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出会い系はどっちもバカ

昔、出会い系の変な女に対し、ものすごく微妙な空気を作ってしまったことがある。帰り道の車の中、一言も話さなかった。



その日、女から急に呼び出しがかかった。18時ごろだった。


「今から会える?」


俺は嬉しかった。彼女は19歳の子で、一回しか会っていないが、若くて可愛くてエロくて、一回目のデートでヤレた。これからもずっとそういう関係を築けるつもりでいた。


だから、とにかく大事に大事に、このセフレをしっかりキープしようと思っていた。そんな矢先に、彼女が誘ってくれたのだ。


「会えるよ!」と、すぐに俺は送り返した。


「場所は?」


と聞くと、


「フリーファイブ」



ラブホだった。


ラブホで待ち合わせ? どういうことだ? これからラブホでセックスするつもりだったら、俺がまず彼女の家まで迎えに行って、そこからラブホに向かうのが普通だ。なんでラブホで待ち合わせなんだ? セフレってそういうものなのか? いくらヤリマンでもラブホで待ち合わせっていうのはヤリマン過ぎないか? うーん、謎だ。それに、彼女は車を持っていない。車でないと、たどり着けないところにラブホはある。


勘のいい人だったら、この時点ですべての見通しがつくかもしれない。これからの文章を読み進める前に、少し立ち止まって考えてみてくれると俺は嬉しい。だが俺は勃起したチンコのように、血流が頭に昇っていて、そのときはまるで疑問を覚えなかった。


お母さんが夕食を作っていたが、俺は大急ぎで「出かけてくる!」と言って車を飛ばした。



ラブホに着くと、彼女はすぐに俺の車に乗り込んできた。


「はーさいあく」


「どうしたの?」


「なんかさ、今アプリで知り合った人にホテル行こうって言われて、うるさく言われて、ホテル行ったのね。で、ここに来たのね。他に行くところもないし、仕方なくホテルについて行っちゃったのね。でも何もなかったよ。本当、何もなかったんだけど。『何もしないよ』ってちゃんと言っておいたんだけど、それでも部屋に入ったらすごいしつこく誘ってくるのね? でも、ずっと追い払ってたら、向こうも段々と怒ってきて、怒って、何も言わずに、帰っちゃったのね」


「……」


「だから、ラブホ代も全部私が出したんだよ? 車で1人で帰っちゃったから、私1人でずっと取り残されて」


「……」


実はここに来るまでの間、少し冷静になって、そんなことなんじゃないかと思い始めていた。こういう時は悪い方の予感ばかりが当たる。出会い系の場合は、絶対悪い予感の方が当たる。


もうすべてに気持ちが失せてしまった。なんだよこれは。俺は取りこぼしを拾いに来たのかよ。タクシーじゃねーか。タクシーだ。知り合いが俺のこの姿を見たら悲しむだろうな。これからはワンランク低い生物として認識しようと、きゃつらの中の俺の評価が更新されるだろう。俺はこれからワンランク低い生物として生きていくのだ。


この子とは、精神的に繋がれないんだろうということはわかっていた。仕事はアパレルで、見かけは派手。貞操観念の欠片もない。深夜0時に初対面の男と会う(俺のことね)、THE 出会い系というやつだ。


そういう子だということは分かっていた。そういう子だと、心の中でバカにしていても、俺はすぐに好きになってしまう。まるで女の子のように、一度体の関係を持つと好きになってしまう。体目的ではあったけど、心でもどこか期待をしていた。


彼女はご飯を奢ってもありがとうと言わないし、一緒に車に乗っていても話題の一つも出そうとしない。平気でシートにもたれかかり、「あとどれくらいで着く?」とか「んじゃ私音楽聞いててもいい?」とか言うような子だ。でも、何故かラブホ代だけは半分出してくれたり、朝帰りの時、生しらすのご飯を食べに行こうということになり、「私が買ってあげる」と急にご飯を奢ってくれたりもする。


礼節はほんの欠片もなかったけれども、どこかそういう豪快なところ、自由な優しさというものがあった。


だからセックスもそれに含まれていたのかもしれない。奢るとか奢らないとか、ありがとうとかありがとうじゃないとか、そもそもが、彼女は、そういうところを問題としていないようだった。駆け引きのない、そのざっくらばんと開放的なところに一種の魅力を感じた。これは出会い系の女、いや一般的な女を見ても、なかなかない長所である。メリットデメリットいろいろあるが、この子と付き合うのもいいかなぁなんて思ったりもしていた。


別に付き合っていたわけではない。一回会って、一回ヤっただけの関係だ。セフレでもない。「専属のセフレになりましょう! よろしくお願いします!」と契約を交わして握手したわけでもない。だから他の男とヤったとしても文句は言えない。


タクシーにされて怒るのも筋違いだ。彼女は何も悪い事はしていない。全て彼女の責任、彼女が好きでやっていることだ。彼女が俺をタクシー代わりに使おうと、俺が嫌なら嫌と言えばいいだけの話だし、彼女は俺に対して何かをする義理も義務も、ひとつも無いのだ。


しかし、あまりにもムカついたからセックスしてやろうと思っていた。彼女と会ったのは2日前だった。しかも同じホテル、休憩2500円の、下層市民が下層な汁を撒き散らすためにあつらえられた御用達物件で、下層だけど欲だけは立派にあるから、はいはいしょうがないですねと言って笑われて作られたホテルで、しょうがないお馬鹿さんですね、しょうがないエロガッパさんですねと言われて作られたホテルで、私は下品ですよ、と建物が言っていた。廃墟だった。管理もめんどくせーから勝手にヤって2500円置いとけ、と言われているようだった。品格の低さが自己主張を通り越して、太陽の塔のように、下品だけど、下品を極めたひとつの芸術的なモニュメントとして屹立していた。しかし、まぁパチンコや招き猫と似た様なもんか。いや、廃墟だ。廃墟。廃墟でありながら廃墟でいいという卑屈な潔さがあった。市内の人間はみんなこのホテルを使うのだろうか? 知り合いもみんな、このホテルを使う。


2日前に、深夜0時に待ち合わせして彼女と会った時、あの時も、まるで会話らしい会話がなかった。たった今のように、ふてくされたような顔で、プンプン愚痴を言っているだけで、俺はずっと相槌を打っていただけだった。深夜0時に会ってるんだ、それでヤれるなら楽な仕事だと思っていた。いずれこの楽な仕事と彼女の19歳の柔肌との釣り合いが取れなくなってきたら、ちょっとエッチなルパンみたいになって、消えてやろうと思っていた。


だから、そのつもりだったから、腹なんて立てなくてよかった。そういう女だということはわかっていたし、すべて覚悟していたのに、それでもどうしてもムカついてしまった。何にムカついているんだろう? 俺だけを見てくれる契約なんて交わしてない。それでも、俺だけを見てくれると期待していたんだろうな。あと、単純にタクシーに使われたことがムカついた。


普通さ、こういう時はさ、黙って一人でタクシーで帰って、俺に話すことじゃないだろ? 隠れてこっそりやれよ。隠すすらしないってどういうことだよ。それほど俺はどうでもいいのかよ。イカれてんだよなぁ。そうか、もとから俺のことなんてなんとも思っていないんだ。だから話せるんだ。俺のことが少しでも好きだったら、俺をここに呼び出すわけがない。いや、わからない。バカはこういう時平気で呼び出すことができてしまえるかもしれない。ドンキやコンビニでたむろしているガキどもは、平気で呼び出しそうな顔をしている。そして、深夜0時に初対面の男と待ち合わせるするような女は、特に。


今考えると、これは素直なのか、正直なのか。そんなことをふと考えてしまう。この奔放さ、この自由さ、まるで自分を大事にしていない、自分を投げ出してしまっている。彼女に嘘があるようには思えなかった。


それは人間精神の深いところに立脚した素直さではないかもしれないけど、もっと動物的なものなのかもしれないけど、動物というとセックスか? 彼女はセックス目的で出会い系をやっているんだろうか? いったい彼女は何のために出会い系をやっているんだ?


彼女のプロフィール文には「はじめまして、◯◯です。こちらのアプリでいい人に出会って、真剣にお付き合いできる方を探しています」と書かれてあった。それで0時に会うから、わけがわけんねーんだ。「出会う」と「探す」が二重の言葉として使われてしまっているし、こんな短い文章で重複した文章になってしまうことに、驚いたが。


しかし、ふだん話している言葉とぜんぜん違う文章だった。どちらが本当の彼女なんだろう? でも、あの文章にたぶん嘘はないと思う。彼女は一夜限りの恋しかできなかったのだと思う。それは、運命的に。


これは後から分かることだが、アプリで彼女は入会と退会を繰り返してばかりいた。3回も4回も「NEW!」と右上に表示されたマークとともに、新規会員として、彼女はよく現れた。


「NEW!」とは表示されていたが、彼女は新しく表示されるたびに、どんどん顔が老けていっていた。今回のようなことを何度も繰り返した結果だろう。生気は薄く、よどみ、どんどん元気がなくなり、その反面、負のパワーは倍化していき、運気からも神からも見放されて、ペアーズ(アプリ)のアイリーン・ウォーノスみたいになっていた。隠しても隠しきれない不定愁訴がアイコンにいっぱいに詰まっていっていた。それは戻ってくるたびに、力を蓄えてきて戻ってきて、負のパワーを倍化させていっているようだった。


まだ若干19歳か20歳かという年齢なのに、恐ろしいほど老化していっていた。ザーメンパックを毎日しないとこんな顔にはならない。ザーメンパックの日々を送ったのだろう。これは、AV女優がデビュー時からベテランになるまでの顔の移り変わりに見られるものと、とてもよく似ていた。殺人犯とヤリマンは顔に出る。


しかしまぁ、AV女優だろうがヤサグレたOLだろうが、口じゃ恋愛なんてどうでもいいとか、面倒くさいとか言おうが、どんな男だろうが女だろうが、みんな本当は真剣な恋愛を求めている。


彼女も絶対そうだ。でも彼女はどうしてもセックスと距離が近すぎて、流れてしまうんだろう。男と女はそこに二人でいるだけで、セックスしなければならなくなってくるところがある。何を話していようが、何をしていようが、それはいつだって横にある。この引力に逆らえるほど、男と女は強くはないのだ。一度、それに流されてしまうと、そこが基準点となってしまう。それが出会い系の基準点だ。



さて、申し訳ない。いつもの如く話しが長く長く脱線してしまった。俺が今回話したいことは、ここじゃないんだ。


俺はタクシーにされて腹を立てながらも、せっかく会ったんだし、一発ヤらなきゃ気が済まなかった。タクシー代わりに使いやがって、絶対身体でガソリン代を払ってもらうぞ……!と、復讐してやる気でいた。なんならお前をプリウス代わりにして走らせてやる! そう思って、彼女をホテルに連れ込んだ。彼女は抵抗しなかった。


「そんな男いるの? ひどいね。大変だったね」と彼女をいたわりながら、「少し休憩しよう」と言って、彼女をホテルに連れ込むことができた。




彼女は部屋のソファーにもたれ掛かると、カバンをベッドの上に放り投げて、ひどく姿勢の悪い状態で座っていた。ずっとイライラしていて、ひどく不満げな顔で、いつまでもずっとぶつぶつ言っていた。般若みたいな顔になっていた、


不定愁訴の塊のようだった。こんな女と俺はセックスするのか。チンコが腐らなきゃいいが……と思ったが、何もしないで帰るよりはずっとマシである。


俺は彼女に飛びついて覆い被さった。


ではない。


不定愁訴の権化で般若みたいな顔している19歳の女の子を前にして、俺は怖気づいてしまい、指先でツンと突いて、「ねぇ、えっちしよう」と言った。


「ヤダ」


と言われた。


それは『令和』の年号発表のように、絶対に覆せそうになかった。ずっとずっと、新しい時代まで、覆せそうにないように思われた。


やはり素直だなと思った。素直にノーと言える強さを持っている。俺のことをどうでもいいと思っているからだろう。俺に嫌われてもまったく構わないのだ。俺はそれが羨ましかった。俺はその役を代わりたいとずっと思っていた。


「ねえ! しよう!」


と言って、少し、今度は声を強めて抱きつこうとした。


「イーヤーダ!」


と、彼女は本当にイヤそうに俺をはねのけた。


「どうしてもダメ?」


「うん」


俺は、世界で一番カッコ悪い生き物のように思えた。さきほど、「大変だったね、最低な男だね」と労りながらホテルに連れ込んでおいて、男と同じことをしている、俺もこいつを部屋に残して車で一人で帰ってやろうか?


「ねえ」


「うん」


「どうしてもダメ?」


「うん」


「そっか」


「……」


「……」


しばらく無言が続いた。こういう時どうしたらいいんだろう? 彼女は怒っている。俺の望みは断たれた。これはなんの時間だろう? モテる男ってのはこういう時いったいどうするんだろう? 俺は「帰ろっか」と言った。無駄にホテル代を払った。




車に乗せて送り届けているだけ、さっきの男よりマシだろうか? 本当にタクシーだな。俺は運転しながら、しばらく放心していた。彼女も無言だった。


しなきゃいけない義理なんてないもんな。俺は確かにそう思った。彼女が俺とセックスしてくれなかったことに腹を立てるというのはおかしい。それは分かってるのだが、なんなんだこの感情は。いったい俺は何に対して腹を立てているんだ? 


こんな19歳の女にいいように振り回されて、またセックスできると思ってシッポ振ってノコノコやってきて、タクシーだったことが判明して、ヤれないことも判明して、どうしようもないやるせなさに、気がおかしくなりそうになっていた。


このまま俺まで不機嫌になっていたら、「次」の機会まで失ってしまう。19歳、顔だってまぁまぁ可愛い。ここで「音楽でも聞く?」「最近仕事どう?(2日前に会ったばかりだけど)」「悪かったね、ああいう時にヤろうって言われても嫌だよね」とか、なんでもいいから、どうにかして、彼女のご機嫌取りをして、次に繋げる方が遥かに建設的だ。


なんで俺までこうして不機嫌になっているんだ? ぜったい後悔するぞ? このままじゃ次はない。このまま終わっちまうぞ? もう家に着いちまうぞ? 早くしろ、はやく彼女のご機嫌取りをしろ!


彼女はカバンからイヤホンを取り出して、持っていたスマホにそれを差し込んで、音楽を聞き出した。



え?


一体どうやったらこんな子に育つんだ? どういう教育を受けてきたんだ? 音楽を聴いて育ったのか? ミュージシャン? ミュージシャンのお父さんとお母さんの音楽を聴いて育ったのか?


どうしてこの状態で音楽を聴けるんだ? ここでご機嫌取りをしたら、俺はもう俺でなくなる。明日、「おはようございます!」と言って、職場の皆さんに声をかけることができなくなる。背を丸めて、低い小さな声で、「おはようございます」と言うしかなくなってしまう。


今だってこんな自分が大嫌いだ。性欲だ……! 性欲のせいで俺は俺でなくなってしまう! 性欲がないからこいつは平然としていられるんだ! ずるいだろ畜生! 俺にも代わらせろ! その役を代わらせろ! 俺が助手席に座る! お前が運転しろ! なんで音楽を聴いていられるんだ? イヤホンを今すぐ車の窓から投げ捨ててやれりょういちんこZ! Z! お前ならやれる! りょういちんこZ! ちんこ! 今すぐイヤホンを窓から投げ捨てるんだッ!



彼女の家に着いた。


「もう着いた?」


と彼女は言った。


一度送った場所だから道案内はいらなかった。彼女はありがとうと言わなかった。彼女は車から降りようとした。しかし俺のなんとも言えないような顔を見て、ドアに手をかけたまま止まった。


「どうしたの?」


「……」


「ねえ? どうしたの?」


どうしたのって。理由を説明しないとわかんねーのかよ。そんな奴に何を説明しろっていうんだよ。下手したら小学生の女の子でもわかるんじゃねーか?


ふざけやがって。ふざけんな、クソ。ふざけんな。死ね。ふざけやがって。


ずっとふざけるな、死ねって、心の中で連呼していた。


そして、しばらく連呼し続けて、3分経ち、5分経ち、その声も静まり、俺はただ静かな点となっていった。彼女は不思議と車を降りようとはしなかった。


「ねえ」


「……」


「ねーえ」


「……」


「ねえ」


「……」


「ごめんね」


「……」


「ごめんね!」


彼女は、何度もごめんねと言った。バカだけどバカなりに謝っているのだ。俺が怒っていると思って、それだけの理由で、理由もわからないのに、謝っているのだ。


俺はこんなバカな生き物がいるのかと唖然としてしまった。


信じられない。なんてバカなんだ。バカにもほどがある。彼女は何に謝ってるのかわからないまま謝り続けているのである。


しかし、一生懸命に謝る彼女は健気だった。神聖さすら感じた。聖女だ。聖女だというのか? やはりすべての女には、聖性が宿っているというのか? なぜこんなに美しいんだ? なぜこんなに汚れているんだ? なぜ、こんなにバカなんだ!


ここまで、ここまで、通じ合えないものなのか。


これが男と女?


いや、違う。


本当に同じ人間なのか? なんなんだ、いったい。


バカバカしすぎて、怒る気にもなれない。説明する気にもなれない。


俺だってバカなんだ。こうして、この場所で、こうやってハンドルを握っている姿がバカの証拠だ。どっちもバカなんだ。これが出会い系なんだ。





家に帰って、俺はこんなメッセージを送ってしまった。


『今日はごめんね。○○ちゃん。ちょっとイライラしちゃって、心配かけちゃったね(笑)今度、海に行って夜景でも見よう!』


彼女からの返信はなかった。

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