過去の人達
部屋に戻る。事務の机に契約書を出す白服は追記を綴って「偽名は無しだ」と筆を差し出す。
俺は氏名の欄に記入。引き換えにSDカードを受け取って思う。
「何で調べてくれたの?」
「それを知って何になる」
帰れとばかりに事務作業が始まった。
「…不自然だし、用心棒意識してたし、その契約書って何。報酬になるの?」
「私はボスで用心棒だ。無駄な経費だ金にならん」
作業と同時並行の説明。
しかし進めていた作業が止まって「メイリス様に仕えるまで、私は殺戮衝動が収まる事はなかった。それは最近でも変わらずだ」と言いにくそうに続く。
「お前の思う不自然は商売という人格を含めているのだろう。皮肉な話だ。あのメイリス様が抑止していた衝動を、小娘は奪い去っていきやがった」
「…」
「メイリス様は武術位の叡智を修めた名誉な方。それ故御目に掛けて下さった親であり、メイリス様が敵とするお前らは私の敵だ。よって契約内容に他言無用を追記した」
「分かった。メイミアに伝えとくよ」
感謝した。
はずが歯冠を噛み砕く形相があった。
「死んでもいうな」
「…分かった」
俺は出口に進む。
足音を通す静寂から、それ以上を欲する言葉が走り出した。
「最重要危険人物の最年少 テフェレ センシェン シオン。元粛清対象及び左翼の革命家。その身に宿す魔力は飽和領域で黒魔術師を鎮圧する。語り継がれるは魔人の様に冷酷で、黒魔術界に君臨した後、消息不明か」
美術品のガラスに映る。顔を強ばらし「アルタイルに行くな」と諭していた。
その姿勢が緩む時。
俺は「何を知ってる?」と白服の喉へ剣を当てる。
「深海で敗北してからお前らの情報を仕入れた、そして説ける。アルタイルの未来はない。何故ならアルタイルの総力に最有力候補及び魔術学校の機密文献に、お前の名が刻まれていた」
刀身の白い煌きが喉へ巻き付き、微動だにしない白服は暗澹と続ける。
「お前を推すという事は底が計らえる」
「…主犯は一人と聞いてる、何者だ?」
「メイリス様の指導者だ、私など理解の外のお人だろう」
断言の白服に剣を解いていた。
白い残滓で満ちた部屋のドアを開けながら「貰ったお礼に、うちの方に来るんだったら赤い髪の人には気を付けて」と伝える。
「シェスヴァレンか、それも含め私は未来が無いと」
「ヴァレンじゃないよ」
「戦力候補は織り込み済みだ。誰を指している」
「ハイロンって言うらしいよ」
「ハイロン。ハイロンって永久不変のハイロン様か?」
「なにそれ?」
「いや、馬鹿馬鹿しい。居るわけないだろそんなお方が…。」
「誰想像してるか知らないけど、永久不変は聞いた事ないし別人でしょ」
「いや、出身は黒魔術界と聞く」
「へー」
「ちょっと待て」
白服は本棚を漁り偉人史という書物を手にする。
違うと呟いて別の書物に、また次へ、複数の書物を物色し。
ぱらぱらめくり上げる真面目な顔に部屋を後にした。
◇◇◇
深夜。SDカードを読み込んだ俺は宇宙文明高等学校の文献を読んでいた。
──我々は超科学の先に幻想がある、興味深いのは淵源の次元。そこは我々が干渉する物理法則の創生そのものであると──
長時間に渡る文脈は難しい語彙で構成され、脈絡の雰囲気を感じていたら背中は毛布に包まっていた。
「人類が創造を重ねた様な文献、シオンに分かるの?」
どうやら座って寝ていたらしく「魔術より難しい」と悩み込む。
でしょうねといった表情でメイミアの見せびらかすSDカード、それが光を帯びて消滅する。
「よくパスワードが分かったね?」
不機嫌そうな声で思い出す、殺したい相手がヒントに出ていたパスワードは俺だった。
「シオンで解除する俺の気持ちを知れ」
「パソコンを勝手に使う人に言われたくないよ、普通の彼女なら殺してる」
「そう? そんな嫌なやつを振らない時点で普通じゃないでしょ」
得意げに発したが意味が彼氏みたいで恥ずかしくなり「永遠に取り憑いてあげるね!」とご満悦なメイミア。
俺は玄関に向かう。
靴を履きポケットを模索してると、目の前で探しものをチラつかせているし「俺の邪魔して何がしたいのさ?」と聞けばメモを燃やし「離れたくないから」と言われた。
急に何?
メイミアに動揺を感じる。
ただ、もしそうなら同じ心境でも、違うのはメイミアが視線を逸らし俺が直視している。
どういう意味?
そう考えた。
しかしメイミアをよく知らない。
即興でもミグサはしっかり者で兄の様な人と認知してる。
ヴァレンは誠実性で努力家の印象があり、二人の姿は繊細に思い出せる。
それに関わった人達全てを忘れない自信があった。
しかしメイミアの姿は霧掛かっている。
それは膝や腰、目元が隠れ表情はいつも咲ってる。
そう思っていたしそれでいい。
こうやって生活し、いつか距離間が失われるなら、ほんの少し期待したい自覚が芽生えていた。
◆居場所かもと◆
あと少し。
ほんの一瞬。
期待を遅らせて、楽観していたい。
俺は「…本当は?」と慎重に聞いた。
「拉致監禁して壊れていく様を愉しみたい!」
やっぱむり。
一瞬でも期待していた時間に嫌気が差して、横を過ぎて、睡眠不足だし、メモの住所も記憶してないし、布団に入った。
「ご飯作ろうか!」
「いい」
「お風呂入れようか、一緒にどう…」
「いい」
そんなやり取りの末、足音は遠ざかっていった。
「いずれ枷はなくなるから。ごめんね」
──だから──何なんだよ──急に。
気になって眠れねえし、よく考えると急激な不安に駆られる。
心が。
落ちて。
現実が。
堕ちる。
まるで。
あの時みたいに。




