ACT6 本質
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«報告»
相変わらず、海堂舟壱の周囲には人が多く集っており、近づきにくい状況が続いています。しかしながら、それ以外に、対象の行動には、特に不審な点や不可解な点は見受けられません。隙を見て接触を試み、引き続き監視を継続します。
«返信»
そうですか。それでは、引き続きよろしくお願いします。何かあれば、直ぐに連絡をください。
何か。それはナニが成立した時だ!
火煉は燃えている。
――――。
「海堂くん、相変わらず大変そうだね」
「ああ。今日も朝から、ラブレター4通と、直接のコクハクを2人から受けてきた所だ……。いやあ〜、モテる男は辛いねぇ〜。全部、断るのも、心を痛めちまうよ」
「あの、海堂君。放課後に話したいことがあるの。校門前で待ってて」
「3人目だね」
「ひゅう」
海堂は調子に乗っている。
――――。
「りんご、アップル、iPhone、ジョブズ、眼鏡、サングラス、サンセット、ハワイ、ビーチ、椰子の実、オイル、日焼け、女の背中」
俺は、歩みを止めて、周囲を見渡す。校門から校舎へ続く道。朝の木漏れ日が心地好い。
「あはは、なんて良い気味なんだろう! 意味のわからない独り言を、こんなに大きい声で喋っていても、誰も見向きもしないし、聞いてもいない!」
まるで、誰からも俺の存在が認識されてないかのようだ。
いや、まるででは無いのだが。本当は、俺に対する興味が向けないように細工を施しただけなのだ。それも、学園の関係者のみに。
興味が向かないだけで、確かに神喰了は存在している。しかし、興味のない存在というものは、第三者の視界においてはただの背景にしか過ぎない。
今は学園内だから、このような状態にあるのだが、ひとたび学園の敷居をまたいで、路上で叫んでいてはただの頭のおかしな学生風の男に成り下がる。もちろん、敷地外ではそのような真似をするわけはない。
「海堂と小破魔も、金輪際、俺に接触してくることはもうないだろうな」
前方に海堂を見つけて、思いつく。せっかくだから、最後に何かちょっかいを掛けてみようか。彼の肩を軽く叩く。
「やあ、海堂君。おはようさん。お前の、その薄汚い笑い方が前から嫌いだったんだよ。女が沢山よってきて、満足かい? え? 女を目の前にしてにやにやにやにやと。舐めるような視線を向けている。所構わずべろべろべろ舐めてんだろ? 女とはもうやったのか? え? どうせまだなんだろ? そんな度胸ねぇもんな? ガリガリで冷え切った孤児みたいな肋骨を剥き出した体、見せれねぇよな。
お前は目付きも最悪だし、気味が悪いんだ。第一、その襟足を伸ばした髪型も似合ってねえんだよ。ピアスなんて100年早ぇよ。全体的に黄ばんでるんだよ、目も歯も。汚ねえ人間だぜ、全く。ドブ沼に30年間漬けられたみてぇな人間だ。どうせお前みたいなモブは、主人公の隣でそうだそうだと主人公のセリフに同意しとくか主人公にとって都合の良い情報を勝手に吐とけば良い簡単なお仕事を延々と繰り返すだけのつまらない人生を送るはずだったのに、俺様がわざわざ極楽ハーレム人生に変えてやったんだから、感謝しまくってしまくってしまっくてご立派な360度のお辞儀をかましてくれよ。失敗して首の骨ゴキゴキ折って死んでくれても構わないぜ、俺は。それもまた一興ってな。お前は腰をありえない方向に折った情けない姿で、涎と尿を滴らせて目ん玉ひん剥いて死ぬんだ。滑稽滑稽コケコッコー」
「……っ!? テメェ……いきなり、ふざけたこと言いやが……って……アレ?」
「どうしたの!? 海堂くん。ちょっと、君こそ、いきなり独りで怒ってどうしたんだよ。落ち着きなって。ほら、女の子が怖がってる……」
「あ、ああ。悪かった……な」
こちら側から彼らに話しかけることは可能だが、そうしたとしても、会話が終わった瞬間に俺の記憶は消え失せてしまう。今のように。
興味が無い物のことを記憶はするまい。人間の脳髄というものは非常に効率的に出来ているのだ。
よって日常生活に不自由はないのだ。物凄く簡単に言うと、
「ただただ存在感が、無い」
それだけなのだ。存在していないようで、存在しているもの。劇中においては存在していないが、現実の世界でみれば存在しているもの――言わば黒子だ。これはなかなか便利、かもしれない。
ついでだ。小破魔の小さい肩に肘をかけて、顔を覗き込む。
「今日は、ご機嫌いかがかな。小さき者よ。お前はいっつも俺か海堂にくっついてたよな。お前は1人じゃ生きられないんですかー? コバンザメでふかー?! 僕寂しくって死んじゃう、キャピキャピ! してんじゃねえぞコラ!!!
最近は、Cランクの奴に恐喝されていたことをかざして、女の子たちの同情を誘っているらしいじゃないか。
可哀想な僕ちゃん私がいるからね大丈夫だからねもう怖くないよ?
……いるんだよなあ。お前みたいなやつ、たまに。外見は女見てえにひ弱なくせに、中身がえげつない肉食系のバケモンみてぇなやつがよォ!!! 海堂なんかより、テメェの方がよっぽどクセェ!!!
俺が山賀をブっ倒した後から、俺が女に集られ始めたら、お前は1番にその女たちに媚び売ってたよな。キャピキャピきゃぴーん!
挙句、外では自分は山賀を倒した神喰了のダちなんだぜぇ、って俺の名を利用してたよな? 知ってるぜ? 何もかもお見通しなんだよ! テメェの肝は腐ってんだ! 砂肝野郎が!
お前が今ここに生きてられんのは、死にかけだったお前を俺が助けて、俺が宮部をグチャグチャにしてやったからだ! その事を絶対に忘れるなよ?! その恩は一生経っても返せないほどの大きな恩であることを忘れるなよ?! 良いな?! 今後、俺に散々に利用されても…………一切、文句言うなよ?」
「はぁ?! 何が……! 巫山戯んな!!! コロスぞ!!!」
小破魔の形相が一変する。
「……おい。小破魔? 大丈夫か? 俺の、聞き間違いだよな……?」
「……え!?……あ、あれぇ? ……ナンデモナイ、ナンデモナイ……大丈夫、だよ……? うん……?」
「なんか、2人とも、さっきから変だよ」 「うんうん」 「どうしちゃったの?」
――良い気味だ。これは、もう少し楽しめそうだ。
今度は女子の仲良し3人組。
「ホントは、みんながみんなのことを見下し合っている」
「てめぇ! そうだったのか!」
「いっつもバカにしてたな!」
「絶好だ!」
――バラ、バラ、バラ……。
Bランクの男子。
「Aランクにコンプレックスを抱きながら、それを紛らわすために、Cランク以下に対して過剰に威張っている、自分の価値を自分で認めてあげられない可哀想なヒト」
「……ッッ!!!」
「そんなに顔、真っ赤にすんなよ。猿かってんだ」
「……ッッッ!!!!」
「アホみてぇ」
――みんなみんな、自分の本性については意外と無関心なもので、改めて他人に言われて、初めて気づく。
いや、それは本質ではなくて、本当はわかっているのに、それを認めたくないだけだ。みんなみんな、現実から目を背けて、自分を騙して生きているんだ。
だから、表面的なわかりやすい指標にとらわれて、本質が見えないんだ。
なんて、愚かなんだろうか。
俺は、この『精神支配』の能力を手に入れて、初めて他者の精神を垣間見た。人間の気持ち悪さに触れた。そして、何か勘違いをしていたことに、気付かされたんだ。人間っていうのは、もっと動物的で獣臭のする頭の悪い生物だってことに、気づいたんだよ。
こんな奴らと、俺も同じ。ただの人間だということに、呆然とした。認めたくなかった。でも、目を逸らしていたら、それは腐った人間と同じだ。俺は、俺だけは、目を逸らさずに、人間と向き合わなければならないんだと、使命感を得た。この、人の本質たる『精神』を見ることが出来るのは、俺だけだから。
汚物に被せられた蓋を取り除いて、今一度、世界を洗濯してやろうと思った。
汚物は消毒しければならない。精神を浄化させなければならない。
「ひとり黄昏ちゃって、なーにしてるの?」
――――――は?
「さっきから、みんなを弄んで、酷いよ。私のお人形たちを虐めないで!」
――――――――――――は?
彼女の言う通り、ひと通り遊び終わって疲れた俺は、屋上で黄昏ていた。
ロングヘアの彼女は制服を少し改造して、ゴシック風な黒いフリルを取り付けていた。
「お前……なぜ、俺に話しかけられた」
「ん? ……んー、とね。確かに神喰君は«近寄るなオーラ»をいっつも放ってるけど、私が空気読まないから、かな?」
理由になって無い。近寄るなオーラなんて言う抽象的な雰囲気よりも、もっと具体的な精神操作を施したはずなのに。どうして彼女は……。まさか、漏れていたか。いや、それは、無い。かけたのは学園関係者だ。彼女が生徒である以上、間違いなくかかっている。
「そう言えば、お話するのは初めてだよね。私の名前は、羅瀬辻悪鬼奈」
そう言って、彼女は俺のすぐ間近まで接近する。
「アッキーナって呼んでね」
語尾にハートマークが付きそうな鬱陶しい話し方だ。
改めて顔を見ると、15、6歳にしては幼いフェイスだ。大きな目に、鼻は小ぶりだがスっと上品な筋が入っている。ふっくらとした唇には濃い紅が塗られている。
1つ特徴的なのは、目の下がほの赤く染まっていることだ。泣いていた様子ではないので、化粧なのだろう。
確認の為に彼女の精神を覗き見る。
……が。そうして改めて理解した。彼女という人間を。
「どうしたの? お目目が死んじゃってるよー?」
「ああ。元々そういう目なんだ。ビンビン生きてるよ」
生きた心地はしなかったがな。
――――彼女の精神は、死んでいる。死んだも同然の精神だった。
おぞましい黒い霧のようなものに覆われた。漆黒の精神。少し手を出そうものなら、霧の奥から大きな牙が現れて食いちぎられる。決して、踏み込んではならない領域。
彼女は、人間じゃない。
「お前、さっきから俺の行動を全部見てたのか? なんか、言ってたけど。弄ぶとか」
「お前じゃなくて、アッキーナ!」
彼女は頬を膨らませている。怒っているのか。訂正を求めているようだ。
「質問に答えろ」
「アッキーナ!」
目を細めて怖い顔をしているつもりなのだろうが、表情は全く怖くない。むしろ可愛らしい。
――チッ。強情な奴だ。
「……アッキーナは、俺の行動を全部見ていたのか?」
「そうだよ。それが、どうかしたの……?」
やはり、彼女には精神操作をかけられていなかったんだ。
彼女は首をかしげて、不思議そうに見詰めてくる。
極力目を合わさないようにして、表情を平静で繕う。心の中で後悔した。
全く気づかなかった。みんなの悪口を言うのに夢中になっていて、彼女の視線に気づいていなかった。
それにしても、厄介だ。俺の精神操作が効かない人間が存在するなんて。完全に盲点だった。
もし彼女が敵に回ることがあれば……かなり厄介な相手になるだろう。
しかし、この問題の解決策は既に思いついている。簡単なことだ。敵にしなければ良い。
彼女を懐柔し、味方に付けるんだ。精神操作ではなく、俺自身の言葉と行動によって!
「……アッキーナ」
目を合わせる。彼女の瞳孔が開いた。やはり、反応は悪くない。
「なぁに?」
彼女は甘えたような声を出している。これが地の声なのか、作り声なのかは判別不能だ。
「……好きだ」
俺は、そう告げて、アッキーナを胸に抱き寄せた。
――やべぇ。これくらいしか思いつかねぇ。馬鹿だ馬鹿だ。絶対に嫌われた……。
「……うん。私も」
――まじ?
ついに登場です。ヒロイン! やっと出せた!
アッキーナぁぁぁ!!! 皆さんも呼んであげてください。