7.嫌な予感
次の日。
目を覚まし、自分がいる場所についてゆっくりと再確認する。昨日とは違い、よく体を動かした後だったからか、ぐっすり眠れた。
相変わらず鏡に映った自分の姿は以前と違っていたけど、なんとなくこれも自分だと違和感なく思えてしまっているわたしもいた。
改めて。自分の環境に対する適応力が恐ろしい……
お手伝いのメイさんが用意してくれた朝食を食べ、身支度を済ませたわたしは、今日もまた村へ行ってみることにした。
アレクスが着いてきてくれると言ったけど、クレアに仕事が山のように残っていると厳しく言われたので、渋々送り出してくれた。
昨日の夜も、この世界についてわたしの質問にいろいろ答えてくれた。
きっと、相当忙しいのに、わたしのために時間を作ってくれているんだろう。申し訳ないのと感謝の気持ちでいっぱいになる。
昨日と同じように村に着くと、なんだか様子が違った。
「どうしたんですか?」
みんながなんとなく忙しく辺りをうろうろとしている。
「ああ、ユーナ様」
一人の女性がわたしの問いかけに答えてくれる。
「テオを見かけませんでしたか?今朝から、見当たらないんです」
昨日遊んだ子どもたちも近寄ってきた。
「ユーナ様、おはよう」
「昨日、テオも一緒に遊んだけど、何にも変わりなかったよね?」
ふと、帰り際に話したことを思い出す。
「……昨日少しだけテオと話したんだよね。わたしがどこから来たかとか……」
すこし迷ったが、手掛かりになるかと思い、思い切って話してみる。
「他の人には見えない光をテオは見えていたようで……ダイアウルフのことも聞かれたかな……」
そこまで言い終わって、嫌な予感がした。
まさか……森に入った?
そこまで聞くと、子どもたちが口々に話し始めた。
「そういえば、よく考えたら、最近テオの様子少し変だったかもしれない」
「大人に聞いて回って、ダイアウルフのこと、調べたりしてた」
「こっそり森に入ろうとして失敗した日があった……って言ってなかった?」
みんなからの情報をつなぐと、テオは森に入ったのではないかという可能性が高まる。
「そんなっ……!!あれほど森は危ないから近寄るなと言ったのに!」
突然、女の人が悲鳴に近い声をあげたと思うと、ふらりとその場にしゃがみこんだ。
「奥さん、落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃないから」
テオのお母さん……なのだろうか?
周りに集まって聞いていた人たちも、さっきよりさらに落ち着きがなくなり、焦っている。
まだわからない……けど――……
もしも森に興味があったなら、わたしが昨日あんな話をしたことがきっかけになったのかもしれない……
どうしよう。
焦りで思考がうまく働かない。
みんな興奮している。……まずい。
努めて冷静な口調で言葉を絞り出した。
「みなさん、落ち着いてください。闇雲に森に入っても、危険です。」
この場でどうにかできるとしたら――
「まずはアレクスに判断を仰ぎましょう。」
町の人たちは一瞬の間の後、納得したのか頷いた。アレクスがどれほどみなに信頼されているのか、よく伝わる。
屋敷に駆け込むと、アレクスにすぐに事情を話した。
慌てた顔をしたわたし達を見て驚いていたけど、話を聞くとアレクスはしばらく考え込み、口を開いた。
「分かった。すぐにテオの探索に向かおう」
「わたしも行く!」
「いや、森には魔物が出るから危険だ。ユーナはここに残って」
「……でも」
確かに、わたしが行ったところであの時のように襲われたら足手まといにしかならない。でも自分のせいでもあるかもしれないし……
悔しい思いで口をつぐむ。
アレクスは集まっている男の人達に向かって話しかける。
「正直、みんなには危険な場所に立ち寄ってほしくないが……探索の手は欲しい。何人かで組になって手分けして探そう」
「我々はアレクス様をお守りいたします。」
昨日、村の前で出会った5人の男の人たちはそれぞれ手短に名乗ってくれた。その中でもリーダーのような人は、フェルムさんということがわかった。フェルムさんたちは、アレクスについていくことを心に決めているようだ。見た目からして強そうだし、アレクスを「守る」というくらいなので腕に自信がある人達なんだろう。
「そうだな、俺たちは森の奥に入ろう。その他のみんなは4・5人で組になって森の入り口近辺を探すこと。くれぐれも深入りしないように。一応、村のどこかに隠れている可能性を考えて、女性たちやお年寄りたち待機組は、村の中の探索も引き続き頼む」
「分かった!」
アレクスの指示を受け、村の人たちは相談を始めた。
わたしとテオが光の話をしたとき、興味惹かれて森に立ち入ったのだろうか……でも、他の人にも見えないなら、うまく説明の仕様がないし……
そこで、ふと気付く。『わたしとテオにしか見えない』光の道……
「アレクス、光の花が咲く森の奥の場所はわかる?」
「ユーナを見つけたのは森の入口近くだった。それ以上奥の方はわからない」
「アレクス以外の人は、どうかな?」
「魔物の縄張りにはめったなことがない限り、人間は近づかない。この町で森の中を奥まで知っている者はいないだろう」
アレクスでさえも、立ち入ったことのない場所……
「わたし、テオがどこに行ったか、見当がつくの。案内する!」
その場にいたみんなが驚いた顔でわたしを見つめる。アレクスも不思議そうだ。
「さっきも言ったが、ユーナを連れて行くのは危険だ」
わたしの予想が当たっていれば、テオはわたしの「出した」光の糸を辿って、ダイアウルフの集まる森の奥まで行こうと思っているのではないだろうか。だとしたら、なおさら……
「でも、そこはわたしにしかわからない場所だと思う。お願い、テオを助けたいんです」