさそうな風格を醸し出していた。
「ナンバー7移動開始。」
『了解。キスショット、三度目の任務は楽しいか?』
キスショットと呼ばれる赤眼の女は、鋭い目を細めて無線の相手を睨む素振りをした。
「任務に楽しいというような喜怒哀楽は不必要です。」
『俺にしてみれば、喜怒哀楽無くして人間は成り立たないと思うがな。』
「それは否定しませんが、任務には必要ありません。」
『責任感が強いのか、固いのか分からんな。それにしてはナンバー7 間宮 朔を見る姿は恋する女の子のようだったぞ。』
「・・・・・・・。」
『図星か。』
ブチッ―回線遮断の音が男の通信機から鳴る。
男は、言ってみればガッチリとした体系で若干色黒でスーツを着て、サングラス着用しているせいかヤクザの組長を連想させる。だが、そんなのが体育館の屋根で仰向けになっている為、サボり中の番長程度まで威厳は半減している。
「切られた。若いな、あいつも・・・今年で十七歳だったか。」
口元を緩めて男は微笑するが、サングラスの奥の眼は笑ってなどいない。むしろ、もの哀しい雰囲気だろう・・・しかし、今それを真に理解するのは彼しか居ない。だからこそ、間宮 朔にキスショットを接触させることに関心が人一倍ある。
だが、体育館では朔が居眠りの真っ最中だった。
「―だから、環境安全ポスターは今日までに提出してください。」
教師の一人が宿題の事を一通り説明し終えた頃、横の湊に起こされる破目になった。なんだって、他人の安眠を妨害するのか、と憎しみを込めてから湊を睨む。
「眼が充血してて本気でおっかないな。」
「で、なんだ。」
本気でキレても冗談としか思ってないのか、友達としての期間が長くて馴れたのか、馬鹿なのか微動だにしない表情の湊に半ば呆れて問うと。
「朔さ、寝るのはいいけど俺の方に凭れ掛かるの止めてくれよ。ただでさえ、暑いのに耐え切れないのに、更に朔の汁が俺の服を濡らすから余計にさ・・・。」
無意識に枕となるモノを探して、惰眠を貪っていたようだ。無意識でもなければ、コイツを選んだりしない、絶対に。つか、微妙な時間帯に起こされたせいで暑さが余計に身に堪える。高校二年目にもなりゃ、面倒臭さも倍増と言った感じだ・・・飽きたのかもしれない。
徐に崩れた体勢を整えようと身体を動かした瞬間、間接部に電気が駆け巡る。痛い、いや痺れるような感覚が正しいのだろう。痺れは、時間と共に退いていき異常が無いと安心したと同時に、後頭部が痺れ始めた・・・尋常な感じじゃない、触れてみても手にあるような感覚が後頭部には一切無い、試しに髪を抜いてみても激痛どころか感触が無い。でも、俺が焦っているのは本当に麻痺のことなのか、別に失明したわけでも、聴覚を失ったわけでも、四肢が不動になったわけでもないのに。何年ぶりに感じるのだろうか、胸の底からザワザワする落ち着かない余裕を失う焦燥感は。
「どした朔、顔蒼いぞ気分悪いのか。」
「いや・・・。」
口では否定はしたが、寒気に包まれている身体を否定することは出来なかった。
どれほど時間が経過してしまったのか、集会の時間は終了して教室に戻ることとなった。その時、俺は後頭部に鈍い痛みを始めて感じた。触れてみると、僅少の血が指先に付いていた。これだけの傷になっているのに痛みを感じなかったんだ。教室に戻るまでの間、歩くことさえ意識してしまった。
ショートホームルームをしていても、担任の声など聞く気にならない。担任が寒いギャグを言ったらしく女子に弄られて苦笑いしているが・・・そんなのどうでもいい。
「じゃ、しっかり宿題するように。」
ホームルームも終わって下校のチャイムが鳴り出すと、一斉に騒々しさがぶり返してくる。今の俺には、賑やかさは天敵でしかない、妙に圧迫されるようで嫌だった。提出物の無くなった空っぽの鞄を掴んで教室から出ようとしたら――。
「どこ行くの朔ちゃん?」
相変わらず間の抜けた表情の幼馴染に引き止められて、俺は言葉を無くした。自分でも馬鹿みたいに口を金魚のようにパクパクしただろう・・・。
「急用だから。」
「ホントに?」
なんで頷かないんだ、いつもみたく納得してくれ。大抵の人間が、『急用』『用事』という単語を挟めば納得するだろうにコイツはズレてるのか。
「ホントホント。」
「ホントにホントにホントぉに?」
「しつけぇぞ、そこどけ。」
「朔ちゃん、さっきのホームルームから様子おかしいよホント大丈夫?」
だぁぁぁ、大丈夫かどうか判断し兼ねるからこうして保健室に行こうとしてんだろ。目的を言っちまえば良いんだろうが、言ったら言ったで面倒なことこの上ない御人好しだからな。結局、強行突破してきた。
「ったく・・・悪いな望。」
二年の教室は二階で、保健室は一階のため階段を下りていく。保健室を使用したのは、もう一年も前になるから久しぶりといえば久しぶりか。
「失礼します。」
「やっぱり来たね、間宮君。」
入ると同時に、名前を呼ばれて曖昧な返事をしてしまった。なんだって、一年ぶりの俺の名前を覚えてるのか、絶対記憶なのか?
「さっき、湊君が『朔、体調がヤバいらしい』って心配していたから。」
「そうですか・・・。」
御人好し其ノ二だな。一つ疑問だが、万年元気な奴が保健室にどんな用事があるのか。
「ああ、湊君は私を口説きに来るの。」
「ああ。」
納得した、アイツなら実行しても不思議じゃない。保健室の先生 菅原 紗希、二十歳代で容姿は綺麗な部類だろうし、ハッキリとしたフランクな性格だからな人気も高いのだろうな。
「間宮君は口説いてくれないんだね?」
「別に。」
「私も女の魅力無いか。間宮君に口説かれるように頑張るか。」
「いや、先生こそ学校を何だと思ってるんですか。」
本気で悩み始める先生の扱いに言葉を選ぼうとして、正気に戻った。
「先生、体調不良の相談しに来たんですけど。」
「おっ、そうだった。それで、どうしたの?」
最初に、その言葉欲しかったです。それから、間接が痺れたこと、次に後頭部が麻痺して痛みを感じなくなったこと。
「それから症状は今も続いてる?」
「いや、全然。」
「もしかしたら、軽度の熱中症かもしれないね。」
・・・確かに、今日は朝飯食わずに出てきたし、かなり汗かいたし、自己管理は徹底出来ていなかったかもしれない。なんか、当て嵌めていくと何てことない数々で溜息が出た。肺を満たしていた重い空気が抜けて、体が軽くなった気がする。
「一応、水分補給して安静にすること。あと、異常があったら病院で診察してもらわないとね。」
先生からスポーツ飲料を受け取ると、お礼と『また来る約束』をさせられサヨナラした。
下駄箱までは直ぐで、下足に履き替えてから、ちょっとだけ軽くなった足で下校しようとすると。
「朔ちゃん、帰ろう。」
望がいた。
「なんでお前がいんだよ。」
「ひっどーい、健気に待ってた幼馴染に言うことなの。」
「健気な奴は、自分で健気って強調しねぇよ。」
また、朝みたく頭をクシャクシャと撫でてやる。すると、望が上目遣いで俺の顔を覗き込んでいる・・・というか身長の差からして覗き込むしかないのだろう。
「身体は大丈夫?」
「ああ、軽い熱中症だろうってさ。心配させたか?」
「しないわけないじゃん。」
『とーぜん』って言いたげな望は、発育不良なのか未だAカップの胸を張ってどこか誇らしげで俺からしてみれば頼もしいなとか思ってしまった・・・不覚にも。
「でも、私が熱中症で倒れたら朔ちゃんは心配一杯してくれる?」
「う~ん・・・。」
俺が大袈裟に悩むジェスチャーをしてやると、望が俺の太ももに蹴りをお見舞いしてきやがった。コイツは、周囲の人間に下着を見られるかも知れないという危険を感じないのだろうか。
「悩むの禁止。」
「冗談だ。一杯かは知らないけど心配はしてやる、幼馴染だしな。」
「ふ~ん、幼馴染だから、ねぇ。」
なんだ、そのあからさまに不純な動機を含んだジト見は。心配してやるって言ってんだから素直に喜べばいいのに。このあたりも、望の分からなくなってきた部分でもある。
「つか、お前倒れたこと前提なんだな。多分、俺じゃなくても九割の人間が心配する状況だろ。」
「(うう・・・鈍感過ぎて、たまに態とじゃないかと思っちゃうよ。)」
「なんか、言ったか。」
「ん、ううん何にも。よしっ、心配かけた罰として、たい焼きを奢らせてあげよう。」
「たい焼きか、いつものカスタードにするのか。」
望が俺にモノを奢らせるのは、一緒に帰るときの習慣みたいなものになっているから今更拒むことは無い。本人曰く、たい焼き(カスタード限定)には大切な思い出があるんだとか教えてはくれなかったが。
間宮 朔がクラスメイトの相川 望とジャレながら下校する様子を見下すように校舎の屋上にはキスショットが佇んでいた。
「ナンバー7下校開始。追跡しますか。」
『データは収拾済みだから、本来は追わんでいいが不足の事態も考えられる。念のため、対象を警護していろ。』
「了解しました。」
『あとキスショット、彼に興味があるみたいじゃないか、ハハハハハッ――』
ブチッ―――交信終了の合図。
キスショットは、男に小声で短く暴言を吐いてから。無駄な呪文も、大袈裟なジェスチャーもなく“重力装置 アトモス”を発動。彼女は、約十メートルの校舎から一切の躊躇無く身を投げた。落下速度は通常と変化ないが、着地時の衝撃が格段に軽減される装置のおかげで彼女は最短の距離で朔の追跡を開始することができる。
学校の敷地から一歩踏み出せば、帰宅する生徒や市民が歩道に蠢く昼の時間帯、キスショットの容姿など造作も無く揉み消してくれると同時に、朔への接近が楽となる。人の間を素早くすり抜けて、追跡から一分弱で対象の後方まで付く。
「でも、たい焼きはカスタードが定番だよねぇ。」
一人の女子学生が、朔の隣で意味も無く頷きながら五月蠅く同意を求めているようだった。対して、朔は呆れたような諦めたような態度だった。その何とも言えない表情に、キスショットは同感したが、直ぐに自分を消した。
「それ、お前の定番だろ。黒餡が妥当だろうさ、常識的に考えてもみろよ黒餡があってもカスタードが無い店のほうが多いだろうさ。」
「そんなことないもん。」
「はいはい。カスタードが定番だな。それで、何個食べる。」
幾度と繰り返してきた討論がエンドレスなことを学習した俺は、有耶無耶にするノウハウを得ていた。コイツは、一度に二つのことを出来るような器用さを持っちゃいないから質問したら絶対それに答える特性があるらしいからな。すっかり常連になった店の前で、個数を訊くことにした
「じっ――。」
「十個も食うな、昼飯食えなくなるぞ。」
なんて、言ってはみたものの・・・。
「だいじょーぶだもん、たい焼きは別腹だし。お昼ご飯も食べられるから。」
コイツの喰いっぷりを見るまでは、俺は別腹なんざ信じていなかったが黙々と旨そうに十個平らげる姿は本物の大食いだった。一個八十円のたい焼きだが、十倍ともなれば、一般学生の俺には十分な家計圧迫になる。近代の女子は、ダイエットだとか忙しそうなのに、コイツにとってはどこ吹く風なのか・・・どこまでも、めでたい奴たい焼きだけに。寒ッ!!
「ありがとぉ朔ちゃん。」
ニンマリと謝辞を述べられれば、悪い気はしない。紙袋に大漁に詰まったたい焼きを一匹抓み出して望は頭の方からガブリと豪快に齧り付いた。汗が滴る夏なのに、コイツがハフハフと熱そうに食べてると旨そうに思える。
「朔ちゃんは、たい焼き食べないなんて勿体ないよ。」
「あんま、甘いの好きじゃないんだよ。」
俺は、焼きたてのタコヤキを受け取り、店主に三五〇円手渡した。
「あ、でもタコヤキも美味しそぉ。」
食欲に忠実な奴。俺が爪楊枝でタコヤキをすくって持ち上げると望の瞳がタコヤキを追って動く、隣でゴクリと唾を飲む音がして我慢の限界を知らせてきている。
「たい焼き五個キャンセルしたら、タコヤキも喰えるんだぞ。」
タコヤキを望の口に突っ込む。望の顔が熱さで悶えている、挙句の果てには口から蒸気を吹き出し始めた。まさに、機関車的顔芸だな。
やっとのことで飲み込んだ望が、涙目になりつつも首を横に振っている。頑なに、たい焼き派らしい。この際、たい焼きと結婚してしまえばいいとさえ思う。
「たい焼き 五つ、タコヤキ 一つ。」
後ろで俺の思った組み合わせで、頼んでいる客がいたので何気に俺は振り返った。
傷んでいない光沢ある漆黒の黒髪に、カラーコンタクトなのか紅い眼、小細工の無い整った顔立ち、この町の空気には不釣合いなほどのオーラが女を包んでいた。
「朔ちゃん。」
「な、んだ。」
笑顔で足を踏み潰された。それも、踵で爪先をだ。まったくもって、意味が不明だ。
「あ、タコヤキ二つ減ってないか。」
「知らない。」
どうやら幼馴染は、ご立腹らしいがこれ以上理由を尋ねても藪蛇な気がして黙ってタコヤキを食べた。
「旨い。」
俺の家に着くまで、結局たい焼きの歴史、製造法、食材へのこだわり、味の秘訣、絶妙な焼き加減、手頃な価格、店の位置取り、店主の馴れ初めなどなど語るだけ語って望と別れた。別れたと言っても、アイツは俺の家の隣人で窓越しに部屋を行き来可能なほど近い。
「ただいま。」
返事は、ない。返事がある確率が低い。と言うのも、親父は海外出張中、お袋は現役のキャリアウーマン(自称)で家に留まっている時間が少ない。それで、昔はよく保護者代わりにと隣の相川家に預けられていた。望の小母さんも、世話焼きなのか家族同然になっているのか衣食住を共にすることが多く、一時期は冷蔵庫内の食材を把握すらしていたこともあった。
二階にある自分の部屋に入るなり鞄を机に置いた。それから、ベッドに腰掛て『たい焼き創刊号』なる雑誌を読もうかと開いたが、どれもこれも誰かの入れ知恵で予習済みとなっていた為閉じた。そのまま、ベッドに横になると忘れていたはずの疲労感と睡魔が俺を飲み込んでいった。
『怖かったんだもん。』
幼い女の子が泣き声で、男の子の服の袖を握って恐ろしかったことを訴えているのが見える。
『泣くなよ。それにお前、どうやって戻ってきたんだよ。』
『わかんない。』
『なんだよ、それ。ん?』
男の子は、女の子の後ろにいる何かに気付いて首をそちらに向けた。
『君が――を連れてきてくれたの?』
『――――――――』
『ありがとう。』
『――――――――』
『俺は――君は?』
『――――――――』
『そっか、また今度遊ぼうな。』
『――――――――』
男の子は、ニカッと笑って。そうだ、と思いついたようにポケットから小銭を取り出して近くの店で何か買っている。そして、買ったモノを女の子と世話になった何かに手渡した。
『トモダチのあかしだ。』
・・・何だか、懐かしい気分になる。でも、一人だけ誰なのか分からない。