1.突然のピンチ
ここはおそらく、どこかの森の中。
木々の間にぽっかりと開けた空間。
奥には闇が広がり、少しだけ見える空も黒々として夜が深いことを物語っている。そして、わたしの周囲を取り囲む、獣。それは、大きな犬?狼のようにも見える。少なくとも10匹以上いるその狼のような生き物は、牙をむいて今にもこちらに飛び掛かってこようとしている。
これは世に言う、「絶体絶命」というやつじゃないか。
なんで…こんなことになってるんだっけ……?
わたしは、ここまでの出来事を走馬灯のように思い出していた。
わたしの名前は 月代 結名。
普通の性格で、普通に働き、普通に生活している一般人女子である……と思う。もちろん、普通に日本在住。こんな狼の住むような森にやってきた覚えはない。今日も何も変わったことはなかった。普段通りに仕事を終え、家に帰ってきた。そのままいつものように過ごし、眠りについた。
……はずだった。
はずだったのだが、今晩は少し違った。不思議な夢を見た。大きな光に包まれ、ふわりと体が浮かぶ夢だ。そのままふわふわと身を委ねていると、大勢の人間のどよめきが聞こえた。
何事かと思って目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
慌てて、ぼんやりした頭を覚醒させる。真っ先に視界に入ったのは自分を取り囲む大勢の人間。100人は超えていると思う。そして皆不思議な格好をしている。たしか、ローブというのだったろうか。よくある、ゲームに出てくる魔法使いのような格好だ。
大勢のローブ達は口々に、「やった!」とか「ついに……」などとつぶやいている。何かを喜んでいるみたい。とっさに頭に浮かんだのは、コスプレ大会の会場?ってことだった。
(わたし、酔っ払って変なパーティーに乱入した……?いやいや、そもそも今日は飲んでないし!っていうか変なパーティーってなんだよ)
急いで体を起こしたものの、その後どうしていいかわからない。混乱したままとりあえず周囲を見渡すと、自分のいる場所について目に入ってきた。
なんだか神殿のような作りの広い部屋にいるのだとわかる。天井が高いのか、人々の声がホールの中にいるように、よく響いている。数本設置されている燭台ではちらちらと蝋燭の明かりが揺れていたが、完全に室内の隅まで見渡せるほどの光量はなかった。かなり高い位置に取り付けられている窓の外は黒く、まだ夜なんだとわかる。
(ん……?あれはなんだろう)
きょろきょろと視線を動かしていると、自分の頭上、斜め後ろ側に輝く光の輪が目線の端に入った。
ライトの光でもないような……フラフープくらいの大きさのその輪からは、自分にむかって金色の粉のような光がはらはらと降り注いでいるようだった。
なんだか、とても神秘的な雰囲気がする。
混乱して固まったままでいると、ローブ達の一番前にいた男性が、すっと前に出る。思わず身構えるわたしに、その人はにこやかに話しかけてきた。
「お待ちしておりました、聖女様」
「えっ?わ……わたしに言ってます?」
「ええ。貴方様に他なりません。お待ちしておりました。貴方には、この世界を救っていただきたいのです」
話しかけてきた男性は、膝をつき、深々とお辞儀をしてくる。声の様子から男性であることだけはわかるが、フードを深くかぶっているので、顔や様子はよく見えない。
この夢……
かなり恥ずかしい。
わたしは自分が「聖女」扱いされて世界を救う!なんて願望があるのか……
いたたまれなくなったわたしは、とっさに立ち上がった。その時、何気なく動かした片手が光の輪に触れた。その瞬間……
「聖女様が逃げ出すぞ!」
わぁぁと叫びが上がり、慌てだすローブ達。
あまりの慌て具合に、こちらも動揺する。
……ん?
つまり……この光の中に入れば逃げ出せるということかな。
全く意味の分からない、不測の事態に直面し、真剣に考えることを放棄したわたしは……
光の輪に入り、逃げ出すことにしてみた。
「おおっ」
つい、声を出してしまった。頭を光の輪に半分ほど入れると、そこには違う景色が見える気がする。
慌てて止めに入る周りの人たち。
焦り具合が面白いなどと、ちょっと思ってしまった。
よしっ、とりあえずこのまま入ってみよう!
わぁわぁと騒ぎ立て、こちらに一斉に近寄ってくるローブ達の中で、後ろの方にに立っていたであろう人物がすっと前に出てきた。他の人たちと格好もあまり変わらないが、ただならぬ雰囲気を感じる。なんだか威圧感があって怖い……。実際に、周りの人たちもその人物が通ると道を譲っている。
「ちっ、面倒だな」
光の輪の中に飛び込んだわたしが最後に見たのは、その人がなにか輪に向かって呪文のようなものを唱えていた姿だった。