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4.夜が明ける

悪夢……。だったらまだ救われた。


体は疲れているのに、神経が高ぶって考えたくもないことばかりぐるぐると頭の中を廻っていた。


やっと意識を手放したと思ったのもつかの間、ぼんやりと意識が戻ってくる。


正直、寝た気は全くしなかったが、時間だけは経ったみたいだ。わたしは何も考える気になれず、しばらく部屋の天井を眺めていた。


窓からは少しだけ明るくなった夜明けの光が差し込んできている。遠くで鳴いているのは聞き慣れないが、なにかの鳥のようだった。


徐々に意識がはっきりとしてくると、自分がいる場所が昨晩連れてきてもらったアレクスの家だと自覚する。そして同時に、『夢』だと思っていた出来事はまだ続いているのだと絶望的な気持ちになった。


なんとか体を起こすと、あまりの痛さに悶絶する。そういえば、昨日怪我したんだ。


この痛み、どう考えたって夢じゃない。一応頬をつねってみても、その痛みは現実だと伝えてくるばかり。身だしなみを整えようと鏡の前に立っても、そこには昨晩も見た「女性」が疲れた顔で映っていることに変わりはなかった。


しばらく部屋でダラダラとしているとドアのむこうから声をかけられた。


「ユーナ、起きています?」


「う、うん。おはよう、クレア」


「朝食の用意ができたの。一緒にいかが?」


「ありがとう」


クレアが用意してくれた服は、デザインこそ見慣れないものだったが、サイズはぴったりだった。彼女の好みなのか、動きやすいのはわたしとしてもうれしい。準備を整えて、呼ばれた部屋に行く。


そこには昨晩は会わなかった女性がいた。歳は30~40代といったところだろうか。優しそうに微笑んでいる。不思議そうな顔をしていると、クレアが教えてくれた。


「彼女はお手伝いさんよ。といっても、『自分のことは大抵自分でやる』が我が家のモットーだから、日中だけ通いで来てもらってるの」


「ユーナ様ですね。大体の事情は朝のうちにアレクス様から聞きました。私、メイと申します。よろしくお願いしますね」


「あっ、こちらこそ」

なんだか緊張しつつ、ペコっと頭を下げると、メイさんはやさしく微笑み返してくれた。


「おはよう、ユーナ。昨日はよく眠れた?」


わたしがメイさんと話していると、後ろからアレクスがやってきた。どこかまだ眠そうな顔をしている。


「おっ、おはよう。うん、それなりに……ね」


アレクスの質問に一応頷いて見せたものの、どうにも説得力がない表情をしてしまったようだ。心配そうな笑顔で返されてしまった。


「ゆっくりするなんて無理だよな。ごめんな、そんなこと聞いちゃって」


「いや、そんな!ここまでしてもらって本当に感謝してるよ」


「元気を出してユーナ。きっと解決策はあるはずよ」


クレアも励ましてくれる。


「とりあえず、悩んだときは腹ごしらえ!元気が出るぞ!」


アレクスに促され、席に着く。


食卓にはメイさんがせっせと朝食を運んでくれていた。あまり食欲はないのだけれど……勧められているのになにも食べないのも失礼だと思い、出されていたパンに手を伸ばす。


一口――……



こっこれは……!



「おいしい!」


ふわふわ、もちもちの生地。

なにもつけていないのに口に甘みが広がる。生地になにか練りこんであるのだろうか。

わたしが感動しているのが伝わったのか、メイさんがハチミツパンだと教えてくれる。


「わたしの知っているハチミツとは味が違う気がします。なんだか」


「『ヒカリバチ』はこの辺りにしかいない蜂なんです。ヒカリソウの蜜をエサにしているで、そういう名前が付いたのですよ。」


「おいしいんだけどなぁ。ヒカリソウが咲いてるのは森の中だし、魔物が出るのでそうそう採れない貴重品なんだ」


「じゃあ、もしかしてとても高級なハチミツなの?そんなものいただいて申し訳ない」


恐縮してしまう。

そして、魔物……ってなんだ。ここは日本どころか自分の知っている世界でもないのかもしれない。


「たまたま村の人が何日か前に持ってきてくれたの。これでユーナが元気になってくれるなら、むしろ安いものよ」


「ユーナ、朝食を食べたら村の案内をしてやるよ」


「ありがとう!」


体は疲れていたのだけれど、部屋に閉じこもっていても嫌なことばかり考えそうだったので、即答した。



屋敷の外に出ると、とてもいい天気で気持ち良い風が吹いてきた。


昨晩は暗くてよくわからなかったが、高い山に囲まれた小さな集落といった感じだった。広がる畑では、今も農作業をしている人が見える。


アレクスの家は他の家より少し離れた小高い丘の上にあり、その様子を見下ろすことができた。お屋敷の大きさからしても、きっとこの地域を治めるような立派な家柄の人なんだと分かった。


「あれ……?」


ふと気づくと、キラキラとした光が蜘蛛の糸のように漂っている。


「あの光はなんだろう?」


「……なんのことだ?俺にはよくわからないけど」


アレクスは首を傾げている。消え入りそうではあったけど、確かに細く長く遠くまで続いている。


(わたしにしか見えないのかな?)


光の加減ではなく絶えず繋がっているようなのだけど……その光が続く先をずっと目で追っていくと、今度は別の驚きで声をあげてしまった。


「あ!あの塀は?」


場違いに感じるほど立派な高い塀が村の外れに長く続いている。石でできているのだろうか。こちらから見て、奥の方には木々が見えるだけなので、おそらく深い森になっているのだと思うけど。


「この村は昔から魔物との攻防が続いてる場所なんだ」


「魔物……は森から?」


「そう、だからあの『大壁』は長い年月をかけて、築き上げてきたものなんだ」


「そんな、大変なところなのにみんな住まいを移ろうとはしないんだね」


あれほどの立派な塀を作るのは大変だったろう。


「昨日の夜もあそこを抜けてきたんだ。暗くて気付かなかっただろ?」

(わたしは、あんな所にいたのか)


説明を聞いても、あまり実感はない。アレクスは軽く微笑んで歩き始めた。


村まで続く道をしばらく歩いていくと、またアレクスが口を開いた。


「昨日、ユーナは聖女の話をしていたよな」


「えっ、何か知ってるの?」


「いや、俺もそんなに詳しくない」


そんなに、っていうことは、裏を返せばちょっとは知っているということなのでは?

聞こうと思うと同時に、アレクスが立ち止まって振り返った。



「もし……もしもだよ、ユーナがその聖女だったら、どうする?」


「どうすると言われても……そもそも聖女というのがなにかもわからないのだけど」


「じゃあ……とても大きな、それこそ世界を操れるような力を持っていたとしたら?」


アレクスの問いを聞いて、改めて思考する。


うん、そんな力自分には絶対にない。これはたまたま長く見ている夢だし、仮にそうでなくても、なにか手違いでこの場所に存在しているだけに過ぎない。


わたしはアレクスに笑顔で答えた。

「そんなの、ありえないよ。だから、考えられるはずもない」


アレクスは続けて何か言おうとしたところで、遠くからの呼び声が聞こえた。

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