清算
満面の白い病室は無人だった。
目を覚ました時は分からなかったけど、見渡すと純化の跡があった。
「久しいな、君の治療」
傷の確認を済ませ戸に触れると少し開き出す。
「薬です」
狭い隙間から袋をもらった俺は、反発され戸が開かない。
「ニ時間しか横になっていません。安静にして、いて」
戸越しから小刻みに振動した。
「君と話したのはいつ以来?」
「四年経ちます。話したのは鎮痛剤くれでした」
そう…。
記憶に残る様なものではないのに「傷は充分に癒えたし、そこで座っているよりこっちに来てくれたら嬉しいな」と、今まで見えてなかった視野を広げてみようと思う。
俺は元いたベッドに座った。
何気にシーツを伸ばしながら、進展しそうな気配はなかった。
青年の印象は幅広く臨床しており、書物漬けの姿が浮かぶ。
忙しいのだ、そう思い横になった。
「分かりました」
病室に入る青年が椅子を置く。
俺は慌てて起きた。
「俺重症?」
顔を逸らされた。病気を確信していると裏返った声が聞こえる。
「脳内に出血がありました、それだけです」
「どうなるの‼︎」
「どうというと、一例では神経症状や合併症を引き起こし亡くなります」
絶句した。
青年はそっと顔を上げて、目の視点がぐるぐる回っている。
「治しました…術後は良好で完治と言いたいですが、動いたら再発の危険性が高まります。安静にして、いて」
頭上から湯気を焚いており思い出す、青年は人が苦手なのだと。
「あ…あぁ……ごめん! 来てくれて…助かった! だから、だから」
焦った。
勇気のいる行動を促していた事に、青年の頭に触れ、時間が経過していった。
「顔。よく見せて」
俺は組織に帰ってから家族に声を掛けて来た。
変に思われている自覚はあった。それだけ自分の行いに改善の余地があったのだと思う。
それと、
「家族になってくれてありがとう」
もっと君を知りたかったと伝えた。
背丈が高い自分が、この感覚で触れていた手を元に戻した。
病室を出る際、青年は切り出した。
「あの日、僕は助ける選択肢を放棄しました。治療術者失格です」
「ん。何のこと」
俺は城を出た。
渓谷の川沿いにある石に花を置き、ヴァレンから聞いた事を振り返っていた。
元々レナは精神的な障害があった。奴隷という身分の中にと青年からは知らされていた。
しかし俺がレナから聞いたのは不治の病だった。
ヴァレンもこの点に似ている環境だった。
会頭がヴァレンを連れて来た時にはアザがあったし、当時のヴァレンは大人に極端な恐怖を抱いていたし、だからなのか偉く懐かれた。
互いが取り合うって遊びでやってると思っていた。
当時の俺には二人の気持ちが理解出来ず、あの日は起きた。
城は壊滅的だった。
留守から帰って来た俺が真っ先に見たものは、黒い翼の堕天使だった。
俺の元にレナの遺体が転がった光景は、今は直視できる。
「私はメイミア。悪魔のメイミア」
憎しみに満ちた面影や今まで出会した強者のどれをも越える絶望を骨の髄に刻まれた。
「君に取り憑く贈りもの、あげる」
俺は理性を失った。
感情的に飛び込んだ結果は惨敗。
今思えば生きている違和感やあの面影も。
ヴァレンから聞いたのは、メイミアが居なければ私は死んでいた。秘密にしてと言われていたと知った。
かっこ悪い参謀だ。
もし俺が人の心と向き合えていたら結末は変わっていた。
青年は治療術者失格と言ったけれど、家族を守る決断に他ならない。
心の病には、その薬は俺の中にあったのだと、過去を受け入れていった。
「お別れだ、今までありがとう」
そうしてレナから振り返ると、紅い碧眼が真夜中に煌って見える。
「やり残した事はありませんか?」
やっぱりこの存在はアルタイルですら異彩の風貌だった。
「これまでの人類誕生から選ばれる戦士達に、即ち神の叛逆と同罪となる事に、生命の尊厳はありません」
「ああ」
「これはメイミア様の意志に反します。そしてこれから会う沢山の人々を悲しませる選択は、しないと約束してくれますか?」
「ああ」
「では」
「死なないで下さい」と念を押すシイナ。
「俺の本領はシイナが知ってる筈だ」
「ええ、何が天使ですか何が全開で闘えないですか! 聴いていて出てしまいそうでしたよ‼︎」
「すまない」
「いえ、弱い者の言い分ですよ。最も根っからの罪人でしたから、まあ成長したと捉える事にします。とはいえシオン様にその泥を被る選択は些か抵抗を覚えます」
「構わない。ヒーローになりたい時期もあったけど、正義とか生き辛くてしょうがない。全てを受け入れる前に自分を受け入れていたら、結構な悪人だった」
「アイツがそれを聞いたら…」
「ん」
「僕は大歓迎ですよ」
「ねえ、流れで凄い告白してたけど何したの?」
応えは微笑まれ黙殺。
紅い紋様が地を奔る。
膝を照らす紅い光は気体状の積雪みたいに積もり始め。
「座軸は八次元に合わせます。凡そ四分で起源の宇宙まで、凛界の公転軌道から導き出すに計十分。この移動に僕の力では片道で底を尽きます。これで最後です──いつでも仰って下さい」
「頼む」
紅い光が俺を呑み込む。
無重力の様に体が軽く、存在の薄れを感じる頃には──アルタイルは団体の中、無数の銀河の中、その景色は迸る残像を残していった。




