ACT3 孤独
――そんな馬鹿な……山賀君も負けてしまうなんて。
小太りの生徒こと佐村磨澄は震撼していた。
決闘が終わるなり、すぐさま席を立って会場から逃げ出すように、息も絶え絶えに外まで走ってきた。
決闘が終わった直後、神喰了はおもむろに観客席の方に目を向けて、ピタリと目線が佐村のそれとバッチリ合った気がした。その時、彼は笑っていたように見えた。
次はお前の番だと言わんばかりに。
「あァっ!!!」 佐村は頭を抱える。
――やはり、止めておけばよかった。
後悔の念が過ぎる。
「……どうしてこんなことになってしまったんだろう」 佐村は思い返す。
佐村は宮部と同じ中学校の出身で、当時から宮部に付き従っていた。宮部の素行の悪さは中学時代からのものだが、佐村はその姿に憧れていたのだ。自分のやりたいことをやりたいようにやる宮部が羨ましかった。
運良く「意志」の試験を通過し、そのまま宮部と同じ高校にも入学できた。
入学してからは山賀とも仲良くなって、3人で楽しい高校生活が送れるものだと思っていた。
しかし、宮部の暴走により、悲劇の幕が開けられた。
4月の中旬。佐村達は廊下ですれ違ったFランクの小柄で弱そうな男子生徒を標的にカツアゲをし始めた。――小破魔博己のことである。
小破魔は見かけの割に裕福な家庭の育ちらしく、財布はブランド物で、中身は諭吉の寿司詰め。
1回目にして大漁の収穫だったため、宮部と山賀は気を良くして、何度も金を要求した。佐村はその2人に便乗していた。
そんなある時だ。その日も小破魔を校舎裏に呼び出してカツアゲするつもりだった。
予定通り、小破魔はやって来たのだが、要求金額よりも少し足りない。とはいえ諭吉が何十人も顔を並べている額。高校生が手にするには十分過ぎる額なのだが、今までに比べれば少ない。宮部と山賀はそれが気に食わなかった。
山賀は金額が足りないことを口実に小破魔を暴行し始めた。宮部と佐村も加勢していた所、あいつらに見つかった。
小破魔とつるんでいたらしい海堂というEランクの男とFランクの神喰了だった。
佐村が恐れていた事態が起きてしまった。この校舎裏という場所を宮部に進言したのは佐村だった。
案の定、宮部は激怒した。しかし、その感情のベクトルは佐村には向かわず、目撃者たちへと向かった。一安心した佐村だったが、今度は別の問題が起きた。
宮部が能力を行使しようとしているではないか。
指定場所以外での意志顕現能力解放及び行使は禁じられている。それは、その力が危険だからだ。下手をすれば相手の生命活動を停止させる。
佐村と山賀は宮部を止めようとするが、宮部は完全に頭に血が上っており、何も聞き入れない。
このままでは宮部は、最悪の場合罪に問われてしまう。
しかし、それは杞憂であった。幸運か不運か、宮部は突如ぶっ倒れた。斬られそうだった神喰了は無事に突っ立っている。
――一体、何が?!
そう思い、地面に倒れた宮部に駆け寄ると、何やらおかしな言葉を発している。
「おい、お前、宮部クンに何をした?!」山賀が叫ぶ。
神喰了の返答は実に落ち着いた様子で、俺は何もやっていない、宮部が勝手に転けただけだと説明するのだ。
――そんなことがあるのか?!
佐村は宮部の運動神経の良さを知っている。彼は中学時代、体育祭でリレーのアンカーを任されるなど、運動が得意だったはずである。玉入れ選手だった佐村はそんな宮部を羨望の眼差しで見ていたのだ。
山賀に声をかけられた佐村は、意識を外にもどし、宮部の脇を抱えて、校舎裏を後にした。
「……ねえ山賀君」
「……ッ、なんだよ佐村。クソっ、宮部のやつ重ぇ」
佐村は恐る恐る尋ねる。
「宮部君が、あのFランクのやつに負けたわけじゃないよね?」
「あ? ……わかんねぇよ」
「……」
「ッ、とにかく医務室に連れてくぞ。頭打ってたとか何とか言ってたからな」
「う、うん……」
結局、宮部は病院に搬送され、入院することになった。
それにより、佐村たち3人の暴行が明らかになり、3人には停学処分が下された。
「あーあ、しばらく、休みかぁ」 山賀は欠伸をしながらボヤいた。
「暇だねえ」
佐村と山賀は近所の公園の遊具にもたれかかっていた。
「ああっ! クソ、あいつらに見つからなけりゃ、こんなことには……」山賀は羊のオブジェを蹴る。
「……俺が悪いんだよ。見つからないと思って、あの場所を宮部君に勧めたの、俺だし」
「……そうだな。1発殴らせろ!」 山賀は佐村の腹を軽く殴った。
「グハッ」佐村はわざと大仰に苦しんでみせる。「くそぉ、やったな、コラ」佐村は山賀の肩を殴り返す。
「……痛ッ」
「ああ、そうだ。時間あるし、宮部君のお見舞いにでも行かない?」
「そうだな。様子見に行ってやるか」
2人は都内の某病院に向かった。
「僕達、宮部君と同じ学校の生徒でして、彼のお見舞いに来たんですけど……」
「面会の希望ですね。少々お待ちください」と受付の女性は確認に向かい、しばらくして戻ってきた。「それでしたら、〇〇〇号室に行ってください。宮部さんはそこにいらっしゃいます」
「分かりました。ありがとうございます」
山賀が礼を言う。2人は案内板を確認してそこへ向かった。
部屋の前では、看護婦かが待っているようだった。
「あの、宮部君のお見舞いに来たんですが……」
山賀が声を掛ける。
「あら、君たちね。受付から聞いているわ。
私は山田です。宮部さんのお世話を担当しているの」
「はぁ」「お世話……」 順に山賀、佐村。
「宮部さん、今は落ち着いているから、お友達なら大丈夫かもしれない」
「……」
「さあ、入って」と促され、2人は病室に足を踏み入れた。
そこは思いもよらぬ惨劇が繰り広げられた様子が窺われた。
布団やシーツ、枕などが破壊され、中の綿や羽が飛び出て、舞っている。その真ん中に触りこんでいる少年が宮部だとは直ぐには理解できなかった。
佐村も山賀も唖然とした。
「宮部さーん、お友達がお見舞いに来てくださいましたよ」 看護婦は腰を屈めて、出来るだけ優しい声音で、宮部を刺激しないようにしているようだ。
「よ、よお、宮部。久しぶりだな。……げ元気か?」流石の山賀も動揺している。
佐村は何も言えずに呆然としていた。
ゆっくりと顔を上げた宮部。すっかり痩せ細ってしまい、頬がこけている。その虚ろな目は、佐村が見たあの時のままだ。
すると、宮部は急に呻きだし、3人から遠ざかろうとする。
「うやぁ、あぁ、っあ、あっ」 そのまま、ベッドの奥に隠れたしまった。
「やっぱり、ダメだったか……」看護婦はため息をつく。
「……あの、宮部君はどうしてしまったんでしょうか?」 佐村がようやく口を開き、看護婦に尋ねる。
「……んー。それがね、ずっとあんな感じなのよ。まるで、何かに怯えているみたいで。
私が近づくと、直ぐに今みたいに逃げてしまって。酷いときでは、物を投げつけられたりして……」と看護婦は部屋の惨状を見渡した。
「……怯えている、ですか」
山賀が口に出して反芻する。
その日の帰り道、佐村は山賀に聞いた。
「あの時、神喰の顔は、俺達の方からは見えなかったけど、物凄い形相していた、とか?」
「ふはは、それは無ぇだろ」
「……だよね」
すると、山賀は急に立ち止まった。
「どうしたの、山賀君」
「俺よォ、やっぱり宮部君が負けたなんて信じられねぇ」
「え?」
「俺、停学明けたら、神喰をシめる」
「ちょっと、何言ってんだよ!これ以上問題を起こせば、停学どころじゃ済まないよ!」
「ああ、だから正々堂々と、正式な勝負を申し込む。
それで証明するんだよ。Fランクは、BやCよりも弱いってことを。……宮部君の雪辱を晴らすんだ」
「でも、その勝負って、神喰が了承しなければ、成立しないじゃないか。神喰にそれを受ける理由なんてないし」
「……あいつはきっと受けるだろう」
「え、根拠は?」
「勘」
「えぇ?! じゃあ、その勘が当たらなかったら?」
「無理矢理受けさせる」
「結局、また大事にする気なんじゃないか」
「別にそれでもいいさ。このままだと、神喰は調子に乗ったままだ。Fランクのクセに、それは許せねぇ」
山賀の目は本気だった。闘志に燃えていた。佐村は止めなかった。それを理解できたから。
停学が明けたのは、ゴールデンウィークも終わった頃だった。
山賀は朝一番に神喰了に決闘を申し込んだ。そして、神喰了はそれを受けたのだった。
佐村は気づいていた。神喰了がこの決闘を受ける理由は、ただ一つ。
Fランクの神喰は、Cランクの山賀に、勝てる自信があるのだと。普通は、そんなことは有り得ないのだが……。
……佐村には、その自信の根拠まではわからなかった。しかし佐村は、実際に目の前で、Bランクの武装した宮部を前に微動だにしない神喰を見ているのだ。若しかすると、本当は宮部に対して「何か」を仕掛けていたのかもしれない。
そして、今回もその「何か」で山賀を返り討ちにする自信があるのかもしれない。佐村はそう考えた。
しかし、それはただの可能性、憶測の話で、直ぐに山賀が勝つだろう、と思いたかった。なぜなら、それはランクというわかり易い指標によって証明されているはずだったからだ。高ランク者と低ランク者が戦えば、もちろん高ランク者が勝つはずだと。
頭の片隅に小さな不安を残したまま、決闘は開始された。
山賀が余裕を持った表情で武装を展開していく姿がモニターに映し出される。
もう一方のモニターには神喰が映し出されるようになっているのだが、神喰はしばらく所定の位置から移動せずにただ立っているだけだった。
「おいおい、今更怖気付いたのかよ」とか「早く動けよ。魚が動かない水族館ほどつまらないものは無ぇよ」など、野次が飛び交う。
皆が期待するのは、山賀が神喰をいたぶる姿。そう、まさに古代ローマのコロッセオのような、グラディエーター同士の戦闘が見たいのだ。
まさか、その期待が裏切られようとは露ほども思っていなかったはずだ。
突然、神喰は動き出し、奇怪な行動をとった。
手近な岩陰に隠れて、白い制服の上着を脱いだ。その立体的な形が崩れないようにして、そこに制服を設置したのだ。
そして、神喰はまた別の岩陰に隠れた。
――そんなバレバレのフェイクに、山賀君が引っかかるはずはない!
神喰の「舐めプ」に観客席の一部で失笑が起きる。
山賀も流石に騙されなかったようで、神喰本人が隠れた岩に向かって走り、外から回り込んだ。
……のだが、そこには神喰の姿は無い。あるのは白いカッターシャツだけだった。
観客も佐村も目を疑った。確かに、神喰本人が隠れた岩陰であったはずなのに、また例のバレバレフェイクが施されている。
――神喰本人は何処に?
山賀も同様に動揺している。……にしては大袈裟な慌てようだが。
いつの間にか出現した神喰は、その隙を突いて山賀に素手で殴り掛かる。
佐村の予想では、山賀が岩に周り込む寸前に、神喰もまた岩を同じ方向に周ったのだろう。
まともに鳩尾に打撃をくらった山賀はふらふらと後退る。
そこに神喰の追撃が行われる。1発1発は大した威力ではないものの、山賀は一方的にやられるばかりだ。
ようやく拳に武装をし終えた神喰は、アッパーカットを繰り出し、山賀をダウンさせた。
モニターに表示される山賀の意志ゲージは一気に減少し、皆無となった。
神喰の勝利が告げられ、会場は歓声に包まれた。
その翌日、山賀は学校に来なかった。結局、その週は終わりまで来なかった。さらにその翌週も……。
すっかり不登校に成ってしまった山賀を連れ戻すべく、佐村は山賀の住むアパートに向かった。
聖和時代とは思えない程のレトロな雰囲気の平成荘というアパート。山賀はその1階の端の部屋に住んでいた。インターフォンなどはついていない。
佐村はドアをノックする。「佐村です。久しぶり」
しかし、返事は無い。
今度はもう少し強くノックを繰り返し、また少し大きな声で呼びかける。「山賀君、居るんだろ?! 返事をしてくれよ!」
「……」 古ぼけたドアは沈黙を貫く。
「山賀君!!!」
ドンドンドンドンドン!
「……」
シーン。
「山賀君ってば!」
ドンドンドンドンドン!
「……」
諦めた佐村は、その日は引き返すことにした。
ドアの内側で山賀は考えていた。
「黙れ」と凄んで「ドン」とドアを叩き返した方が良かったかな……と。
佐村は孤独になった。以前まで学校でつるんでいた宮部は入院し、山賀は不登校になった。佐村は学校で孤独感に苛まれ、不安に押し潰されそうだった。
いつも佐村を「ある意味」引っ張っていたのは、宮部と山賀だった。佐村は憧れの宮部に付いていけば、何でも安心だった。その存在を失ったことは、佐村にとって精神的ダメージが大きかった。
行動指針と自信を失なった佐村は、何も考えられなくなって、ただボーッと過ごす時間が増えた。授業では集中することが出来なくなり、実習の時間には怪我まで負ってしまった。
「佐村くん、そんなミスなんてらしくないなあ」と同じクラスの生徒に言われてしまう始末だ。
だが、まだ佐村には希望が残されていた。
未だ引きこもり中の山賀である。彼を学校に引っ張り出すことが出来れば、佐村はまた安心して生活することができるようになるはずだった。
またあのレトロなアパートを訪れた。
古びたドアをノックする。
「山賀君。俺です、佐村です。」 この時点で山賀が快く招き入れてくれることは無いことは既に悟っているため、間髪入れず言葉を続ける。
「ねえ、学校に、行こうよ。いつまでも落ち込んでないでさ。切り替えようよ」
「……」
「あんなの、忘れてしまえばいいじゃないか。またつ……」 佐村は、山賀がFランクに負けたことを気にして学校に行けないのだと思っている。
「うるせェェエエ工!!!!」
ドア越しにも関わらず、突然の大音声に佐村は筋肉を強ばらせた。
「どうせ、お前も俺の事、バカにしてんだろ?!!
もういいんだよ!! 」 山賀は厨二病的黒歴史が暴露されたことを気にして学校に行く勇気がないのだ。
「いや、そんなことないよ……!」
「黙れ!」 ドン。「そういう言葉はもう信用しねぇって、決めてんだよ!!! もう帰れ!!!!」
「……」 佐村は肩を落として家路に向かった。
その日、佐村は夢を見た。
宮部、山賀と佐村は3人で仲良く談笑しながら、歩いていた。すると、突然目の前に大悪魔・神喰了が現れた。大悪魔は手の平を上に向けて体の前に差し出し、人差し指をクイッと2回曲げて、挑発した。
怒りが沸騰した宮部は武装を展開し、悪魔に襲い掛かるのだが、無残にも殺られてしまう。
次に山賀が、その報復と言わんばかりに、武装し斬りかかるのだが、同じように返り討ちにされてしまう。
1人残された佐村は逃げようとするのだが、足が全く動かない。まるで石になったようだ。
ゆっくりと悪魔は佐村に歩み寄る。佐村は足を動かそうと必死に体をくねらせる。
悪魔の手には包丁が握られている。
――あ、あ、あ、あ、あ。
佐村の心拍数が上昇する。
佐村は一思いに自らの腹に、自らの手で包丁を刺した。