目覚めた先
五日でたどりつけると思っていた王都への道のりだったが、途中雨の日が続き、渡るはずだった川の橋が流され、回り道をする羽目になり、予定より三日多くかかってしまい、もらったたくさんの食材も食べつくしてしまっていた。最後の二日は野草をむしりながら気力で歩いた。
もう駄目だと諦めかけた時に、行商人の親切なおじいさんに助けられ、都まで馬車に乗せてもらえた。命の恩人だが何も持っていない身、何度もお礼を言って別れた。
フォザリアは初めてみる王都の賑わいに驚きつつ、人ごみにもまれながら、道行く人達に教えて貰っていた名前のお屋敷を尋ねても誰もその名前を知らないという。日が暮れかけてきた頃、気力もつきてフォザリアは噴水の側で座り込んでしまった。
「ここまで来たのに・・・どうして誰もしらないのかしら、今更戻る元気もないし・・・私死ぬのかな・・・まだやりたいことたくさんあったのにな・・・せっかく転生したのに十六年じゃ短すぎるよ」
涙のしずくが頬を伝うのがわかった。やがてフォザリアは意識を失った。
再び意識が戻り目を覚ますとそこは見たこともないきれいな部屋だった。
「あっ目が覚めた。ごめんね、僕前の名前書いてたみたいだね」
フォザリアはまだぼーっとする頭でその高く透き通った少年の声を聞いていた。
「そうだ、仕事!」
フォザリアは急に意識が鮮明になり叫んだ。だがお腹がすきすぎて目の前がまた真っ白になりかけた。心なしか天井も回転しているようにさえ感じる
「僕の専属医がね、まずスープからのほうが胃が驚かないっていうから、用意させてるんだ」
そういうと、少年の座っている椅子の後ろに立っていた以前にもみた男性が机の上に置かれていた蓋のついた銀製の入れ物からスープ皿に温かいスープをよそうと、起き上がっているフォザリアの前に小さいテーブルを置き、その上にスープをのせた。フォザリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうぞ、熱いのでゆっくりお召し上がりください。お代わりはございますので」
フォザリアは一瞬ためらったが、勢いよく口に放りこんだ。無心でそのスープをすすり、気が付くと五杯もお代わりをしていて、用意されていた容器に入っていたスープは空になってしまったようだった。
「すごい食欲だね」
おもしろそうにフォザリアが食べる様子を眺めていた少年が言った。その言葉で我に返ったフォザリアは真っ赤になってスプーンを小さなテーブルの上に置いた。
「ごっごめんなさい。こんなおいしいスープは初めてだったので」
フォザリアは真っ赤になりながらうつむいた。
「いいよ、ビゴーラが喜ぶよ、彼女、おのこしは許しませんって言って、いつも残すと頭に角をこうはやして怒るんだよ」
そう言って両手人差し指を頭につけてまねて見せた。
「あっははは、私もビゴーラさんに同感です。食べられるだけで幸せなことなのに、体調が悪くないならきちんと全部食べるべきだもの。残すなんて作ってくださった人にも、食材にも失礼だもの」
「だけど多すぎる時は無理だよ」
「贅沢な悩みですね」
その時、部屋にきれいな女性が入ってきた。
「ロンダ、女性が眠っている部屋に勝手に入ってはいけませんよ。あら、目が覚めたのね、よかったわ」
そう言って入ってきた女性は座っているロンダという少年の頬にキスをしてフォザリアの方に視線を向けた。
「母上」
どうやらロンダという少年の母親のようだ。とてもきれいな人だな。きっとかなりのお金持ちの貴族に違いない。フォザリアは頭の中でそう思っていると、その女性はフォザリアにさらに近づくとフォザリアの顔色をうかがいながら言った。
「かなり顔色が良くなってきたようだわね。よかったわあ。ピオレが運んできた時は亡くなってしまっているんじゃないかって心配していたのよ。三日も意識がなかったものね」
「えっ私三日も寝てしまっていたのですか?申し訳ありません。でも私噴水の所で意識を無くしたはずなんですけど、どうしてこんなすごい場所で寝ていたのでしょうか」
「この子がね、別荘から戻ってきたと思ったら、新しい掃除婦を雇ってきたって言うから驚いたんだけど、中々来ないから心配していたのよ。探そうにもあなたの顔を知っているのはこのピオレだけだから、でもよかったわすぐに見つかって」
「すっすみません、いろんな人にたずねたんですけど、誰も知らないっていわれてしまって」
「そうよね、この子ったら、変な書き方してたものね、あれじゃ誰もわからないわ」
フォザリアは膝の上に置かれていた小さなテーブルを避けてベッドの上で正座して頭をさげた。
「あら頭をおあげなさいな。ロンダに聞いたわ、ローダの街から来てくださったんでしょ」
「あの・・・私は首でしょうか?」
「ああ、ルカルナの屋敷の掃除のこと?あら引き受けてくれるの?でもねえ・・・すごいにおいと量なのよ。一応本人には了承を得ているんだけど、とにかく最上階以外は掃除してもいいって言ってるんだけど三階建てで、一階部分の部屋数は三部屋づつある小さな屋敷なんだけど、はっきり言って屋敷というより物置の塔として建てられていたものなんだけど。今はあの子が使っているのよ。だけど全ての階がゴミに埋まっているみたいで、あの子自身も出る時は窓の外にロープを垂らして出入りしているみたいなのよ」
その女性はため息をつきながら説明をした。
「あの・・・働かせてもらえるならなんだってします。どぶ掃除や肥溜め除去なんかもやったことありますから全然大丈夫です。ただ・・・私住む場所がないんです、靴もダメになってしまって、少しお給料の前借させてもらえませんか?」
「あら引き受けてくれるならメイド服と靴も支給しますよ。あの館のすぐ横に井戸があるし、食事はその・・・あそこで食べてもらわないといけない条件になっているんだけど、三食支給することになっているから安心してちょうだい。部屋は一階が片付いたら寝られる場所が確保できたら好きにしていいことになっているんだけど、今はゴミでいっぱいだから、しばらくは外に寝てもらわないといけないんだけど・・・あの子ったら掃除婦が別の場所で寝泊まりするなら掃除を許可しないっていうのよ。まったくあんな場所で寝るなんて不衛生なのに、どうにか引き受けて下さらないかしら」
それを聞いたフォザリアの目は輝いた。
「あの、三食食事が頂けるのでしたら今は温かくなってきていますから外に寝るぐらい全然平気です。いつも路地で寝てましたから。あっあのそれで全て掃除し終えたら報酬はおいくら頂けるのでしょうか?」
その言葉にフォザリア以外は驚きと同時に路地で寝るということが想像できていない様子で首を傾げていた。だがフォザリアは普通の事だった。住み込みの仕事や長期の仕事がはいった時は寝床は確保できるが、仕事がない時は安い宿にも泊まれず、路地裏でうずくまって寝る事もしばしばだった。冬のさなかでもそれは変わりなかった。さすがに雪の舞う日は馬小屋などに忍び込んで耐え忍ぶ時もしばしばだ。前世では考えられない生活だった。
「とりあえず、3階建て丸ごとゴミ屋敷になっているからそれ全部きれいに片付いたら100ルーテン金貨でどうかしら」
「100ルーテン金貨ですか?銀貨じゃなくて・・・そっそれは多すぎませんか?」
フォザリアが驚くのも無理はなかった。100ルーテン金貨もあればこの都の外れぐらいの場所なら古い小さな家を買うことができるかもしれない。そしたら商売だって始められる。フォザリアは驚きで固まってしまっていた。
「あらそう?でもねえ・・・最近じゃあ誰も掃除を引き受けてくれる人間がいないのよ・・・全部片づけてくれるんだったら安いわよ。お父様には既に申請済みよ。これが契約書よ。片付いたらこの金額を支払ってあげるわ」
そういってサルデーニャは後ろの侍女が持っていた紙をフォザリアに差し出した。フォザリアはその証書に目を通すと、がぜんやる気がわいてきた。
「全力で頑張らせていただきます」
フォザリアは力強く返事をした。
「そっ、じゃあ早速できるかしら?」
「はい!」
フォザリアは急いでフカフカのベッドからおりサルデーニャに深々と頭をさげた。
「ねえ母上、フォザリアの部屋、僕の屋敷の一階空いているからそこにしたら駄目かな?一応境界線の中でしょ」
ロンダが母親に向かっていうとサルデーニャは驚いた顔を息子に見せて言った。
「あら、どうした風の吹き回しなのかしら、今まで一度も助け船をだしたことがないのに」
「だって掃除が片付くまで、外で寝なきゃいけないなんてかわいそうじゃないか。ねえ、フォザリア、あの屋敷の隣が僕の昼間過ごす屋敷があるんだけど、あそこ僕は昼間しか使わないから、一階なら一部屋空いているから使ってもいいよ。一応フォザリアは女の子だしね。外なんかで寝たら病気になっちゃうよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。一階が片付くまで私は外で寝ますから」
「あなたたくましいわね」
「恐れ入ります。たくましくなきゃ生きていけませんから。あのそれで、そのルカルナ様というのはどなたなのでしょうか?」
「ああ、問題の場所をゴミ屋敷にしている張本人よ。わたくしの弟でこの国の王位継承権第一位のルカルナ王子よ」
「えっ?ルカルナ王子って・・・あのもしかして・・・あなた様は・・・」
衝撃の事実を知らされてフォザリアは完全に固まってしまった。無理もない、フォザリアがこの世に転生してきた目的を達成するためのターゲットに近づいたことになるのだからだ。
「あれ?言ってなかったっけ?ここトルマーバルト王国の王宮の中だよ。ちなみに僕はルカルナ叔父様の甥のロンダ。この国は男児のみが王位継承権を与えられるから、僕が王位継承権第二位なんだ。
これでももうすぐ九歳になるんだ。僕の母上はルカルナ叔父様の姉のサルデーニャ王女なんだよ」
その言葉を聞いてフォザリアは血の気が一気に引くのが分かった。
「もっ申し訳ありません。知らなかったとはいえ失礼の数々」
フォザリアはすぐに床に正座をして頭を床につけた。
「あらあらいいのよ。それより、引き受けてくれるのかしら?」
「はっはい、死ぬ気で頑張らせていただきます」
頭を床につけたままフォザリアはお腹の底から声を張り上げた。
「そっよかったわ。じゃあそこに置いてある制服と靴に履き替えてついてきてくれるかしら、一応、ルカルナに紹介するから、あの子すごい人見知りなのよ。急に掃除始めちゃったら、ヒステリー起こして上から何がふってくるかわからないから」
笑いながらいうサルデーニャにフォザリアは少し身震いをしてしまった。
(私、とんでもない所に来ちゃったのかな。いやいやそんなことない、王子様にあえるんだ。もしダメでも人生が終わるわけじゃないし、100ルーテン金貨があればどこでだって生活できる。家を買って何か商売をしてもいいし、きれいな服も買えればまともな仕事にありつける。それに三食食事つきなんて最高だ!食べ物の心配をしなくていいなんて、最高の仕事だ)
頭の中でいろいろと考えていたフォザリアだったが、この時はまだ屋敷の現状を甘くみていたフォザリアだった。この後、引き返せない後悔の念と格闘することになるのだった。