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ある追憶の戦術使い  作者: 神崎蒼葉
二章 秘書編
10/109

右顧左眄

 先生と?

 俺はそれが何なのかよく分かっていた気がして、止まった思考にメイミアは続けた。


「だって変でしょ?」


「変だけど…それが先生と何の関係があるのさ?」


 そう言って、変とは俺が魔王に抜粋された形だが、食事会で集まった魔物の総勢にさっきまで気を張り詰めていた事に。

 これだけの組織に発展させるのは気の遠くなる労力が掛かってるはずで、その大切な組織に見ず知らずの少年に護衛を任せる決断は、変。

 ああ。

 最初から流れというのか護衛にさせようとする意志に引っ掛かり視野が狭まっていた。

 よくよく考えればこの地で俺を知るものはいなければ、宿屋の外で馭者に出会した時点で変を見失っていたんだ。


「この続きはまた今度!」


 メイミアは視野から消え、時が過ぎた部屋にノックが掛かった。


「おはようございます」


 使用人が訪れて、起床時刻になっていた。

 部屋のカーテンを開ける使用人はほこりたたきを使い、掃除を務めている所に俺は向かった。


「あの俺って何すれば?」


「はい、基本的に体調管理を気遣って下さい」


 使用人はお辞儀しており、俺はそれだけですか?と聞き流した。

 一夜が過ぎて悩み込んだ矢先に、それだけの指示に満足できず。


「あっ…いや」


 出掛かって戸惑った。

 前に出ていた心が直ぐに、使用人のうつろな目に混濁した。

 自分なりに何かできる事をさせて欲しいという言葉の準備をしていたのに、朦朧と忘れ、非常事態の無神経さに静寂していた。


「勇者がいつ来るやも分かりませんので、お声掛けに迅速じんそくに対応出来るよう心がけて頂きたいのです…どうかお願い致します」


 お辞儀をされながら「はい」としか言えなかった俺はまた後悔した。


◇◇◇


 白いカーテンを通す日差しで部屋は明るい。

 壁や家具や何もかも輝いて映り掃除の偉大さを知った。

 今はお茶を淹れて、使用人のお菓子を用意してくれた袋を破いていた。

 お菓子を口にしお茶で流し甘味を欲し、またお茶をすする。

 シンとした時間を満喫しふと、水面に写る顔がこぢんまりと物語っていた。


「何か、違う」


 ここに来て新鮮で満喫してる。

 なのにここで言う違うのは、命にしがみ何かを忘れている顔。

 それに心から申し訳ないが退屈だった。

 この延長線を暗示してるみたいに、そうだ。

 魔力を蓄えたのだから動いてみよう。


「よし…」


 焦って立ち上がる。

 その時使用人の言葉が浮かぶ。

 お声掛けに迅速で対応出来るよう心掛けて頂きたい、と。

 外にいたら迅速な連絡が出来ず困らせてしまうのか。

 でもここで運動は狭過ぎる。

 かと言って普段なら絶対に運動しないと、負の感情が行き来していたら警報音が鳴り出した。


「来たか勇者!」


 思い立って部屋から飛び出し雑巾掛けしている使用人に向かった。


「この警報は勇者ですか? スグに行きましょう」


 今に専念し打破する。そういう志しで聞くと。

 長い廊下を覗かせてから清々しいおもむきだった。


「これは侵入者の第一発令ですね、勇者侵攻から多くなっていて。名もない冒険者でも迷い込んだのではないでしょうか」


「…あ、そうですか。お騒がせしました」


 そんな事に掃除を中断する使用人は「いえ」と、部屋に戻る間も朗らかに見送っていた。


「はあ…」


 テーブルに突っ伏す。

 存分に空回りした。

 魔王の危機に喜んでしまうわ、ぬか喜びもいい所って位に反省していたらまた警報音が鳴り出す。

 結構乗り込んでくるらしい。

 そう思い過ごしてると爆発音が部屋中に伝い、俺は廊下に出た。


「あの…名もない冒険者ってこんなに強力なんですか?」


 えぐい魔力量が廊下に流れて来る。

 これで名もない冒険者ならいっそ逃げません?って程に。

 魔術学校の一位二位を争う天才みたいな、それくらい名残りが──ある。


「確かに妙ですね…。私どもが特筆した勇者なら本警報が鳴る筈ですが」


 聞きながら奥の廊下へ視線がいく。

 俺らをなだらかに吹き抜けて来る魔力に、潰されるような体感を覚えるし、床が揺れ出すこの場から震源地に向かう事にした。


「少し、ここを離れま、す…?」


 軽い腕力が俺の歩みに歯止めを掛ける。

 死に物狂いの声が掛かった。


「私如き低級が貴方様の腕を掴んだ事、御無礼をお許し下さい。私は魔王直々に仰せつかった使命があります、貴方様から目を離さぬよう…!」


 天井の瓦礫がれきが降ってくる。

 栗色の髪が吹かれ、体の半分は影に飲まれる、鉄板がこの場に落下している事に「危ない!」と使用人は俺を覆いかばう。


「逃げません、友達に会いに行ってきます」


 咄嗟にベールで守っていた使用人に伝えて、廊下を走っていく。

 燃える奥、残骸ざんがいが広がり、多大な飛沫が舞い出す震源地に佇まった。

 荒々しい魔力が漂っている明らかな発現、紅い余波が何重に帯びている姿。

 何十もの魔物が倒れてる光景がひと吹きの風であらわになった。


「よう…何やってるかと思えば、魔王軍になったから帰れませんだって?」


 ミグサだった。


「帰れないつうか…魔王城破壊するの辞めて欲しいんだけど」


「…正気か?」


 紅い魔力が魔王城を支配する勢いで、肩幅に上げる手から魔力が放たれ外壁に穴が空く。

 過激な音を鳴らし破壊する言動によりアメジストが現れた。


「…っとシオン。昨日は凄かったぜ、って話してる場合でもないか」


「アメジスト。ここは任せてくれると」


 俺はそんな言葉が途絶える。

 倒れてる魔物は家族であって、敵は明らか。

 現にミグサの魔法陣から雷に打たれるアメジストへ、一帯は血色に染まる。


「へえ…喋る石って実在するんだな…飾られていれば壊れずに済むものを」


「礼儀知らずに無用心だ、悪さをしてどうなるか分からせてやらないと」


 何処か余裕があるアメジストの瞳に幾何学的な紋様が刻まれた。

 互いが歩み出し間合いを詰める。


「ダチを邪道に引き摺り込むお前らを倒せば正気に戻るかもしれないしな」


「そいつは諦めろ、魔王のお墨付きだ」


 歩幅が早まる。

 魔王城が悲鳴を上げる床や壁、天井の物音が熱で膨張。

 その時。

 ミグサの体から紅い放電が流れ出す。魔法陣のないあの時よりもずっと進んだ方角の発現。

 アメジストは岩の拳に空気の振動が発生。

 それら戦局は、互いに打つける。

 岩の拳が鈍い重音を、紅い放電は高音を響かせる。

 二人の力はベールに当たり、残滓が舞う廊下の奥から、一人の影が琥珀色の剣を光らせた。


「下がれ」


 呆然とするアメジストが速やかに奥の影へ姿を消す。威厳の声が続いた。


「向こうは任せるが良いか?」


「はい」


 俺はそう言ってミグサと魔王城の外へ出て行った。

 きっと意識を失った道で「ここにはどうやって?」と聞いていた。


「メイミアに」


「…そう」


 歩みが低迷する。

 その頃「どこに向かってるの?」と聞こえる。

 メイミアだった。

 俺は「戻らないと」と二人を後ろに道なりの魔王城へ歩いていった。


「待て」


 俺は止まった。ミグサの声だった。


「この世で一番嫌いなものは悪だ。関わる人全ての人生を不幸にするんだ、どうか忘れないで欲しい」


 背中の気配が消失する。

 視界に映る魔王城は思ったより、小さかった。

 

「シオン殿、心中察するが怪しい空だ。雨に打たれては風邪を引くやも知れぬ」


 シュタラさんがそう言って現れ、空を見上げていた俺は聞いた。


「何故俺が選ばれたんですか」


「俺からは何も…ただ。魔王はある生徒だと仰っていた、それが何を意味するのかはサッパリだが」


「生徒には教師がいます。その教師がもし、シンクさんの信頼できる方だとしても。それを受け継いでいるとは限りません」


 シュタラさんは口を開けず、やはり。

 それも遠目に映る人から後押しのように聴こえてくる。


「これは、この世界の勇者だった人の手紙はなしです」


 こちらを見つめる魔王。

 またこの様に続けていた。


「魔力を宿した少年がいる、その噂の当人は並外れた身体能力で物取りに精を出していました」


 俺は急な話しに首を傾げた。

 しかしこちらに近付いていたため、誰に話しているかは明白で内容はこの様に進んでいた。


「とても見惚れてしまう容姿、技術をこう呼んでいる──豚に真珠と。この情報の調査にあたり豪華な食べ物を並べた屋台に魔術師が構える。日差しの強い日だった。それは突然放出した様に魔力を感知した視界には、澄んだ青髪を靡かせてりんごを頬張ほおばる、爛々(らんらん)とした美貌だった」


 それら声がヒビキ先生と重なる。

 俺は歳はと聞かれ十二と応えた。

 親はと聞かれいないと返す。

 この技術をどう身に付けたか、なぜ盗んだか、俺は知らないと美味そうだったからと伝えた。

 すると嘘付くな、食い扶持はあるだろう? 何故。故意的に。盗む?

 先生は俺に質問ばかりだった。

 背を向けると行くな。

 触んなよと言えば正直に生きるのがそんなに怖いか?と聞いてくる。

 思わず俺に興味あんのおっさんと訊ねた。

 ああ。教えてくれ。

 じゃ、死ねよ──


「あんなにも驚いた日はなかった。魔術師三名を相手に大暴れした少年を。俺以外の魔術師は少年共々大地に眠った。俺は少年を白魔術界に連れ帰った。その少年の未来に希望を抱いて、魔術学校に推薦した。試験は戦闘であり最難関だが、史上最年少。魔術師の称号を得る結果だった。何より自分と似ている子を目にした日から陽の世界に己で導きたかったのだと。手紙で何度も読みましたよ」


 魔王は穏やかに言った。

 嬉しそうにも見えるが、お互い雨粒に打たれ、あの時と暗転した天候に俺は応えた。


「期待外れでしょ。あんな日差しも容易く変えたんだから」


 うんざりする。

 見知らぬ地に来ても思い出す事に。

 いや、この地に来てまで背いていたんだと笑える。


「手紙には…続きが…」


 一瞬。魔王は足元を戸惑わせ、シュタラさんが剣を構える時、豪雨に変わる雨音に声も届かない。

 だが霞んで映る動かす口も、濡れた胸に手を当てる姿も、悲痛な目も、何もかもが寄って来るから。


「現実は変わらなかった。それでいいから(もう寄るな!)」


 一生懸命に拒絶した。

 全身から竜巻の様に青い魔力を放出していて、視界は歪み、全身を覆う七色が頭上を越え雲を貫いていく。

 今更だろうが、過去を知っていたなら、俺は。


「それでも、その方は誇らしく語っていました」


 魔王はそう言ってこちらに歩む。

 俺は掌に絢爛けんらんの飛沫が舞っていると目眩頭痛を発症した。

 平衡感覚が無い。

 魔力を消費した体の負担がここまで大きいのが変だと、考えるのも億劫で魔王は目の前に立っていた。


「俺の…何を…知って…」


「知りたいんです、ずっと読んでいた事が」


 魔王は虚ろいだ瞳から微かに強張っていた。

 なんだがあの日と同じ空から陽を受けているみたいに。


「その力でこんなに青い、手紙から想像した同じ光景を創ってくれるんですから」


 あの日と同じ視界は裏返って体温を感じる。


「後少しだけ、縋らせて下さい」


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