タイムマシンの仕組み
男は、タイムマシンに乗って、過去に戻った。彼にとって、その世界こそが、故郷といえる場所だった。タイムマシンには、誰も知らない秘密があった。
男は時間軸が傾いていることさえ、知らない。
機内から出たあと、目前に広がるものに、彼は恐怖した。目前に広がっていたのは、黒、黒、黒。
暗黒だった。彼は、息ができなかった。
急いで、機内の扉を閉めた。
「う、うぅ。なんだ、これは。何か間違えたか? そんなはずはない。俺は、ちゃんと、過去の10年前を設定した」
何度も、確認した。設定は、間違いなかった。
「な、なぜ? なぜこんなことに…」
頭がパニックになり、どうしたらいいか、わからなくなった。しかし、頼れる相手は、誰も、いなかった。
「よし。そ、それなら、意を決して…」
男は、もう一度、同じ時間に設定したまま、タイムスリップすることにした。
時間軸が傾いて、奇跡的に元の世界線に合致する。
ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
激しい音が、耳を劈くようだった。男は、固く目をつぶる。眉間には、しわを寄せて、今にも、死んでしまいそうな、悲痛な顔だった。
音が静まり、ゆっくりと目を開けた。それから、扉もゆっくりと開けた。
すると、そこには、光があった。
白衣を着た研究者達が、室内を、動き回っている。
「よ、よかった。帰って、これたんだ」
ホッと胸を撫でおろしてから「皆さん! 帰ってきましたよ!」と、勢いよく扉を開けた。
研究者達の反応は、一様に、驚いていた。
「え」
「おい。まじかよ」
「うそでしょ!」
「なんで‼︎」
「なんであなたがいるの⁉︎」
「おいおい。どうしたんだよ。そんなに、驚くことじゃないだろ。タイムスリップして、戻ってきたんだぞ? みんな、俺が、未来に行ったの見届けたよな?」
沈黙。
男には、その意味が、わからなかった。
視界の隅で、黒焦げた物を発見した。まるで、何か、実験を失敗した後のような、感じだった。それを、手に取ると、男は、嗚咽を漏らしはじめた。
「な、なんだよ、これ…。これ…」
男は、片手を口におさえた。胃にあるものが逆流しそうな、気持ち悪さだった。
一同は、静かだった。
誰も、ことの真相を知らない。
彼は、大事そうに、自分の身体を抱えて、もう一度、パニックになった。
「俺、死んじまったのかよ…。なんだよ。なんでだよ。なんでこうなってんだ…。わけがわからない」
「君は、本当に、君なのか? 偽者じゃないのか?」
「ああ。俺は、俺だ。みんなもわかってんだろ。俺は、さっきまで、お前らと、行動を共にしてきた仲間だ」
「…本当に、そうなのかなあ。だって、君の持ってるそれ、ついさっき実験に失敗した君の遺体だよ」
研究者達は疑心暗鬼になっていた。
「じ、じゃあ、もう一度、俺がタイムスリップすればいいんだな。それで、すぐに俺が再び、この世界に戻ってきたら、俺が、俺だって認めてくれよ?」
「うん。それはいいけど、でも…」
男は、一目散に、タイムマシンに乗った。誰も、彼を止めようとは、しなかった。とっさの判断ができない、研究者達は、彼を、不安そうに、見つめている。
「みんな、また、数秒後に会おう!」
ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
機械が轟音を立てた。そのあと、タイムマシンは、さっきと同じように、爆発し、大破した。皮肉にも、また一つ、焼け焦げた遺体が出来上がる。一同は、目前の惨状に戦慄して、ようやっとことの真相『タイムマシンの仕組み』に気づく者が現れたのだった。
爆発しない確率2%。
ただし未来転移率100パーセントの呪い。
何が悪かったのか。
それは、彼か。それとも、運か。それとも…。