ACT4 変動
「よお、了!」 「おはよう、了君」
「おはよう、2人とも」 校門の前で、海堂と小破魔に出会った。
「凄かったぜ、昨日は!」
「まさか、本当に勝っちゃうなんてね。驚いたよ!」
「その言い方だと、俺が負けると思ってたらしいが」
「いやっ、そんなことはないけど! 普通はFランクの了君が、Cランクの山賀君に勝つなんて、思わないよ」
「普通は、そうだよなあ」と海堂は強調させて繰り返した。「ま、引き受けた時点で、何か自信があったんだろうけど」
「おはよう神喰君!」と走って校舎に向かう男子生徒に挨拶をされた。
「おはよう」
校舎内に入っても「おはよう!」と今度は女子生徒にまで笑顔で挨拶をされる。
「おはよう」
「モテモテじゃん」と海堂が冷やかす。
「知らん」
「照れてんじゃねえぞ、クソ」 海堂が俺の脇腹を小突く。
「あはは、人気者になれて良かったよね!」と小破魔。
昨日の決闘の影響に違いない。俺の知名度は上昇したようだ。
今朝から俺に声をかけてくる生徒たちには共通することがある。それはランクがFであることだ。(海堂はEだが)
「ほら、これ見てよ! 掲示板では、昨日の決闘のことで話題は持ち切り」 と小破魔がタブPCを掲げて俺に見せた。
掲示板とは、インターネット・サイト上の書き込み板のことだ。
『Cランク山賀、Fランにボコされるwww』
『Fランの方がズルしたんじゃね』
『それにしても山賀の頭が悪すぎる件について』
『山賀、これはもう明日から学校来れないでしょ笑笑』
『恥ずかし過ぎて草ァ超えて森ィ』
中には以下のようなものもあった。
『Fランクの救世主神喰了、降臨』
『神(上位ランカー)を喰らう者、神喰』
『学園ランクの叛逆者現る』
「なんだこれ? お前、メシアとか言われてんじゃん」と海堂が苦笑い。
「Fランクの生徒にとって、昨日の決闘は、ざまぁ見やがれ上位ランカーが、という結果だったんだろうな。すっかり持ち上げられてる」
「そうだよ! 了君は一部の間では、英雄扱いさ!」 本当に凄いや、と小破魔はまるで自分のことであるかのように誇らしげでる。
俺を見る目が変わったのは、良い方向にだけではない。低ランカーが高ランカーを打倒する姿を見て、面白く思わない高ランカーが出てくるのは必然であると考えている。
その証拠に、今朝から向けられる視線には羨望と、侮蔑及び警戒の念が入り交じっているのだ。
突然、前方が騒がしくなる。
「何かあったのか?」と俺が尋ねると、海堂が背伸びをして、奥を覗く。「……ッ!?」
「どうした?」
「1年Aランカー様方のお出ましだ。避けるぞ」と海堂は小声で告げて、俺と小破魔を廊下の壁に押し付けた。
「ぐへっ」小破魔が呻く。
同じようにして、廊下に屯していた連中やらが、彼らに気づいて、すぐさま廊下の端に寄り、道を開けた。
俺達の後方からもざわめきが聞こえて来る。
海を割るように人混みを割いて来た少女が口を開く。
「御機嫌よう」
極楽寺煌凛。次席で入学を果たしたと聞く、Aランカー。
煌凛はカールが施された金髪を、さっと払い上げた。
その少し後ろに恭しく付き従うのは、仏淵篤。彼は、煌凛の下僕と呼ばれているが、その実力は確かで、同じくAランカーだ。
「あら、おはよう」と煌凛の挨拶に応えたのは、赤黒い髪の少女である。長いストレートの髪を後ろでひとつに纏めてある。いわゆるポニーテールだ。
「学年首席と次席の邂逅……」ボソリと海堂が呟いた。
そう、彼女こそが1年首席入学者、Aランカーのひとり、截頭火煉だ。
2人はしばらく無言のまま睨み合っているようだった。あまり仲は良くないらしい。
煌凛がフンと鼻を鳴らして、颯爽と歩き去っていった。カツンカツンとヒールの音が廊下に響く。
しばらくして火煉も去っていった。
「ほぉ……」
2人の姿が見えなくなると、海堂は全身を脱力させて、息を吐いた。
他の面々も緊張を解いて、元の状態に戻って行った。
「やっぱりオーラが違うよねえ」 と小破魔が呟く。
「海堂、いつもは上位ランクの奴を睨んでるクセに、今日はやけにおとなしいじゃないか」
「はぁっ?! ……別に、いつも通りだけど」
「はあ。バレバレだっての」
「だよね」
「で、どっちなんだよ?」
「僕の予想では、極楽寺さん。めっちゃ見てたし」
「……」海堂は黙ってしまった。無言の肯定である。
「当たりかよ」
「僕の観察眼を舐めないでくれたまえ! はっはー」
「ああ、下僕の仏淵が羨ましいぜ」海堂は開き直って妄想し始めたようだ。
「海堂、お前、Mか」
「女王様に踏まれてえ」
「別に、仏淵君が極楽寺さんに……踏まれている、とは限らないけどね」 あはは、と小破魔が苦笑いで指摘する。
電子音のチャイムが鳴る。
「それじゃあ、また後でな」 海堂は走って自分のホームルームへと向かった。
「またな」 「また後で」
昼休みになり、自分のPCにメールが届いていることに気づいた。
差出人は生徒会長。天羽聖子だ。
〈生徒会室で、2人切りで一緒にランチを頂きませんか?〉
もちろん、ただの楽しいランチな訳ではあるまい。それなりの覚悟と弁当箱を持って生徒会室へ赴いた。
「失礼します」同時にノックをする。
「どうぞ」 返事を待って、扉を開けた。
「いらっしゃい、截頭さん」 ソファに座るように促され、腰掛けた。
「あら、それ、手作り?」 包みをテーブルに置いた。
「ええ、そうなんです。お店で買うよりも、食材を買って作った方が安いですから」
「なるほどぉ。今度、私も挑戦してみようかしら」
聖子は、漆が塗られた重箱を開けた。
「ところで、珍しいですね。いつもは他の役員も同じなのに」
「ふふ、たまには良いでしょう。それとも、私と2人切りは嫌かしら?」
「いえ、とんでもないです。光栄ですよ」
「ふふ、それなら良かった」聖子は口を手で隠して笑った。「あまり、緊張なさらなくて結構よ。今回は、1年生のあなたの面談みたいなものだから」
「はぁ」と曖昧な返事が出た。思っていたほど緊張しなくても良さそうだった。
――ということは、極楽寺牛乳や、その下僕も同じなのか。
「……会長のお弁当は、いつも豪華ですよね」 何となく会話を絶やしたくなかったので、無理やり繋げる。
「そんな、大したことないわよ」 聖子は、手を胸の前で左右に振る。
――謙遜にも程がある。何なんだ、その宝石箱のような弁当は! 隅から隅まで隙間が無い!
火煉は冷えた玄米を口に押し込んだ。
「最近、学校生活はどう? もう慣れたかしら?」
聖子は、刺身を器用に1枚取り、丁寧に醤油を付ける。
「ええ、もう大分」
火煉は玄米と梅干しを飲み込む。
「そう」
聖子は空いた手を下に添え、刺身を口に運んだ。
「生徒会での仕事も、覚えられた?」
「はい。特別難しい訳では無いので」
だいたいが書類の整理だ。
「優秀ね。流石は首席入学者」
「ありがとうございます」
そこで一旦、会話は途切れた。2人がそろそろ食べ終わろうとした時、聖子が口を開いた。
「ところで、あなたの固有能力はどのようなものだったかしら」
「〈加速〉ですが、それが何か?」
「いえ、関係無かったかもしれませんが、あなたにひとつ新しい仕事を与えます」 聖子は微笑んで火煉の目を見据えた。
「今の仕事じゃ、退屈そうでしたから。もう少し、重要な仕事を」
「……それは」
「――監視です」 聖子の目が更に細まる。「あなたには、神喰了の監視をして貰いたいのです」
「神喰了というと、先日、Cランクの生徒を破った、Fランクの」
「ご存知のようですね。それも当然でしょう」
「ええ、噂では、耳に」
「彼は、本校の絶対的秩序である〈能力ランク〉を崩壊させる危険因子。最低ランクの者が上位ランクの者を倒すなど、絶対にあってはならないのです。速やかに排除しなければなりません」
「退学には、出来ないのですか?」
「ええ、1度システムをインストールされれば、簡単に野放しには出来ませんから。退学というのは、余程のことが無い限り、有り得ません。
――そこであなたの出番です」
「神喰了の動向を見張れ、と」
「彼に問題があるかどうか、精査するのです」
「……問題、ですか」
「ああ、私としたことが、言い忘れていましたが……報酬については、たっぷりと用意しますので、ご心配なく」
「……あの、私」
聖子は遮るように、「お金、必要でしょう?」
火煉は唾を飲み込む。
「引き受けてくれますね……?」