6話
「風雷刃ッ!」
アヴィリがラールジャに風を纏った剣を振るった。
剣から圧縮された空気の渦が飛び彼のローブを切り裂く。
しかしラールジャはそれをかわした。彼の背後の壁が崩れ落ちる。
再び剣に暴風が宿る。
まるでアヴィリから小型の竜巻が発生しているようだった。
竜巻からは電気が発生しているようでバチバチと音を立てている。
彼はそれを鞭のように使う。
ラールジャはそれを避ける。しかし風の鞭は彼を追ってくる。
離れると風の弾となり、近づくと肉を切り裂く鞭になる。
ラールジャのローブはすでにアヴィリの攻撃でボロボロになっている。
「やっかいな武器だ。まるでウルミだな」
ラールジャはアスラ族も使っているやわらかい金属でできた護身用の鞭剣を思い浮かべた。
しかし目の前の剣は射撃武器にも鞭剣にもなる。威力もまるで違う。
間髪入れずにアヴィリが背後の天兵たちに命じて光弾呪文を唱えさせ発射させる。
ラールジャに光弾が降り注ぎ風塵が舞う。
「やったか!」
天兵の一人が勝利を確信して叫ぶ。
アヴィリもこの攻撃を受けてラールジャが無事であるとは思えなかった。
風塵から紫の炎がゆらめく。
そしてその炎は物凄い速度で天兵へと向かって飛んで行き彼の腹部を貫いた。
天兵が自分の腹をみると炎が燃えている。そして一気にその炎の柱となり彼を包み込んだ。
天兵の断末魔が響く。
仲間が彼を助けようとするがあまりの高温で近づけなくなった。
「冥炎弾といったところか」
ラールジャはアスラとして戦をしていた頃、火炎呪文を使うことが使うことができた。
しかし今の彼から出てくる炎は赤色の炎ではない。紫に光る禍々しい炎だ。
その威力も明らかに異なっている。火炎弾は牽制、攪乱目的で使う事が主だったが冥炎弾は敵を葬る事ができる。
その威力にいい意味で驚いた。ラールジャはあのメガネの男に感謝を言いたくなった。
逆に天兵たちがラールジャが生きていたこと、そして冥炎の威力の凄まじさに絶句した。
あれにあたったら死ぬ。ラールジャもまた近接武器の方天戟、遠距離の冥炎弾で隙がなかった。
今いる場所が安全ではないとわかった天兵は後ずさる。
アヴィリが再び飛んできた冥炎弾を風雷刃で迎えうつ。竜巻に冥炎弾は弾かれて壁を燃やした。
幸運にも彼の武器は冥炎弾の方向を変えることができた。
アヴィリは兜の下でニヤッと笑った。
「ほお、それは便利だな」
ラールジャが関心する。天兵たちはアヴィリが冥炎弾を撃ち落とした事で士気を取り戻したようだ。
――狭いところだと向こうが有利か。
風雷迅は剣に纏った竜巻でありその部分には実体はない。
邪魔だと思えば切り離せる。
ラールジャの方天戟は廊下で使うには大きすぎる。
しかし今のラールジャの力ならこうも使える。
ラールジャは紫に光る方天戟を壁に向けて叩きつけた。
石壁が吹き飛び夜の闇が広がる。そこには大穴が空いていた。
外にはアヴィリたちとは別の天兵が集まっていた。エヴィアの子供たちは彼一人ではない。
「まて! 逃げるか!?」
アヴィリはラールジャを呼び止める。彼はすでに穴から外に出ようとしていた。
「違うな、外なら全力を出せるだろう?」
ラールジャはアヴィリに向けて邪悪な笑みを浮かばれるとボロボロのローブをなびかせて外へと飛び出した。ここは白光閣の二階である、彼は飛翔している。
その瞬間、空中の彼へとめがけて多数の光弾が放たれる。
しかし彼はそれを方天戟で払った。空中に紫の円が描かれた。弾かれた光弾が外の天兵たちを襲う。
「さあ、戦の時間だ! 俺はアスラ族のラールジャだ!」
着地したラールジャは天兵の集団へと向けて駆ける。武器から放たれる紫の光が稲妻のようにも見えた。
そして兵士たちの前で方天戟を振るう。
彼らは天装を纏っているにもかかわらず。一瞬で生命活動を終える。
ラールジャの周囲から天兵が消え、後ろの者たちに肉片が降り注ぐ。
「かかってきな!」
相手は本当に神族なのか?
――自分も一瞬で殺される。
天兵たちが大男の一撃で戦意を消失した。
先ほど撃った光弾でも無傷だったのだ。後方の兵は逃亡をはじめた。
ここには人間兵も集まっている。彼らにはラールジャはまさに神のような化け物にみえた。
そこに追ってきたアヴィリたちが駆け付ける。
「貴様ら! あいつは反逆者だ! 奴を打ち取ったものは神の元で寵愛されるであろう!」
天兵たちはゴクリと喉を鳴らした。
神の寵愛、それはただの天族が美しい神と夜を共にして子を作り、親族になれるという事だった。
彼らはそれを聞き武器を構えなおす。出世の大チャンスなのだ。
しかしアヴィリ所属の天兵はこの様子を絶望的な目で見つめていた。
寝室にあった天蓋の布の中にはその神の首が入っているからだ。
もはや彼らはこの場に逃げ場所が無い事を悟る。
守るべき神は既に死に、その復讐でラールジャと向かい合っている。
そこに黄緑色で一際目立つ装飾がされた天装をまとった天兵の将がアヴィリに近づき肩を叩く
「アヴィリ! あいつは俺にやらせろ。アイツからは魔の臭いがする」
「ローデス、気をつけろ。アイツの武器は天装を破壊するぞ」
ローデスはアヴィリの異父弟である。幼い頃より友のように育った仲だ。
彼は魔物討伐を得意とする天人将だ。母より授かった天装を破壊される事など今まで無かった。
「ほんとうか!? あの光る武器は打撃武器に近いのかもしれんな」
「いやそうではない、アイツの斧とも槍ともいえないあの武器は我らの胴体を二等分にしてしまうぞ」
「あー破壊ってそういうことかい。なら連携で叩こうや」
「任せろ。アイツは一人だ。風雷刃と光弾でいくぞ」
「おう!」
ローデスもアヴィリと同じように剣を構え呪文を唱え、竜巻の鞭の如くの剣を出現させた。
アヴィリとローデスの剣はまるで双頭の蛇のようである。
「面白い! 俺もとっておきを見せてやろう! フゥン!」
ラールジャが気張ると肩から左右対称の腕が4本生えてきた。
デーヴァと戦うためにアスラ族が生み出した術である。
天兵たちはその異形に驚き恐れる。
方天戟を握る右手、そして残りの腕の手のひらには冥炎弾が発生していた。
「あいにく武器がこれしか無いんでな。あとは全部冥炎弾だ」
そういうと彼は天兵めがけて冥炎弾を放つ。
その威力はロケットランチャーのようである。
高速で飛んでくる紫の光をアヴィリが弾こうとするも全ては無理であった。
不幸にも冥炎弾が直撃した天兵や人間兵が肉体ごと吹き飛ぶ。
異形の姿になって部下を消し飛ばしたラールジャを見てローデスは彼が魔族だと思った。
「ローデス! アイツの炎を防ぐのを手伝え!」
「あ……ああ! 来るぞ! 風雷刃!」
なんとかローデスは冥炎弾の連射から部下たちを守る。
アヴィリは一方的にラールジャから冥炎弾を浴びせられているこの状況を焦っていた。
――まずい。防戦一方だ。我々もいつかは気力が尽きる。神を殺せるアイツに限界はあるのか。
すると冥炎弾を連射していたラールジャの姿が消えた。
――何処だ!!
アヴィリは驚異的な威力の冥炎弾に気を取られてすぎていた。
ラールジャは高く飛び上がりローデスの真上にいた。
「ローデス上だ!」
「えっ!」
ローデスは剣を急いで頭上に構える。防御の構えだ。
ラールジャが両手で方天戟をローデスに振り下ろす。
ガキイイン!
風雷刃で覆われていた刀身に方天戟がぶつかる。
「ちっ! 気がついたか!」
「くっそおおおお!」
ローデスを救援しようとアヴィリが部下に命じ光弾を打ち込ませて、剣から暴風を飛ばすもいずれも冥炎弾で相殺される。
「でもまだ手はあるんだぜ」
ローデスの兜めがけてラールジャの肩から生えている手が冥炎弾を放った。
ボン!
紫の炎が破裂する。
首を失ったローデスの身体は武器を防御の姿勢のまま後ろへと崩れ落ちた。
天装が光となって消える。
「ローデスゥゥ!!」
母を殺され、弟を殺されたアヴィリは怒りに任せて風雷刃を振るう。
しかしいずれも攻撃もかわされ、方天戟で受け止められてしまう。
「おのれ! 化物!」
血眼になってラールジャを睨みつける。
彼は全く疲れた様子は見えない。
「アヴィリさま! お退きくだされ!」
天兵たちがアヴィリに向かって叫ぶ。
「どこに退くというのだ!」
アヴィリは部下に吠える。もう守るべき神はいないのだ。
その隙をみてラールジャはアヴィリを方天戟の柄でふきとばす。
アヴィリは気絶して天兵たちの方へと突っ込んでいった。
ラールジャが恐怖のどん底に落ちた天兵を睨みつけて叫ぶ。
「天人ども! この街から立ち退くなら命は助けてやろう! 抵抗するなら皆殺しだ! この神のようにな」
そう言うとラールジャは白光閣へと冥炎弾を放つ。
その館は巨大な紫の火柱と化す。
首を失ったエヴィアの肉体が炎に包まれていく。
あの愛らしい姿の神が天兵たちの前に現れる事はなかった。
天兵たちは神が死に、戦に負けたということを悟った。
そして急いで撤退をはじめた。向かう先は他の神領である。
この反逆者の事を何としても他の神たちに伝えなくてはいけない。
天人の家族たちも燃える白光閣を見て事態を把握して最低限の荷物で城を脱出した。
天馬車の荷台に載せられたアヴィリもまた城壁の外へと運ばれていった。
生き残った天兵たちは思った。
あれは魔王だと。
エヴィア神領首都ビバールの陥落。
神エヴィアが死に、天兵たちがたった一人の反逆者に負けた。
その出来事は直ぐに近隣国家に伝わり、この世界の秩序を大きく揺るがす事態となるのである。