3.アレクスの屋敷
しばらく馬に揺られていると、集落のような場所についた。そこから更に少し進むと――
「着いたぞ」
暗くて全体はよく見えないが、なかなか立派なお屋敷の前に立っていた。
アレクスに手伝ってもらって、馬から降りる。
「お兄様!」
お屋敷の扉を開けると、すぐに女の子が近寄ってきた。
呼び方からして、アレクスの妹さんなんだろう。歳の頃は、大体17~8といったところだろうか。強い意志を感じさせる眼差しが兄妹でよく似ている。なにより、かなりの美人だ。髪の色はアレクスと同じで赤いが、やや暗い色合いだ。
あれ……?
そこでふと気付く。さっき森で会った時のアレクスはもっと燃えるような赤い髪の毛をしていたような……?今も赤髪なことに変わりはないが、さっきのような「燃えるような」という感じではなく、落ち着いている気がする。
実は気が動転していて、炎のように感じたのかもしれないけど。
「こんな時間に危ないって何度言ったらわかるのですか?」
「いでででっ、ごめんごめん」
妹さん……容赦ない耳たぶ引っ張り攻撃だ。
「今日という今日は許しませんわ!」
どうやら、二人の力関係は明白なようだ。しばらく仲の良い(?)二人の姿を呆けて見ていると、妹さんがわたしの存在に気付いた。
「あら、この方は?」
(気付くの遅っ)
「北の森でダイアウルフに襲われているのを助けたんだ」
「大変!ケガしてるじゃない。すぐに手当てするわね」
(怪しい経歴はスルーしてくれるんだ)
部屋の中に通されると、すぐに座らされた。そこで改めて、自分の身体が擦り傷や切り傷だらけなのを実感した。さっきまでは何も感じなかったのに、今頃ズキズキと痛み始めた。
「お待たせしましたわ!!」
どこかに走っていった妹さんが戻ってくると、両手には薬箱らしきものが抱えられている。
「じゃ、ちょっと見せてくださいね」
「ぐ……う!!ぅぅ~~~」
容赦なく薬を塗られるので、めちゃくしゃ染みる。痛みに耐えられず、変な声が出てしまった。
「ちょっと染みるけど我慢して」
「あっ、は……いいい!!!っ」
この娘、容赦ない……
涙目で必死に耐えるわたしに、妹さんが話しかけてくる。
「私はクラリッサ・フレアエイゲートと申します。よろしく」
「クラリッサ……さん。あの……わたしは結名です」
「やだ、そんな畏まらないで!そうね、クレアって呼んでくださいません?わたしもユーナって呼びますわ。」
「は……はぁ」
「同じ年頃の友がこの村にはいなかったんですもの、うれしいですわ!」
ぎゅーぎゅーと手を握ってくるクレア。
こんな不審な自分に疑問も感じず、やさしく受け入れてくれるのはこの兄妹だからだろうか。
「それにしても、なんだか不思議な名前ね。海の向こうの国から来たわけじゃないでしょうけど」
「いやいや、わたしからしたらみなさんの方が珍しいというか……ちなみに、ここは……日本、なわけないよね」
明らかに見た目も服装も日本人ではない。でも、なぜか言葉は通じる。
やっぱり、都合の良い夢なのかな?
「にほん?ユーナはそこから来たの?」
考え事をしていたわたしに、少し離れたところから様子を見ていたアレクスが訊いてきた。まあ、うそをついてもしょうがないし、なにかわかるかもしれないから、ありのまま話そう。
「来たという表現が正しいのか……普通に寝てたら突然見知らぬ場所にいたの。大勢の人に囲まれて、『聖女』がどうとか『世界を救って』だとか……言われたんだ。何のことかさっぱりで逃げだしたらさっきの森にいたっていう流れなんだけど」
「……!!」
2人は驚いたように顔を見合わせている。何か、まずいこと言ってしまったのだろうか?
アレクスはずっと考えこむような深刻な表情をしている。
「あの……こんな話、ばかげてるよね。でも、わたしこれからどうしたらいいのか分からなくて」
「とりあえず、今日はもう遅い。ユーナも疲れてるだろ?明日、いろいろ話そう」
そう言われた瞬間、どっと体が重く感じる。気付いてしまうと、今すぐにでも床に寝転がって眠りにつけるほどに疲れていた。なんだか話を逸らされたような気もするけど、思考も鈍ってしまっている。
「ちょっと狭いかもしれないけど、空いている部屋があるからそこをユーナに使ってもらいましょう。服もだいぶ汚れちゃってるわね。私の服でサイズが合うかしら……」
「何から何までありがとう、アレクス、クレア」
いろいろな事が一気に押し寄せて、頭が混乱しているのは相変わらずだったけど、おそらくこの二人に助けてもらえたのは幸運だったのだと思う。
ほどなく手当てが終わって、案内されたのは廊下の奥の一部屋だった。
小さい部屋だったが、手入れはしっかりされているようだった。
今すぐベットに倒れこみたい衝動にかられながらも、とりあえず着ている服を脱ぎ始めようと手をかけて――……。
あれ…なにこの服。わたしのじゃないんだけど??寝るときはいつものパジャマだったはず。今のわたしは白いワンピース……というよりはドレスのような服装でずっと過ごしていたみたい。こんな服に見覚えもないんだけど、なんだかドタバタして気付く暇もなかった。
そういえば――、
一つ違和感を感じると、次々に色々なことに気付く。
視界に入る自分の髪の毛は……腰辺りまで長い。色は……なんだか青みがかっている。
おかしい。何、これ。
非常に嫌な予感がして、備え付けの鏡に視線を向ける。
鏡には、見覚えのない女性が映っていた――。