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4,あまのじゃくな主人

「公爵様はどういうつもりなのかしら? まさか、まだ私をからかっているの?」

 

 あれから十日後、ウィンザー公は再び屋敷へ訪ねてくることになった。


「公爵の侍女レイナの話によりますと、ウィンザー家の方でもルークス様が初めてお見合い相手を気に入ったということで、大騒ぎになっているようです。お母上も大変お喜びになって、この結婚を必ず成就じょうじゅさせるのだと意気込んでいらっしゃるようですわ」


 侍女のミレーユは、ドロシーの髪を編み上げながら答えた。


「面倒なことになったわね」


 ベレット家でも兄のヨハンが朝からソワソワとして、ドロシーのドレスが派手過ぎないか、化粧が濃すぎないか何度も確認しにくる始末だ。


「こうなったら、ありのままの私をさらけ出すわ。そもそも、公爵様のような家柄の良い頭の固い殿方は、私のような生意気な女性が大嫌いだったじゃない。最初からぶりっ子などせず、ありのままの私を出せば、問題なく断わられていたのよ」


 ルークスも、ドロシーが少し余計なことを言えば、きっと憤慨ふんがいして、このお見合いを破談にすると言い出すだろう。


 そうして、ルークス・ウィンザー公爵が昼過ぎにやってきた。


「やあ、ドロシー嬢。ご機嫌いかがですか? この花束をどうぞ」


 一般的なしきたりとして、二度目の訪問では花束をプレゼントすることになっている。

 たいていは赤いバラを渡すのだが、ルークスが手渡したのは珍しい青いバラだった。


「まあ! 青いバラ?」


 赤いバラを渡されたら「わたくし赤いバラは嫌いですの」と受け付けないつもりでいたドロシーだったが、見事な青いバラに見惚れて、思わず受け取っていた。


「実は私の農園で、バラの品種改良を研究しているのです。この青いバラはまだ少ししか収穫できない貴重なものです。あなたのために摘んできました」


 ちょっと嬉しい……。

 いや、喜んでいる場合ではない。


「あ、あら、そうですの? で、でも私は赤いバラが良かったですわ。青いバラなんて、陰気で縁起が悪いですわ。品種改良をなさるならもっと女性が好む色にすべきですわね」


 我ながら本当に余計な一言だ。


 青いバラでも充分洒落(しゃれ)ていて、本当は素敵だと思っているくせに……。


 普通の殿方なら、せっかくのプレゼントにケチをつけられた上、自分の仕事にまで口を挟まれたのだから、真っ赤になって憤慨するはずだ。


 しかしルークスが怒ることはなかった。


「なるほど。さすがはドロシー嬢。そういう視点で考えたことはなかった。是非とも参考にさせて頂きます」


 ドロシーは驚いた。


「え? いえ、参考になんて……。私の適当な話をそれほど真に受けなくとも……」


 あまりに素直なルークスに、逆に罪悪感がつのる。


「あなたの気分を害してすまなかった。では次に会う時には、赤いバラをお持ちしましょう」


「え? 次?」


 これが最後と思っていたのに次の予告をされてしまった。

 ドロシーの動揺に気付いているのかいないのか、ルークスは悠然ゆうぜんと微笑んでいる。




 それからさらに十日後――


 三度目の訪問では、手袋をプレゼントするのが一般的だ。


「やあ、ドロシー嬢。この手袋を受け取ってください。私の事業傘下の製糸工場でつむいだ最高級の生糸きいとを使って作らせたものです」


 ルークスは可愛いリボンで飾られた小箱をドロシーに差し出した。


 今度こそ、「あら、申し訳ないけど趣味に合いませんわ」と突っ返してやるつもりで、小箱を開いた。しかし。


「まあ!」


 小箱の中には見事なレース細工の手袋と一緒に、真っ赤なバラが一本添えられていた。


 前回赤いバラを持ってくると言った約束を、こんな形で実現するとは。


(なんていきなプレゼントをするのかしら。私としたことが、思わず感嘆の声を上げてしまったわ。しかもこの手袋もなんて素敵なの)


 ケチをつけようにも、つけるところが見当たらない。

 しかし、あえて文句をしぼり出して告げる。


「け、結構な品ですけれど、手袋というのはドレスを引き立てるための付属品ですわ。ここまで繊細な手袋だと、ドレスの方が見劣みおとりしてしまいますわね。私の持っているドレスには似合いませんわ」


 わざわざ高価な手袋をプレゼントしてくれた相手に失礼な話だ。

 さすがにルークスも怒るだろうと思った。しかし。


「なるほど! 確かに付属品の方がドレスより目立ってしまってはいけませんね。さすがはオーダードレスの世界を牽引けんいんするドロシー嬢だ。私には思いもつかない発想をお持ちですね」


「え? いえ、世界を牽引するだなんて……そこまでのことでは……」


 またしても適当に言ったことを素直に聞き入れてしまった。


「失礼しました。では次は手袋とドレスをセットで組み合わせてプレゼントしましょう」


「え? 次?」


 そうしてドロシーがプレゼントに文句をつけるたびに、次の約束が取り付けられた。


「どうしてこうなるの? ルークス様って、やはり相当な変わり者ね。怒らせようとすればするほど次につながってしまうわ。私はどうすればいいの? ミレーユ」


 腹心の侍女はドロシーのそばに来て告げる。


「どうもレイナの話では、ルークス様はあまのじゃくな方らしく、相手に反論されると、むしろ意地でも満足させてやろうと本気になるらしいのです。ここは、ドロシー様。いっそ、大喜びでプレゼントを受け取ってみてはどうでしょう。そうすれば、つまらなくなって断ってこられるやもしれません。そしてルークス様が断ってきた時こそ、ドロシー様の勝利です」


 そういうことか、とドロシーは納得した。


 おかしいと思ったのだ。


 いつも女性達にちやほやされているルークスは、ドロシーに否定されることでプライドが傷ついたのだろう。この茶番劇は、ドロシーがルークスを受け入れるまで続くのだ。そして……。


「さんざん褒め殺しておいて、私が本気になったところで実は冗談でしたと言って笑い物にするつもりなのね。なんて悪趣味なのかしら。見てらっしゃい。そうはいかないわ」



 そうしてルークスは四回目の挨拶にやってきた――


「ドロシー嬢。今日は前回約束したドレスと共に、このプレゼントを受け取って下さい」


 ルークスはドレスの入った大きな箱と同時に手の平にのる小箱を差し出した。


 ドロシーは壁際のミレーユをちらりと見る。

 ミレーユは作戦通り大喜びで受け取れと、ジェスチャーで伝えてくる。


「ま、まあ! 何かしら! もちろん喜んで頂きますわ」


 ドロシーはわざと嬉しそうに、目を輝かせて答えた。

 ルークスは膝をついて小箱を開いて見せる。そこには……。


「え?」


 ドロシーの誕生石でもあるペリドットのはまった指輪が入っていた。


 指輪のプレゼントは、結婚を決意したという男性の意志表明だった。


「こ、これは……」


「私と結婚して下さい、ドロシー」


「な! まさか……」


 ドロシーは驚いて壁際のミレーユを見る。

 ミレーユは、「受け取れ」というジェスチャーをしてうなずいている。


 そしてドロシーは、はっと気づいた。


(そうか。そういうことね。指輪まで用意して私を信じ込ませて、やっぱり嘘でした~とか言ってからかうつもりなのね。いいわ、だまされてやろうじゃないの。そして私の方が一枚上手(うわて)だってところを見せてやろうじゃないの)


「嬉しいですわ。喜んでお受け致しますわ、ルークス様」


(さあ、どこでネタばらしするのかしら? 覚悟はできていてよ)


 ドロシーはネタばらしの時を、身構えて待った。


「本当ですか! ありがとう、ドロシー嬢! さっそく母上に報告せねば」


 しかしルークスはネタばらしもせずに大喜びで帰っていった。


(あれ?)


 ルークスが帰るとすぐに兄のヨハンが部屋に駆け込んできた。


「やったああ! よくやったぞ、ドロシー! これでお前の汚名も返上。ウィンザー公爵家も安泰。私は父上からようやく一人前と認めてもらえるぞ。でかした!」


(あれ?)


 ドロシーは指輪の入った小箱を持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。




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