君も月だよ
僕は夜が好きだ。少し冷たい空気も、視界の悪さも幾ばくかの緊張感を僕に与えてくれる。
数学の宿題を田中と終わらせ、手持ち無沙汰になった僕は、部室から借りてきたカメラを持って家を出た。
――パシャっ。
住宅地の間に一本すっと伸びている道路を写真に収めた。
「今日は、月が綺麗だな」
カメラのレンズを月に向ける。シャッターを半押ししてピントを合わせようとしたが、望遠レンズではないため、月の表情まではファインダーに捉えられなかった。
「月まで続く階段があればいいのに」
気分がいいからか独り言を連発する。
「ふふっ、鷹司くんって変なことを言うのね」
背後からココナッツの香りが漂ってきた。独り言を聞かれたと思い、僕は慌てて振り返った。
「こんばんは。写真撮ってるの?」
月夜の中、白よりも白い肌を輝かせた一条美月の姿がそこにはあった。
鼻はすっと高く、唇にも艶が見てとれた。
そして、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳には、まるで夜空の月と呼応するように、宇宙が広がっていた。
「こ、こんばんは。そう、ちょっと暇でさ」
少し緊張してしまい早口で答える。
「そうなんだ。でも、そのカメラとレンズじゃ月は撮れないんじゃない?」
「まあ、撮れないね」
「そうね……確かにそれだったら月まで続く階段が必要かしらね」
彼女は少し前傾し、僕の顔を覗き込んだ。
「忘れてくれるかな……」
僕は顔を反らした。
恥ずかしくなったということもあるが、彼女が身を屈めた拍子、胸元が目に入ったからである。
慌てて顔を背けたものの、すぐに後悔した。抗いがたい衝動を抑え、再び彼女の瞳を見つめた。
「善処いたします」
丁寧な言葉遣いで彼女は告げた。
「一条さんは、こんな夜に何をしてるの?」
僕は、生まれてこの方引っ越しをしたことがない。そのため、一条美月が近所に住んでいないことは知っていた。
「月がキレイだったから、追いかけてきたの」
「一条さんって変なことを言うんだね」
「鷹司くんからうつっちゃったみたいね」
口に手を当て冗談を言う様子はまるでどこかの国の王女様みたいであった。
顔を直視できなくなっため、もう一度月に目を向ける。空では月が1人存在感を放っていた。
こんな時、月がキレイと言ってしまったら告白だと受け取られてしまうのだろうか。
「わたしね、美月って名前でしょ。お父さんが、月が好きでそう名付けたの」
彼女も月に顔を向け話を続けた。
「でもね、お父さんともう会えなくなっちゃって。それで寂しくなっちゃって」
「そう、なんだ」
僕は簡単な相槌を打った。
お父さんは亡くなったのだろうか、はたまた離婚をしてしまい会えなくなったのだろうか。
いくつか疑問が思い浮かんだが、その疑問は言葉にできなかった。
僕の様子に気づいたからか、一条さんは僕に顔を向けた。
「ごめんね、こんな話しちゃって。気まずいよね。忘れて」
吐き出すかの如く早口で彼女は告げた。
そんな彼女の様子を目の当たりにして、僕も焦ってしまった。
「君も月だよ」
「え?」
僕はあがり症である。焦ってしまうと次々に言葉を発してしまう。
「お父さんにとって、一条さんは月だったんじゃないかな。夜が明けても、また月は昇る。きっと、また会えるよ。」
意味が分からない。僕が今夜ポエマーになってしまったのは、ぜんぶ月のせいだ。
「ごめん!数学の宿題やらなきゃいけないの今思い出した!じゃあね」
月を背に暗闇へと逃亡した。
◆◇◆◇
「ありがとう」
一条美月は暗闇に向かってそう呟き、月を背にして歩き出した。
そして、小学生の頃に合唱コンクールで『COSMOS』を歌ったことを思い出した。
「きーみもつきーだよーって感じなのかな?ふふっ」
足取りが軽くなり、タタンタタンとスキップを踏む。
「飛鳥くん、かわいいなぁ」
口角がキュッとあがり、視界が狭くなる。
「帰ったら、顔ほぐさなきゃ」
今日も、月ではウサギがもちをついていた。
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