地獄
俺は硬い地に伏せていた。
ここに堕ちるまで、枷の付いた人々の死闘が荒涼とした暗黒の地に繰り広げていた。
それら何千の層を突き破るまでに体感それ位だったか、今じゃ体が重くて熱い。
服が所々焼け破れ、もうどうでもいい。
自分が悪なのか、どうしてここにいるのか、堕ちてる間に考えてさっぱりだった。
唯一思い出せたのは、この地に既視感がある事と。
「どうして起きないんですか?」
シイナが俺を追い掛けて来た事。
「ほらあそこ。僕らの思い出一杯のドクロありますよ!」
向くと喜びが滲んでいる無邪気なシイナに「…ここは」と聞く。
「地獄です」
「…俺死んだのか」
「そんなんで死ぬんですか?」
「でも、普通じゃないよ。ここ」
「えっと。木星に近い環境だった気がします」
…木星を知らない。
ただ気温と圧力で易々と動けない。
溶けそうだしダルすぎて、それら混濁している景色が紅く照らされる。
身に悪寒が奔って、鼓動が萎縮し、頭の脈が凍えるかの境地。
そんな光を帯びるシイナの背中に赤い彫りものが浮かび上がる。
「シオン様に叶えて頂いたのに、戻ってしまいましたね」
黒い煙が沸き立つ。
その彫りものが死を予感させる死紋だった。
「…ビビってるんですか?」
ビビる。
と言う言葉が伝って来ると、あらゆる畏怖が身体中を這い回る。
気付いたら起き上がって距離を取っていた俺は、震えていた。
「悪魔は相手の心を理解出来なきゃ失格だと、メイミア様が言っていませんでした?」
「…」
「基本中の基本です。でもシオン様の心情は理解出来ません、つまり理解してるのは僕でなく」
「…」
「僕はシオン様と出会い、心の成長を齎された。刺激より平穏が幸せだと…本当に覚えていませんか?」
──分からない…──
そう思い足を後ろに引いていると、シイナは燦然を放ち、赤い彫りものが右腕に刻まれていき、魔剣というものが顕現する。
また戦がれる髪が仄かに赤く、それが一瞬真っ赤な髪に見えた。
「ワルプルギスから聞いた様に魂の囚われものが集う地獄は、死紋で管理されます。咎人は永遠の命となって各階層で殺り合い、勝者に力が授かります。また死によって甦る肉体は全盛期の姿で、より強いものに挑むとボーナスが加算されるここは、骨まで黒い咎人の聖地、その最下層。つまり地獄の第一階級まで飛び級する狂人であり」
「……ッ?」
心臓を抉り潰す姿が消失した。
途端に背後から甦るシイナが剣を突いてくる。
とっさにかわし、けれど攻撃は止まず。
怨念の様な声で続いた。
「避けるんですね?」
「そりゃ…痛いし…」
「ふふ、愉しいですね」
「…そう」
「ねえ、こうやって遊ぶと気持ちが前に出てしまいます。なので言います。なんでシオン様がラムに手こずってるんですか?」
「…」
「ラムだけじゃない。ヒビキという天使に殴られたシオン様を感じた時、正直殺してしまいそうになりました。また魔力を振り回す白い服の男も、幻想位のメイリスという女もそう、シュネーヴィッチェンに続いて熾天使から御大達。またゼウスに支配されるのは何故ですか?」
「それは…怖い…から…」
「怖いとは、意味が分からないからですか?」
「かも。しれない」
「やはり翔様が言う様に平和主義だと感じますが、由縁は僕にあり、貴方が言う会頭、メイミア様もこの元凶を強く及ぼしています」
「そういうの、分からないんだ。今までだって目標とか立てても、達成の筋道まで計画出来ない。なのに上回るみたいな感情に突き動かされる時がある。その度に希望を感じて、抑止されるみたいに暗くなる。レナも先生もシイナも翔も、きっとラムだっていい所を見てくれてるけれど、ならしてみるとこんなもんなんだ」
「それはきっと親しい人の影響でしょう。特にメイミア様は保守的なお考えですから、最後まで地獄に送り込む意志があったんだと思います。言い方を変えれば溺愛、ですね」
「…そうか」
「ついでに。四季扇舞とは白金髪の青年の教えであり、その先にラプラスがあります」
ラプラス?
「〆死紋の最終言霊 ラプラス」
シイナの言霊に地を盛り返す六つの墓石に身動きが封じられる。
その状態で同じ尊厳の苦しみから解放してくれたのが貴方なんだと、心臓に剣を刺されながら薄まる意識に聴こえてくる。
「破壊の方角は〇〇という尊厳に到達するそうです。どうぞいってらっしゃい、我が君」




