8.森の深く
森へ続く光の糸は、昨日よりさらに細く弱くなっていた。
わたしの移動する先に光がつながっているのは確かなようだけど、時間が経つと薄れていくみたいだ。
それと……わたしから出ている光は、昨日より今日薄くなっている……気がする。
別に、いつも光を体内から発しているわけじゃないと思うし、きっとローブ達に囲まれて逃げ出したときの光の輪、そこをくぐったら付いたものなんじゃないかな。
なんとなくコンビニに置いてある防犯用カラーボールを思い出す。
わたしは別に犯人ではないのだけど……なんとなく……あの場から逃げ出したしね――
ちょっと思考が脱線してしまったけど、気を取り直し、目を凝らして道のりをたどる。
テオがわたしと同じ光を見ていたなら、きっとそれを目印にして森に入っていったんだと思う。
アレクスはわたしの話を信じてくれた。
そして、フェルムさん達も、わたしが危険な目に合わないように守ってくれるということで、案内係を許された。
村と森を隔てている石塀の間を通って、入った森の中はひんやりとしていた。
進んでいくほど、木々の幹は太くなり、根が地面を覆っている。人間があまり立ち入らない場所というのも頷けた。天まで伸びているような木々の枝葉の隙間から光が漏れてくるが、それでも薄暗い。
我ながら、よくこんな道、走って逃げてきたな……
躓きそうになったところを、アレクスが支えてくれた。
「ユーナ、気をつけろ」
「うん、ありがとう」
「……やっぱり辛いよな。なんなら、背負ってやっても――……」
「いやいやいやっ!大丈夫だから!ほんとっ」
無理やりついてきてそこまでしてもらうのは恥ずかしすぎる。
「アレクス様……!確かに小さい痕跡ですが、誰か通った後がありますね」
焦っているわたしをよそに、先頭を進んでいた男の人(この人は確か……ローレンさんだった)が振り返り、伝えてきた。
他の人たちも、わたしには分からない痕跡をしっかり見抜いているようだ。
「今日のものではない誰かが通った後もちらほらありますね……」
「相当暴れたのか……?枝が折られているな」
「……それ、たぶんわたしが慌てて逃げまどってる時の痕跡です」
更に恥ずかしい……
でも、ここが最初にわたしが通った場所だと確実になったわけだよね。
あの時は暗くて緊急事態で何にもわからなかったけど、こんなところを通ったんだな~
わたしが闇雲に移動した跡を辿るので、真っすぐに目的地を目指す道のりではなかった。それでも、少しずつ森は暗くなり、奥まった所に足を踏み入れていると感じた。
「あっ」
「どうした、ユーナ!」
「……な、なんでもない、気のせいだったみたい」
実は……木の枝に、大きなハチの巣を発見していた。あれがヒカリバチの巣なのだろうか?だとしたら、おいしいハチミツが――……
などと、今この状況ではとても話題にできない。
また、もくもくと歩く。
一応、場所、覚えておこっと。
「本当に、こんな奥まで子供一人で入って来ているのか?」
「私たちにも光とやらは見えませんが……ユーナ様のお話と痕跡が一致していますので、おそらく間違いないでしょう」
「それにしても、子供の足だ、そろそろ追いつけるのでは?」
そんな話をしていると、急に目の前に広場が現れた。
間違いない、ここは、最初にわたしが辿り着いた場所だ。
そして――……
辺りを見回してみると……
「いた!」
テオの姿を見つける。
その姿にほっとする間もなく、緊張が走る。
テオは、ダイアウルフの群れに取り囲まれていた。
幸いなことに、テオは無傷なようだった。ダイアウルフはテオの周囲で唸り声を上げているが、彼から数メートルの距離は離れていた。
テオがここに来てから、そこまで時間が経っていないのかもしれない。
ダイアウルフ達はこちらの気配にも気付き、何頭かはわたし達に向き直り、牙を剥きだしている。
「お願い、その子を返して」
何とか事を荒げないように、極力落ち着いた声で話しかけてみる。
「オレたちの縄張りに入ってきたのはこいつだ」
「そうだそうだ!食っちまえ!」
「まだ、子供なの。許してあげて」
「ん……?お前、二日前にここにいた女だな」
「おい、『領主』まで立ち入ってるぞ」
「おかしいぞ、今まではこんなに人間が入ってくることはなかった!!」
一気にダイアウルフ達が騒がしくなった。まずい……興奮させてしまってる?
アレクスに助けを求めようと目線を向けると、アレクスが驚いた顔をしている。アレクスだけじゃない……みんなが驚いたような顔をして、こちらとダイアウルフの両方を見ている。
「ユーナ、あいつらと話ができるのか?」
えっ?
「もしかして……わたしがしていること……おかしい?」
自分としては、普通に話しかけてくる相手に返しているだけで、何も変わったことはしていない。
「ダイアウルフ達も……ユーナも何か話しているのはわかるけど……人間の言葉じゃない」
「そんな……」
自分の行動が自分自身でも分からない。でも――……
テオを助けるためにはこの力を使うしか方法はないんじゃないか!?
意を決したわたしは、その後もなんとかダイアウルフ達を説得してみた。でも、彼らを納得させる理由がどうしても話せない。
しびれをきらした一匹が、テオに向かって飛び出した。
――間に合わない!!
その瞬間、アレクスが狼を弾き飛ばした。いつの間にかテオの近くに移動している。わたしが話している間に、気配を消して動いたんだろうか?ダイアウルフ達も状況を把握しきっていないみたい。
アレクス……早い。
短く悲鳴をあげて転がったダイアウルフが、今度はアレクスに向かって飛び掛かる。
その瞬間のアレクスの姿には、見覚えがあった。炎のように赤い髪。
あの夜、初めて会った時の姿だ。
「見間違いじゃなかったんだ…」
アレクスが、燃えている。