審判
「ッ!」
男雛様と叫ぶヴァイシュラヴァナ。愚冴に飛ぶアレスの指が肘に近付く。
ヴァイシュラヴァナの警告に振り向こうとするが、アレスにとってはゆっくりな反応。
愚冴はシグラに体を突き放され、アレスが握ったのは二の腕。
急激な損傷を伴う血が上がりしくじったおもむきでアレスは捨てるが、シグラは愛嬌を浮かべ愚冴を見つめた。
「何で」
俺を庇って腕を…。
「およしアレス。酷いのは古いのよ」
「フン…大概じゃあねえのか?」
既にフィリップ、ラスカリナを手中に収めるアルテミス。
自身のエネルギーで編み込まれた円形の牢獄に閉じ込めているが、狙いは交渉であり。
「にいに」
愚冴に抱き付くシグラ。
ラプラスは「シグラは愚冴が好きなんだ」と補足した。
「…は?」
愚冴は息と共に零れる。
たった今会ったばかりでバカじゃないかと、口に出す気力が無い。
片や『お前をずっと見ていたのがシグラ』と続いた。
ディアに蘇生されたのは、例え善人でもまあ無いと話す。
ただ一つ不遇だったのは、愚冴が家族をたった今受け入れた様に、シグラは悪という絶対の拒絶で触れ合えなかった。
不条理に遂げる生命への救済とは、シグラやフィリップ、ラスカリナやブラバンの事。
彼女達は不条理だった。
「…だから分かんねえよ」
「不条理とは常識に反する。上に居るのは記憶を操るアルテミス。もう一度言う。アルテミスはシグラ、フィリップ、ラスカリナ、ブラバンの記憶をイジっていた。でもシグラはお前に懐いてる」
「…分かんねえ。首をとるなら俺の記憶取った方がいいだろうよ」
「もう少し話を聞け。愚冴の親父は支配的だっただろう。情報の遮断だ。自らの地位で子を殺す自然な手段で」
「…俺を殺ったてのか」
「ここまで抑え何で記憶を取らなかったか分かるか」
「分かんねえ」
「水城総一はシヴァと絶縁した。ただ総一はアレイオンを敬拝している。アレイオンは我々の首領だった。分かるか? ディアが救世主になれと言うのは同じ方角へ導くため。自覚のない加護はアルテミスの対抗。結果お前のそばには誰が居た?」
「…。」
「記憶を取れないのは総一が上回っていたんだ」
そんなの、知った事じゃない。
愚冴の関心はシグラにあった。聞いた話しは衰退してる妹達に、そりゃそうなるだろうと実感していた。
親父の行いが嘘か誠か、今更どうでもいい。
一方で頃合いだと紡ぐアルテミス。
「シヴァの末裔。この子達と引き換えに首を差し出せ」
妹達の無事の保証を公言してる中、アレスはラプラスに近付いていく。
「タイプだ。俺の女になれ」
「あ?」
放心のラプラス。対してアレスは退屈な争いに興味は潰えていたが、戦争はドラックや性と密接にある。
倫理の逆方向に戦争があり、謳歌とはアレスの本能。
一方的な言動でアレスは進め、ブラバンは拳を突き出す。
拳はアレスの背中で止まり、無意識に腕を振るアレス。
ブラバンに当たれば致命的だった。
愚冴はアレスを殴り飛ばす。
愚冴から仄かに黒い冷気が吹き抜けていた。
「へぇ〜」
頬の血を拭きアレス。
高揚の顔が浮かんだ。
「だったら最初からそうしろよッ!」
エネルギーを掌に凝縮し、大人程の球が仕上がる。どうせなら食っておきたいと考えるアレスは、愚冴を経験値と見做した。
「戻れアレス」
ゼウスの声。またアルテミスの交渉に介入する。
「よせ」
牢獄は不要と考えるゼウス。それはアルテミスの首と引き換えに無事を保証するというのは、愚冴が生きてる間の交渉。
善の理念に反すると、また反乱の余地があると…。
静寂な佇まいで耽入る。
片や牢獄は解かれずにいた。
というのも破壊の対象と突き付けられるかの眼力がアレス、アルテミスに向けられ、険悪な趣きをブラバンに示していた。
「おい。俺が尊厳に達したらアイツら倒せるか?」
「…ご令兄様」
ブラバンは煩悩のデカさを悟る。引き金となり親父の淵源が佇んでいる目前へ怯えていた。
返答次第で今後を左右してしまうと、分からない恐怖が決断を萎縮する。
対して愚冴は言い方を変えた。
「俺が兄になったらあなた達を救えるのか?」
「…」
言葉を失い、つうーと涙が零れる。アルテミスの力から解き放たれるブラバンは、愚冴の煩悩に浄化された。
「もちろんです。お兄様」
瞬時、黒い冷気を置いてアルテミスの腹を膝で打つ。身体能力が神の次元に匹敵すると共に牢獄が破れ、フィリップ、ラスカリナを救出した光景にヴァイシュラヴァナは感服していた。
晴れてブラバンの元に妹達が帰って来た事から、桜色のエネルギーがメラメラと盛り、戦闘態勢に入るアルテミス。




