殻
人影は巨人だった。
ほっとしつつ向かうと「僕達はお暇しましょう」とシイナが眼前に来る。
俺が「何で?」と払ったら灯りを発していた巨人が、縒れる歩幅を鎌で支えている地に影が四つ、巨人を回っており、また「行きましょう」と少女となるシイナに引っ張られ、その目は切なく、意識が持っていかれるみたいに立ち止まった。
「精霊さんや」
「シイナです」
「影のこと?」
その問いは沈黙した。再び見る影は流動体っぽい姿見で地上に出始め、人型に変異し、四体は細く鋭い剣を持って巨人に向けた。
巨人は途端に砕け、小柄な素顔が露わになった。
たじろぎ「埋まってるかも」と砂利の中を探るその男の子に剣を振り上げる四体、その状況へバチリ。
バチリと。
紅い雷が一面に奔り見開いた男の子は「楽しかったよ、お兄ちゃん」と四つの剣が振り落とされる。
◆◆◆
俺は何を見ているのか?
『一体、何?』
その思考が頭へ駆けてきた。
昨日の事だった。図書室で書物を漁っていたら鳩尾に体当たりされ、怒りで燃やそうとした崩れ文字の表紙、異界の書。
そんな本が一人でに回り風の渦を作り出した。
人工的な魔術で風を起こしたならば紙の本は跡形も無くなると、思っていたら絵が開かれた。
青く、広大で、俺は見入っていた。
同時に光を帯びるその本から契約模様が浮かんで、行ってみたいと思い契約したら異界の書は消えた。
それからというもの。
補修で理解不能なものに攻撃され、黒光りの生物が現れるなり体に入られる。
友達は巨人に憑かれその正体は幼い、男の子が刃に振るわれ…。
やっぱり分からない。
こういう時知的な人はどう答えを求めるのか。
頭に浮かぶ人が、考えそうな答えを。
過信、油断、慢心。
違う。
俺は思考を閉ざす様に呼び起こした。
第九譜幻空間。これは補修で先生をあざむいた魔力不要の能力。
通用するかどうか、あの子達に掛けていった。
◇◇◇
俺が顕現したベールに四体の刃は止まっていた。
シイナは「これはノウェム様の」と後ろを見回しており、向き直ると一寸先に飛び出したミグサが大きい影で匿っている姿を映し、凍りついた。
「あぁ…あぁぁぁぁ…」
「…ぇ。」
「いえ、取り乱しました。彼らは制限されていますから今のうちに」
そう聞いて俺らから透明で長いものが現れ、頭上に浮かび上がるその長いものに不規則な紋様があった。
まるでシイナと俺の生命がその様に現れているかの、それらが一つに編まれる光景や、紅い落雷が魔法陣から現れている事に「待って」と俺は言った。
紅い落雷はミグサのもので、別に爆風を発現してる。
爆風の発現地に魔法陣が見当たらず「勝手に乱入して悪いが俺が代わりになってもいいか。詫びに本気で付き合っから」とミグサが四体に告げていた。
また辺り一帯を血色に変えており、空気中にミグサの魔力が飽和している。
魔術学校では飽和領域という表しがあるが、魔力がその者で飽和している現象はこちら側だと支配の証。
他の魔力は畏縮し、魔術や、身体的な性能も支配者の前では無意味となる。
俺はそれら光景を「見ていきたい」と伝えた。
「でも」
シイナの声を聞いて視界は肉体戦を映し続けていた。
ミグサに二体の人影が走っており、一体が上空から飛び降りる。
それを知ってか知らずか、二体を軽快に躱わし上からの一体を蹴り上げるミグサ。
同様に剣もろとも吹き飛ぶ先に、一体は既に倒れており、顔から出血しているミグサは後ろの人影を背負い投げて筋を痛めた表情。
残り一体。
自らの剣を体に取り込む一体から余波が、同時に変形した魔法陣の発現。
しかし魔法陣を操る隙なく拳で破壊され、ならと、全身に雷を帯びる人影。
眩しく、狭い視野が真紅に弾ける。
欠片の様に地に散らばる残滓、鼓膜を貫く衝撃に瞼が閉じる。
「シオン、助かったよ。危うく斬られるところだったわ」
目を開けた間に晴れ晴れとしたミグサが、男の子を抱え俺の元に来ていた。
「うん。戦いは?」
砂煙が舞う背景。荒い地面が見えてくる。
「お陰で完勝!」
擦り減る箇所や綺麗に映ってくる所に四体は伏せていた。
瞬きしてる間に雷の衝突を打ち負かした事や木陰に潜むシイナの頭が見える俺はぴょんぴょんする男の子との会話が聞こえる。
弟だったそうで、名を優斗君が、やり方が分からず封繋の効力を無くそうと探していたらしく。
「ごめん」
ミグサは「気にしてない」と優斗君の頭に手を当て、頷いたみたいに「僕ね、ここに居るって教えてくれた人と約束して、破っちゃった…」と足元から六角形の柱が五つ出現。幾何学的な線が地に浮かび出す。
ミグサは深い瞬きの末目線に合わせた。
「優斗も。そう、だよな」
「お兄ちゃん。苦しめてごめん」
「気にするな。俺は最強の加護が付いてるから、案外、どうと。でも」
暗澹な瞳が交わる。
それが表情に表れる頃には優斗君が穏やかに言葉を使った。
「これからは自分のために力を使ってね」
淡い姿から煌々を放って、一瞬の灯りとなった優斗君は消滅を仰いでいった。
◇◇◇
木陰に潜めていた俺は「心の準備はいいですか」と告げられる。
「うん、場所は何処だっけ」
「ここですよ? 準備は済んでますし、心ゆくまで」
静まった草木に「挨拶」を残した俺は腰掛けるミグサへ「来れから」と、その先が詰まった。
ただの挨拶に重い体を滑らせ、笑顔の目に光がない。
戦がれながら、その風が自然的でなく、俺らの間に白い羽根が通っていく。
目で追うと、メイミアと居る男の子。
その容姿がぼやけて、音の方に向くと光が宿っていた。
「白いお姉ちゃんが助けてくれた」
「そうか」と弟の頭に手を当てる二人の姿は、太陽に照らされ、そう映っていた俺は「お姉ちゃん」と呼ばれる。
「守ってくれてありがとう」
俺を見ている元気そうな姿がなにより、なんだが。
「どういたしまして! 俺はお兄さんだよ?」
「そうなの? 白いお姉ちゃんもそう言ってたよ?」
聞いて瞬時に睨み付けた所には影も形も無かった。
「青いお姉…お兄ちゃん。怖い」
「あっ…はは! 目が悪くてこうしないと遠くのものが見え…ないんだ。そうだ、白いお姉ちゃんはどこかな?」
優斗君はミグサの背に隠れると顔の半分をはみ出して引っ込めた。
「白いお姉ちゃんなら…やることあるって言ってたよ!」
この際メイミアより閃いて来てくれる優斗君に心底喜んでいたら「後でお礼しに行こうな」とミグサ。
「うん、それとね! 白いお姉ちゃんが通るとみんな倒れちゃってね」
「何だそりゃ? ああ、そういえばシオン。俺に何か言ってなかったか?」
「言ってない」
「そうか…もう、朝だ…魔力無いだろ直ぐに送る」
「家族と帰ってあげて」
そう言って「またね」と優斗君に伝えた俺はそそくさと木陰に向かい、よそ見するシイナに終わったと伝える。
「シオン様って隠し事多そうですよね」
嫣然に呟くシイナ。
「ねえし」
反射で否定した。
あの子を見ていて、また会えそうだって思ったことを、綻ぶ口元で「そうかもしれませんね」と、零したシイナを最後に視界が変わった。