7.大好きなお寿司
『寿司処みやなぎ』
それは私のお父さん、美柳将大の職場だ。
お寿司屋さんだから、『和』を意識したオシャレな外装で、カウンター席と個室のあるお寿司屋さんは、地元では人気の高級寿司屋さんだ。
お父さんの握るお寿司は、どれも輝いて見える。
でも今日はお客さんは少ない。
店内には『夫婦と思われる二名のお客さん』だけで、従業員も、お寿司を握るお父さんの弟子さんだけ。
ちなみに弟子さんの田中誠也さん、短髪が似合ってスッゴくカッコいい。
よく話をするけど、スッゴく面白い人だし。
私を見ると、からかってくるし・・・・。
でも誠也さんには『彼女さん』がいるらしい。
なんか残念だ。
私のことも『妹』のようにしか見てくれないし。
ちょっぴり悔しい・・・・。
そんな誠也さんに密かに視線を送りながら、私と招待された女の子はカウンター席に座る。
そして私の目の前の『板場』と呼ばれるお寿司を握ったり、魚を捌いたりする場所には、私達のためにお寿司を握るお父さんの姿。
大きなまな板を前に、いつもの白衣を着るお父さんは何だかカッコいい。
お父さんは早速お寿司を握り始めると同時に、女の子に問い掛ける。
「お前さん、名前は?」
そのお父さんの言葉に、用意されたオレンジジュースを飲んでいた女の子は、驚きながら答える。
「あっ、はい!川下海です。
美柳さんの同じクラスの」
「おーそうか!
ってことは、空と同い年か。
よかったな、空」
お父さんの言葉に、私は冷たく言葉を返す。
「・・・・なにが?」
「お前、友達少ないからよ。
お前の『友達』と言ったら、あの『ヤンキー娘』くらいだろ?
北條と小坂だっけ?
最近見てないけど、アイツらも元気してるのか?」
「うるさい。
仲良くしているから放っといて」
「ったく、素直じゃねぇな」
「・・・・・・」
今の私とお父さんの会話、隣の川下さんにどう写っただろうか。
確かに私は、北條さんと小坂さんと仲が良かった。
一緒に遊んでいた。
と言うより、『毎日遊ぶ友達』だった。
でも今は『いじめる側』と『いじめられる側』の人間関係。
つまり『最悪の関係』だ。
だからクラスメイトの川下さん、疑問に感じたんじゃないだろうか?
お父さんは、『今の私』や『今の北條さんと小坂さんの関係』を知らない。
でもクラスメイトの川下さんは知っている。
だから次の川下さんの言葉に私は少し不安になったが、川下さんは空気を読んでくれた。
と言うより、『私のいじめに参加しない川下さん』は、その内容には触れなかった。
「仲いいんですね」
川下さんの言葉に、お父さんは笑う。
「親として、こんな『反抗期な娘』を持つと楽しいぞ。
『今日はどんなことをして機嫌取ってやろうか』って考えるだけで幸せだしよ」
お父さんの言葉に、思わず私の口から本音が溢れ落ちる。
「気持ち悪・・・・」
「ほら反抗期。
昔は『可愛いだけ』が取り柄だったのによ」
『だけ』と言う言葉に私は腹が立ったが、これ以上喋ると『お父さんの思惑通り』になると感じた私は、何も言い返さなかった。
お父さん、性格悪いし。
いっつも私をからかってくるし。
そんなお父さんは、突然『真剣な眼差し』に変わる。
まるで、『ここからが本題だ』とでも言うように。
「んで、海ちゃんはどうしてあんな目に?」
川下さんは戸惑っていた。
でも少し間を置くと、先程の出来事を悔しそうな表情と共に教えてくれる・・・・。
「・・・・アイツら、あの公園に住む猫をいじめていたから。
石とか投げたりして、公園から追い出そうとしていたし。
だから私、それが許せなくて。
私自身猫が大好きだし。
よくあの公園で孝太く・・・友達と一緒に、猫とよく遊んでいるし」
「・・・ほう。
それで止めようとあんな目に?」
「はい・・・・」
「なるほど、な。
確かに『いじめ』はよくねぇな。
相手が猫しても、人にしても、絶対にダメな行為だ。
最近は『いじめ現場を見てみぬふりする人』も多いからな」
お父さんは私達に笑顔を見せると続ける。
「でもお前らは違う。
逃げずにあの男達と戦った。
『負ける』と分かっていても、『助けよう』と思った。
それだけで助けられた相手は、『凄く嬉しい気持ち』になるんだぜ」
褒めているはずの、お父さんの優しい言葉。
・・・・なのに、川下さんの表情はどんどん暗くなってしまった。
まあでも、仕方ないよね。
実際に私達のクラスで『いじめ』が起きているし。
私が言うのは変だけど、誰一人と『私を助けよう』とか考える人はいないし。
私も今のお父さんの言葉を聞いて、『北條さんと小坂さんを見捨てた日のこと』を思い出したから、胸が苦しくなったし。
そうやって無意識に『暗い顔』を見せてしまう私達の前に、お父さんは大きなお皿に乗せた握り寿司を置いてくれた。
マグロやハマチに私の大好きな甘エビなど、全部で十種類のお寿司が盛られたお皿が、目の前に置かれた。
「さあさあ、たくさん食えよ。
おかわりも言ってくれたらまだまだ握るからよ」
そう言ったお父さんは、また私達に笑ってくれた。
本当に、お父さんはいつも『私の味方』だと改めて思う。
私達は、そのお皿を見て二人顔を合わせて苦笑い。
言葉は出てこないけど、その『苦笑い』で何か一つ会話が出来た気がした。
『心』が通じた気がした。
そして『お寿司が大好き」だと言う川下さんと仲良く、お父さんが握ってくれたお寿司を食べた。
どれを食べても本当に美味しいし、追加のお寿司も一杯食べてお腹いっぱい。
川下海さんは同じクラスで、気配りが上手な心優しい女の子。
大きな体の男の子と一緒にいることが多い。
その男の子といると『カップル』のように見えるけど、彼氏じゃないみたい。
川下さんも顔を真っ赤に染めて、その男の子との関係を否定してくるし。
そんな川下さん、・・・・『海ちゃん』とは、『今度二人で一緒に遊びに行こう』と約束した。
終始笑顔で、私と接してくれる海ちゃん。
本当に、『いつも笑顔で明るい女の子』だと私は感じる。
・・・・私とは正反対。