偏食王子
二十日目の夕方、屋敷の外周のゴミがきれいに片付いた。
「綺麗になるもんだね~最初は無理だって思っていたんだけどね。たったの十日で終わらせるなんて大したもんだよ」
夕食を運んできたビゴーラは感心したようにフォザリアに向かって言った。
「そうですね。ゴミが追加で投棄されなければ、確実に焼却していけば減りますよ。さすがに王宮の焼却炉はすごいですね。大きいので一度に大量のゴミを焼却できるんですもの」
「そうだね、毎日大量のゴミがでるからね、王宮内で焼却しないと機密情報がゴミから出てもいけないからね」
「そうなんですね、いろいろ大変なんですね。明日はこの風向きと匂いからして雨が降りそうだし、地面についた匂いも洗い流されるといいんですけど」
フォザリアは空を見上げながら言った。
「おや、そんなことがわかるのかい?」
「勘ですけどね、私ずっと路上生活してましたから、雨が降る前に雨宿りできる場所を確保しないと、夜寝る事もできないですから」
「若いのに苦労してきたんだね」
「そんなこと親のない孤児は普通ですよ」
そう言って笑顔でいうフォザリアにビゴーラはただ苦笑いを返すしかできなかった。
「さあさあ、食べておくれ、まだこの後一仕事するんだろ?」
「はい、明日の雨に備えて、1階の扉の近くのゴミだけでも私が入れるだけのスペース分のゴミを外に運びだしておこうかと思っているんです」
「暗くないかい?ランタンでも持ってきてあげようか?」
「大丈夫です。今夜は雲がないから月明りの光で十分明るいですから」
「あまり無理しないようにしなよ」
「はい」
フォザリアは返事をすると早速今夜の夕食を食べ始めた。それを確認して、いつものようにルカルナ王子の夕食を紐にくくりつけ大きな声で館の中にいるであろうルカルナ王子に向かって夕食を持ってきたことを伝えた。
いつものようにその声と共に窓が開き、黒い頭巾が顔を出すと夕食が入った箱を上に引き上げ始めた。そして窓が閉まった。
「今夜はどうかねえ・・・」
いつものように独り言をつぶやくビゴーラにフォザリアが聞き返した。
「あの・・・毎回ビゴーラはそう呟きますけど、どうしてなのですか?いつもすごくおいしいですよ。量もちょうどいいし」
「そうだね、最近は量を調整するようにしているからね、陛下からはたくさん作れって言われているんだけどね殿下は割と小食だから、残るともったいないだろ、あの上から捨てられちまうと私らが代わりに食べることもできないしね」
「贅沢ですね。食べきれない料理を毎回用意してもらえるなんて」
「それが王族だからね」
そう話していると、突然、扉が勢いよく開くと、今運んだばかりの料理の一つが容器ごと窓から投げ出された。
「フォザリア危ないよ」
窓の真下にいたフォザリアを突き飛ばしたビゴーラが叫んだと同時に地面に野菜がたっぷり入ったスープが容器ごと地面に叩きつけられて、陶器でできた容器は粉々にわれ、中身も辺りに飛び散った。その惨状をみたビゴーラがため息をつきながら割れた陶器の器を拾い集めた。
「すまないねフォザリア、せっかくきれいになったのに、やっぱり根菜野菜は食べてくれないね・・・」
がっかりしながらしゃがみ込んで一つ一つ館の壁に置いてあったからになった昼食用の箱を持ってきてその中に割れた陶器を拾い集めているビゴーラを見下ろしながら、フォザリアは怒りで震え出した。
「許せない・・・ルカルナ様はアレルギーでもあるのですか?」
「いいや、ただ野菜が嫌いでね、わからないように工夫して料理しているんだけど。今夜は形が少し残っていたのがいけなかったんだね」
「ただの好き嫌いなんですか?」
「そうだね」
「許せない・・・」
フォザリアは怒りのあまり手をギュッと握りしめると低い声でそう呟いた。
「何かいったかい?あんたは気にせず温かい内に早くお食べ」
ビゴーラがフォザリアに自分の分の料理を食べるように促したがフォザリアは動こうとはしなかった。すると、再び窓が開いて今度はかじりかけのパンが上から降ってきた。
そして、怒鳴り声が聞こえてきた。
「ビゴーラ!こんな臭い食べ物なんか食えるか。もっとましな物をもってこい!」
その言葉を聞いたフォザリアの顔が急に怒りで般若のような顔つきに変わった。
「臭いだって・・・野菜のいい匂いじゃないか・・・いい加減にしろよ糞王子!」
そう言ったかと思うと、急に地面に落ちたパンを拾い上げポケットに突っ込むと、目の前に垂れているロープを両手でつかむと、両足をそのロープに絡ませるとスルスルと上に向かって昇り始めた。
「ちょっと、フォザリア!おやめったら!あんた何をするつもりだい!」
下を向いていたビゴーラは突然ロープをのぼり始めたフォザリアに気付いた時は既に屋敷の中腹まで登っていた。
その叫び声にルカルナ王子が気が付いて窓から顔を乗り出すと、フォザリアがすごい形相で器用に壁をのぼってくるのが見えた。驚いたルカルナ王子は勢いよく扉を閉めた。そのロープは最上階の上の屋根の木に掛けられているため、ロープは中にはつながっていないのだ。
フォザリアはあっという間に三階の最上階までくると屋根にくくりつけている位置まで手をつくとロープを左右にゆすりだし、その反動を利用して閉まっている木の窓めがけて両足で蹴りつけた。すると、その拍子に扉が勢いよく内側に開いた。というより壊れて強引に突入した感じだった。
すかさずその中に飛び込んだフォザリアは部屋の中の様子をみて驚いた。あれだけ汚く屋敷の周りにゴミを放置しているのだから中もゴミだらけかと思いきや、ゴミ一つ落ちてはいなかった。きれいに整頓されている室内でその部屋は壁伝いに無数の本が所狭しと並べられていた。そして、机には羽ペンと共に紙が何枚も積み上げられていて何かの作業中のように見えた。
ルカルナ王子は部屋の真ん中に置かれた丸いテーブルの上に残りの夕食を並べ椅子に座って食べている最中のようだった。フォザリアが入ってきた時は座り直そうとしていたようだったが、驚きでその場に立ち尽くして言葉を失っているようだった。やがて、正気に戻ったルカルナ王子が顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「なっ何をしに来た!こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
そう叫ぶと、机の前の壁に掛けてあった剣を掴むとさやを抜き、窓から侵入してきたフォザリアにその剣を向けた。
「神様からのお恵みである食材を無駄にしたのはお前か!」
フォザリアの目はすわっていて完全に正気を失っている顔だった。剣を向けられてもまったく態度は変わらなかった。その異様な形相にルカルナ王子の方が後ずさっていた。完全に怒りがピークになっているフォザリアは剣を払いのけると、スタスタとルカルナ王子に近づくと、ポケットにつっ込んでいた捨てたはずのパンを掴むとそれを口に突っ込んだ。
突然のことにルカルナ王子はそれを吐き出した。
「無礼者!」
そう叫ぶと剣を振りかざした。フォザリアはその瞬間床にしゃがみ込みその吐き出したパンを拾うと、素早い動きでルカルナ王子が握ってる振りかざしていた剣を持っている手の甲を叩くと、その剣を床に叩き落とし、足で部屋の隅に剣をけり出した。そして再び、無言のまま、またパンを口に突っ込むと、今度は飲み込むまで口を力ずくで抑え込んだ。暴れてフォザリアを自分から引き離そうともがくがフォザリアは微動だにせず、口を抑え込み続け、ルカルナ王子はその口に突っ込まれたパンを飲み込んだ。
「食べられるじゃない」
そういうと、何事もなかったように窓に向かうと足をかけ、スルスルとロープを降りて下に行った。
下では、心配そうにビゴーラが見上げていた。フォザリアが降りると、ビゴーラが青い顔して駆け寄ってきた。
「フォザリア、あんたなんてことしたんだい」
「きちんと食べれてましたよ」
それだけをいうと、フォザリアは自分の夕食を黙々と食べ始めた。ビゴーラは何があったのか聞きたそうにしていたがフォザリアは何も言おうとしなかった。怒鳴り声が聞こえるわけでもなく、うめき声も聞こえてこなかった。ただ、食器が割れる音が響いてきた。