懲罰
石レンガの床が唐突に鋼鉄の床に変わった。鉄門が視界に現れる。門には懲罰房の札が掛けられていた。
「着いたぞ。入れ。」鉄門がゆっくりと開く。意外にもスライド式だ。よく見ると頭上にはセンサーのようなものが設置されている。
(センサー式……変わってるな……。)
「いらっしゃい看守長。ご無沙汰ですー。」
「ああ。すぐに準備してくれ。」
「かしこまりー。」
気の抜けた返事をしたのは収監のときに列を先導していたガタイのいい大男である。
(さっき世話になったアイツ……男……だよな……?)
その口から発した声は甲高い。看守長と呼ばれる少女よりもだ。
「さ、ちゃっちゃとやっちゃいましょー。」大男はピチッとゴム手袋を手に付けた。鎖の末は大男に渡された。
「じゃ、頼んだぞ。」少女の背は鉄門の向こうに消えた。罪人がそれを遠い目で眺めていると、その肩に手が置かれた。
「さ、始めよっかー。」
(病院の診察室……みたいだな。)牢屋に比べ清潔感のある部屋だ。大男に誘導されパイプ椅子に座る。
「じゃあ……脱ごっか。」
「は?」
「は、じゃないよー。さっさと脱いでくれないとー。」
(何いってんだ……? )
「あれ、聞いてなかった? 君の体を調べるんだよ。」
「待て、懲罰じゃなかったのか?」
「ちゃんと後でするよー。早く脱いでー。」
「いや待て……」
大男は罪人の囚人服に掴みかかり引き裂いた。
「アァっん!!」
「なんて声出してんのさー。キモい。」声のトーンが一段低くなった。
罪人は寝台に寝かせられた。大男は何枚もの紙束を机から取り上げ眺めていたが、しばらくして罪人に目を移した。
「にしてもこの傷痕……無茶してるねー。どしたの? 」罪人の胸にはいくつもの切られたような傷痕があった。質問には答えようとしない。
「まいっか。」大男は紙束を机に戻し奥の扉に消えた。
(俺がこんなに余裕なのは……俺に痛覚がないからだ。どんな拷問も耐えてきたこの体に懲罰など無意味……! )罪人は天井をにこやかに見つめ大男が戻って来るのを待った。
「そんじゃ写真も一通り撮ったし、検査も終わりー。」
「服返せ。」
「お待ちかねの懲罰の時間だよー! 」そう言いいながらガラガラと台車を押して大男が戻ってきた。メーターのついた鉄箱が乗っていて、そこから伸びる電極を罪人にはりつけていく。
(電気ねぇ……結構乙なもんを使うんだな。)無論この男には電気椅子に24時間縛り付けられても生存出来る自信があった。彼の体にはあらゆる細工が施されている。感電を防ぐことも容易で雷に撃たれようが平気であるッ!
「君、電気効かないでしょ。」
「は!? ……はぁ?」バレていた。
「そんな君に特別に用意しました! 私が開発した最新の拷問装置! 名前は……ソウルイーターにしよう! 」明らかにこれから拷問をする口調ではない。
「へぇ〜……カッコいいな。」罪人も半笑いだ。大男もつられて笑う。明るく奇妙な雰囲気が懲罰房を覆う。
「じゃあ、スイッチ入れるよー。」
「おう! 来い! 」罪人は満面の笑顔で応える。
カチ……とスイッチ音がした。
「い……いでええええええあああああああああああ!!」瞳孔は開き切って寝台を必死に叩く。
「ギブギブギブ!!」
「ふぅーん……効いてないなこりゃ。」大男がそう呟くと、罪人は驚いた様子で大男の方を睨んだ。すると全身の力を抜いたようにダラけた。
「さすがですよ。なんで分かった? 」しかしその目には力が入ったままだ。
「んー。女の勘? ってやつかな。」
(なにいってんだコイツ……。)罪人の表情筋は微動だにしない。
「いやーびっくりだよ私も。まさかこれも効かないとはねー……。」大男が1つずつ電極を剥がしていく。そのまま台車を押して消えた。
(いや実際……結構痛かったな。痛み自体久しぶり過ぎてよく分からなかったが……。しかしどうやったんだ? アイツは俺に何をした? ソウルイーターとか言ってたな……。)
「ただいまー。」大男がブラウン管テレビのような鉄箱を片手で担いで戻ってきた。もう片手にはビデオテープが握られている。
「な、なんだ? 映画鑑賞か? 」なおも罪人は嘲笑まじりの口調だ。
「そんなとこー。じゃあつけるからー。そのまま見てねー。」大男が電源を入れ、テープを挿入する。灰色の背景に白黒で人影が見えた。そこには先の看守長が黙ってこちらを凝視する姿が映し出された。
(やっぱり……! これは洗脳の類だな? こんなもんよく用意したな。御苦労なこった。)
映像は1時間で止まった。その間罪人は一度も瞬きをしなかった。繋がれた両手で耳を塞ぐことは不可能である。
(あ……涙ボクロ……色っぽいな……。)無論洗脳にも耐性があった。
「はいおしまいー。服着なよー。」
「いやアンタが……。」罪人は顔を声の方向けた。言いかけた言葉は消え、啞然とする。そこには両目を黒の包帯で縛った少女が立っていた。
んほぉ