不可視な人外
砲丸かの拳に見舞われ授業が浮かぶ。
・身体能力を上げる作用と。
・魔術を操る事が我々の使命と。
一度の失敗で四肢を失う魔術師は訓練を重んじると。よし、逃げよう。
納得し諭すが、この化け物どうしよう!
「漸く声が届いたなら集中しろ」
圧巻の筋量、胸の硬さ、魔力に筋力が促進する先生の拳を頬に掠らせ、腹に喰らい、この訓練に僅かな魔力で凌いでいた。
「してるって」
ヒュー──ヒュルルル──ドクン──グシャ──
戦っているのは人、なのに、吐息の様なものに撫でられた感触が在る。
「いいや、当時の生命力は今の比じゃ無いだろう」
「存在感は死活問題になるわ!」
「喋ってる余裕があるなら」
「余裕なんて…」
フゥゥ──
ビリュルル──
また、不気味な音に気が散る。何、鱗?
大きい、鱗が後ろにいる?
──精一杯の攻撃に背を取られ、こんなのどうやって勝つんだよ。
◆いやいい、いいんだ◆
遠のく意識に砂ぼこりの視界が傾き出した。
「魔力は体の隅々に届かせて強化できるが、今日のお前は迷いが多いぞ。背中に使う魔力が多かった様だが、抑えるべきは前の上半身だ、それと脚力にもその場で切り替えられると速度の向上につながるぞ」
「努力、します」
拳は腫れ皮膚が痛む、全身はジーンとする放心状態に次は魔術の実戦だと聞こえる。
「終わり、じゃないの?」
「ふんだんにと言ったろ」
「もう。魔力無いよ、チビっとしか」
「なにも大魔術をやるって訳じゃない、初歩的な魔術だからチビっとで充分だ」
「無いって言えばよかった」
「そう言うな、合格したら帰っていいんだから」
「今帰りたい」
「今から魔術を放つ、それを魔術で受け止める事が出来れば合格だが、流血の覚悟があるならさぞかし簡単だろう?」
「いやあれは…つか初歩的な魔術が使えないのに受け止めるも何も」
俺は全身の放心を忘れ、体から紅い光が溢れる先生に立ち上がった。
「本来なら使えて当然なんだ。魔術をサボり続けたお前が悪い、だから今使えるようになれ」
目前の砂地に魔法陣が描かれる。
魔法陣から火種が次々発生し「メチャクチャな」と応える頃には先生が構えていた。
「メチャクチャなんだよ……せ…いってのは」
声と共に分散する火種らは婉曲に放たれ、体感ゆっくりに感じる。
俺は躱す、はずが。
…なんか増えてね?
火種の数が予測よりも。
その要因は上にあった。
上空の魔法陣が増え、迫り来る火種らに聞き返す暇無く。
「ムリムリムリムリ、熱! ふざけんな。服が燃えるわ殺す気か!」
砂地の魔法陣は俺に意識を向けさせるもので、本命は上空の魔術。
また追尾して来る火種に逃げ回る中「この魔術の特性は俺の魔力に呼応して魔法陣から発動し続ける。破壊しない限り半永久的な追いかけっこになるんだが…」と聞こえる。
「その説明の前に初歩的な魔術を教えてからだろこの状況‼︎」
破壊という不可能な助言に、本来破壊より狙うのは術者と、想像している辺りに疲れや、魔力が底を尽く重い体と成り果てて魔法陣が消える。
「いい。お前にはぬるい手段だった」
火種と共に消え、安らかな校庭へ。
束の間。先生から膨大な魔力が砂地を奔る。
──鬼神化身し与える──大気を熾し妖艶惑わし唸れ──焔艶
言霊。魔法陣が上空に刻まれる、異次元の大きさの不気味な模様が出現。
「第六魔法陣 焔艶」
その言葉に呼応した。
灯火が模様に宿り、焦がしていく。
まるで魔法陣を呑んでいるあり様は、人外の如く、這い回っているみたいで。
息切れの先生に隙が見える、補修を終わらす希望が舞い込んで、いるんだけど。
「これが魔術。訳わかんね…」
鼓動が早まる。
知らない。
言霊なんて。
魔術と無関係のもの。
なのに言葉で作用している魔力、この現象は何。
『震えてる?』
『それとも嬉しい?』
・煩いよ、メイミア。
「知らなくて当然だ、シオン…これなら躱そうなんて思わないだろう?」
聞いて温度を飛躍的に上昇する魔法陣が爆炎。
校庭に飛ぶそれら炎が時計回りに渦状化し、俺は熱風の中で『ノウェム』と心で呼び起こしながら、燃え滾る火柱に身が呑まれる。
「しま…やり過ぎた、シオンを救出しなければ…」
火柱が消える。
俺は膝をつく所に「その様子じゃ動けそうにないね?」と「じゃ!」を残すと白目を剥く先生。
「ゴラ待て‼︎ 俺は魔術で受け止めろと言ったんだオイ……待たんかあぁぁぁあああ‼︎」
遠退いていく怒鳴り声は約二年過ごした思い出をなぞりに正門へ寄っても聞こえる。
「これでお別れか……先生」
さっき体で覚えた魔法陣を起こし、可愛い火の粉が降り出した。
微々たる魔力でも火の粉が門に付く火加減で。
「おー」
魔術ってどう解くんだろう。
◇◇◇
少し早い夜は開放的で涼しく、心地良い。
そっか。
何処かで現状を肯定してる。
またいつもみたいにアルタイルで良いんじゃ。
(まだ…間に合う…また…繰り返す)
いや。
「行こう」
向かう足を速め「ッ」と打つかりかけた。
その時「残り十七時間です。焦らずとも間に合いますよ」といつから目の前にいる。
「どうも。ありがとう、ございます…」
掌程の黒光りの生物に「いえいえではまた!」と短い手足で胸の服を掴まれ──グイグイと入って、くる。
「おぃおいおいおい⁉︎」
体の中に入ってくるような、擦り抜けているのか、引き止めていたら「どう致しました?」と、短い首を傾げている間にそっと掴んで投げた。
直ぐに身体を確かめていたら「災難です、目が回って……おぇ」と、液体っぽく、個体っぽくもある触り心地、そんな感じが不安定に浮遊し緩りと距離を詰めてくる。
「何なんだよ…どっから出で来やがった」
「僕は本から生まれた精霊ですよ。シオン様の中から出て来ました」