ゴミに囲まれた屋敷
フォザリアは着替えを済ませると、唯一の持ち物である持っていたリュックに着ていた服を入れ背中に背負い、サルデーニャの後をついて豪華な宮殿から離れて、広大な敷地を歩いて行くと、遠くの方で異様な光景が目の前に迫ってきた。今日は晴天で真夏の真っ盛りのはずだ、その周辺だけがどんよりとした空気が漂っているように見えた。塔のいたる窓という窓からいろんながゴミがはみ出して今にも飛び出してきそうな感じだった。そしてその塔の周辺にも大量のゴミが散乱していた。
「あの~すみません、目の前にある塔みたいな丸い建物ですか?」
フォザリアは自分の前を歩いているロンダの従者らしきピオレと呼ばれていた人物に小声で聞いてみた。
広大な敷地はその周辺以外はきちんと整備されていて落ち葉一つ落ちていないんじゃないかというぐらいキチンと手入れが行き届いていたにも関わらず、広大な敷地には不釣り合いな惨状が目に飛び込んできた。
丸い三階建ての塔のような屋敷が二棟見えてきたのだが、その屋敷の周辺だけは草が生え放題な上にその屋敷を取り囲むかのように様々なゴミが散乱したままになっていたからだ。
「目の前の赤いロープが見えますか?」
「はい」
「あれが境界線なんですよ」
「境界線?」
「はい、あそこの中に王子の許可を得ていない者が一歩でもはいると、あの館の3階から変なにおいの水が入った袋を投げつけられるんですよ。ちなみに今許可を得ているのは、料理人のビゴーラとそのビゴーラが休みの時はその代理人の料理人一名、その他は隣の館を使用しているロンダ様とロンダ様専属の従者であるわたくしの四名みです」
「王城にはたくさん部屋があるのでしょう。なのにロンダ様はなぜゴミだからけの隣の館を利用してらっしゃるのですか?」
「さあ、わたくしにはわかりかねますが、利用なさるのは昼の間だけでございます。しかもお勉強時間は母上であられるサルデーニャ王女様の住まわれている宮殿内にあるご自分の部屋で過ごされることもございますので、あそこを利用されるのは趣味の読書などをなされる時だけですね」
「なるほど、趣味の部屋っていうか秘密基地的なものですね?」
「秘密基地ですか?」
「あつすみません独り言です。あの・・・この場所は強制掃除なんかなさったことはないのですか?仮にも王宮内ですので外回りだけでもきれいにした方がいいと思うのですが」
「実は、一度陛下の命令で強制除去を依頼された騎士たちが入ったことがあるのですが。一斉攻撃にあったようで、この世の物とは思えないドロドロの液体や汚物まみれになって、騎士たちは全員長い間寝込んでしまったんですよ。匂いが中々とれなかったようでして・・・それ以来は大々的に一斉除去はしていませんね」
「それは・・・でも、じゃあ私が入ってもその変なものを投げつけられるんでしょうか?」
「いえ、それは一年前までの話なんですよ。陛下が殿下に最終勧告を出したんですよ」
「最終勧告?」「これ以上敷地を汚すのなら、王子の地位を剝奪して館から強制的に排除して、牢獄に投獄するとね」
「へ~陛下も思い切りましたね。アッすみません生意気なことを言ってしまいました」
「大丈夫ですよ。事実ですしね」
「それでどうなったのですか?」
「それで妥協案を提示してこられたんですよ」
「妥協案ですか?」
「清掃員は女性限定で一度に一人づつ行うこと。その際は、食事は運び込んでも構わないが、食事を摂る際も寝る際も境界線の中で済ませることを条件に、最上階以外の掃除が開始された時は何も抵抗はしないという話合いが行われたのです。。一階が片付き次第、そこで寝ることも許可されておられますので、そちらを早急にされてもかまいませんよ。本来王宮内で働く使用人はほとんど使用人専用の館に部屋があってそこで共同生活をしているんですけどね。とにかくその条件をのんで、仕事に応募してきた人間はたくさんいたのですが、一日ももたなかったんですよ。とにかく匂いがきつくいですから。外で寝るってことも女性にはきついですしね」
「よかったです」
ピオレが説明すると、フォザリアはそう答えた。
「何が良かったの?」
ピオレとの会話を聞いていたロンダが後ろを振り返りたずねた。
「だって、みんな嫌がってくれたおかげで私に仕事が回ってきたんですから、この仕事にありつけなかったら私今もう死んでいたかもしれないんです」
笑顔でいうフォザリアにピオレは何も言えなかった。
「フォザリアは苦労してきたんだね。親とか兄弟はいないの?」
「はい、私は教会の前に捨てられていた孤児なんです。天涯孤独ってやつです。子どものころまでは教会で養ってもらっていたんだけど14歳で出て行かなきゃいけなくて、それからずっと今まで日雇いとか色んなことをして生きてきたんです。匂いがきつい掃除ぐらい平気です」
「頼もしいね」
その後は何も聞かれなかった。そうしている間に境界線がはられている赤いロープの前まできた。すると、鼻がツーンとくるようなきついにおいが漂ってきた。さらにいろんな匂いが混ざっているようだった。
これは確かにきついかもしれない。そうフォザリアが顔をしかめて思っていると。館の中から黒いフードを被った者が顔を出した。
「ルカルナ、今日から作業してくれる新しい掃除婦を連れてきたわ。今から掃除にとりかかるけどいいわね、掃除の邪魔はしないでね。それから一階の掃除が終われば彼女はそこで寝ることになりますから」
サルデーニャは口と鼻に白いレースのついたハンカチをあてながらそれだけいうと、くるりと向きを変えた。すると、その黒いフードを被った者もすぐに窓から見えなくなった。
「あとはよろしくね」
サルデーニャはそれだけ言い残すと侍女を引き連れて宮殿内部のどこかへ消えてしまった。
「では説明いたします」
そういうと、ピオレは境界線の綱をまたぐとスタスタと入って行った。その後をロンダも入って行った。フォザリアも慌てて後を追った。
「あの、ロンダ様もピオレ様も匂いは大丈夫なのですか?」
そうたずねた瞬間振り向くと、二人は大きな白い布で顔を覆い、どうやら口呼吸をしている様子だった。
「では手短に説明いたします。一階にあるものは全て捨てていいそうです。中から片づけても外周から片づけてもあなたの自由です。集めたごみはあの向こうに焼却炉がありますのでそちらに持って行ってください。焼却炉の番人のヴァル爺さんがいるので日の出から日没までの間持って行くと焼却できます。夜の間に運びこんでしまうと殿下が回収してしまいますので気を付けてください。基本水のようなものでない限り生ごみなども燃やしますのでそのまま放りこんでかまいません」
「すごいですね。生ごみは肥料として再利用しないんですね」
「している場所もございますが、ここの生ごみはどのようなものが混ざっているかわかりませんので全て焼却が基本なんです」
「なるほど、わかりました。あの、食べ物以外のゴミの中で私が欲しいものはもらってもいいんでしょうか?」
「欲しいものとは?」
「誰かが着古した服とか。食器とか」
「そうですね、かまわないと思いますが、基本ゴミですから、お使いになられるようなものはないかと思いますが」
「一応聞いてみただけです」
(王宮だもん、きっとゴミは宝の山のはず。きちんと分別して見つけたら洗えば十分使える物もでてくるはずよ。片付くまでかなり時間がかかりそうだし、片づけ終わるまでお金の支給はないみたいだから。使えるものは利用しなきゃ)
フォザリアは強烈なにおいをものともせず、フォザリアの目には宝が埋まっている宝の山の館に見えているのだった。
「では、ほうきやモップ、バケツ、雑巾や草刈りかまなどはここにありますから、ゴミを運ぶ布の袋はここに大量にありますから、一緒に燃やしても結構ですから、無くなればバル爺さんに言えば新しいのをくれるはずですから」
そういうと屋敷の中の二つある一つの扉を開けると掃除道具入れのようなスペースが見えた。
「わかりました。頑張ってみます」
フォザリアはリュックから紐を一つ取り出すと髪の毛を後ろにひとくくりすると気合を入れた。
「では我々はこれで失礼いたします。あっもうすぐ昼食の時間ですので、ビゴーラがルカルナ様用の食事の入った木箱を運んできますので。その時に一緒にあなた用の昼食も運んでくると思いますので夕食までの間、食べたい時間に食べてください。食器は夕食の時に回収しますので。あっそうそう、ルカルナ様は時折、馬の糞なども回収してくる時がありますので、入っていたら、焼却炉のある場所を右に曲がった場所に馬屋がありますからその奥が馬の糞置き場になってますからそこに捨ててください。以上ですが何か質問がありますか?」
「いえ、ありません」
「ではよろしくお願いいたします。ロンダ様、我々は昼食の時間ですので昼食を食べてまいりましょう」
「えっ、僕部屋で眺めていたいな」
「いけません、食事はきちんとなさらなくては、終わりましたらまた来ましょう。きたくはありませんが」
ぐずぐず動こうとしないロンダはピオレに抱えられて、足早にピオレが屋敷から離れて行ってしまった。それを手を振って見送ったフォザリアはふと屋敷の上から視線を感じた。目の前には長く太いロープが一本降ろされていた。
(これで食事を吊り上げるのか?まるで塔に閉じ込められている王女様みたいだ。一体どんな王子様なんだろ?こんなことして引きこもっている王子様って、まったくいいご身分ね)
フォザリアはそんなことを思いながらしばらく館を見上げていたが、気を取り直して片づけを始めることにした。
「よ~し、まずはふさがっている入り口の扉の前のゴミから取りかかるか~!主婦歴五十年の記憶があるんだから、子どもたちのゴミ部屋の掃除と大差ないわよ。片づけなんてどんとこいよ」
フォザリアは用具入れからゴミを入れる布袋を数枚取り出すと歩きだした。
そして館の入り口の前に山澄みになっている。野菜くずやら生ごみなどを一つづつ手づかみで集めて大きな袋に突っ込んでいった。既に何日も過ぎているらしくすさまじいにおいと虫が湧いて群がっていた。しかし、フォザリアは何が入っているかわからないというかのように一つずつ丁寧に調べて袋に放りこんでいった。