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2話

 武器を握った瞬間、体が無くなったような感覚が広がった。

 その衝撃に三人は思わず目を閉じる。


 しかしそれは一瞬。


 すぐに感覚が戻ってきた。音が聞こえる。虫の鳴き声だ。

 目を開く。そこは満天の星が広がっていた。「おお……」思わず声を漏らしてしまう。

 青年はよく知っている空と違ってここはまさにプラネタリウムのようだと思った。

 暗闇の中に立つ三人の黒い影。アスラ族の大男は周囲を警戒するが他に誰もいないようだ。


「まさか無人の荒野に落とされるとはなー」


 人間の青年が思わず愚痴る。彼は街中で召喚されるとでも思っていたのだろうか。


「いや、時間、場所は完璧だろう」


 そして自分の黒いローブを確認したアスラは満足そうである。青年は不思議そうにアスラの言葉の意味を考えてみる。

 時間は夜、場所は荒野。そう……彼らの事はまだ誰も知らない。


「そうか、俺たちは悪神を倒す事ができる天敵か……ここは悪神の支配世界、発見されてしまう事に気を付けないとな。この武器はこの世界の人間たちを救える解放の剣。つまり俺たちは人々の希望。それは俺たちが新しい人生を手に入れる為の使命だよな」


 天人の少女が青年の方を見る「え?」という顔である。その瞳に見つめられて青年は恥ずかしい事を言ってしまったのかと焦る。

 フフフと少女が口を手に抑えて笑っている。「そっか、そっか……」青年の反応が可笑しかったのだろうか。


「いえ、そういう『解放者』って風にも捉えられるのね」

「例えるなら伝説の勇者さまってやつかもね」


 そう言うと剣を一振りしてみる。薄暗い夜の闇を紫の光が弧を描く。

 悪神を倒す。自分がその戦いで何ができるのか想像した。憧れていた冒険小説の勇者の剣……悪神を斬る剣が具現化したのだ。


「ほお? 勇者ね。人間、お前は人を殺したことがあるか?」


 アスラが剣を振るう青年を見て話しかけてきた。

 一体何を言い出すんだ。そんな顔で青年はアスラを見る。彼の視線は赤く自分を射抜いていた。

 人間を殺す。彼の世界には、いや彼の国には人を殺したものは裁かれるという法律があった。それ以前に人が同族を殺すという行為に抵抗がある。


「あるわけないじゃないか」

「なら自分が食べるための獣や魚はどうだ?」


 アスラの問いを考える。自分は血で汚れた事がないのだ。そう気がついた。既に調理されている肉や魚は誰かに殺された物だ。自分が手をかけたわけではない。


「いや、ない……」


 ――次は虫とでも言うつもりか?


「そうか、質問を変えよう」


 そういうとアスラは少女の方に歩み寄る。そして彼女に方天戟を向けた。突然の行動に「ひっ!」と思わず少女が叫ぶ。そして青年の方を向く。


「お前はこいつをその剣で殺せるか?」

「どういう事だ? 冗談やめろよ。意味がわからない」


 アスラはまだわからないのかと言うような顔をしている。方天戟の穂先を少女から逸した。少女が安堵のため息をつく。


「お前がさっき言っていた悪神って奴らはこいつとさほど変わらねえ見た目って事だ。天人と神の違い、それは不老不死ってだけだろ?」


 ――彼女と同じ……? 

 少女が許しを請いながら、無表情な顔をしている自分の剣に貫かれて死ぬ姿を想像した。身体から剣を引き抜いた時に飛び散った血が自分を赤く染める――


「くっ……」

「いいか? 続けるぞ? そいつらは本当に悪なのか? そりゃあ冥府のアイツにとってはルール違反って奴かもしれねえ」


 先程のメガネの男の笑う姿が脳裏に浮かぶ。


「だが神を名乗る連中がいる事が当たり前になっているこの世界で人間に崇拝されているとは考えないのか? その時、悪神を殺すと宣言するお前はどうなる? 誰がお前を信用する?」 

「そ、それは……」


 ――甘かった……俺は決してこの世界の勇者ではない……住民から尊敬を受けることなく……石でも投げられるだろうな。それならまだいい。きっと俺たちに剣を向けてくる。なら俺の剣は彼らを……


「くそっ」


 青年は目をつぶり、唇を噛み締める。己の理想が不可能に近い事を悟った。


「私たちは歓迎されることはまずないわね……」

「アミーシャ、お前も天人を殺したことがないだろう?」


 アスラが少女の名前を呼び尋ねた。


「お前に名前を呼ぶことを許した覚えはないわ、これでも気持ちを抑えているから」


 アミーシャと呼ばれた少女が眉を吊り上げて静かに怒る。そのアスラを見る目には殺意があった。

 その視線にアスラは少し寂しそうな顔をしたようだった。


「そうか、許せ。もう一度言うぞ。天人を殺したことがないだろう?」

「あるわけないじゃない。そんな穢れる事……」


 そう言って彼女は自分があの紫に光る短剣を握った事を思い出した。

 ――私、同族を暗殺する為にここにいるんだった。

 青年の前向きな考え方に影響されて一瞬忘れていた。嫌な事だったので思考の外に置いてしまいたかったのかもしれない。

 アミーシャは自分の武器である短剣を見つめる。暗闇においても紫に淡く光っている。

 短剣をもつ手が震える。「な、なんで……」別の世界とはいえ同じ天人を殺す事になるのだ。

 彼女の短剣は天上界に忍び込み神たちを暗殺するという彼女の頭で導き出した攻略方法が具現化した武器の形と言えよう。

 アスラがアミーシャの震える手を見て、しかめ面してヤレヤレと手を広げる。


「ふん、お前らみてらんねえな」


 二人がアスラを見る。彼らの目には疑い、不安、恐怖、敵視の色が垣間見える。

 アスラは方天戟を二人に向けて叫ぶ。右手の親指で自分を指さした。


「まだわかんねえのか? 俺は『解放者』か? 『暗殺者』か? そんな事やってたら不老不死の連中といつまでたっても交互の追いかけっこだ。第二の人生を生まれる事なんていつまでもできねえ」


 二人はそれ聞き黙ってアスラを睨む。それ見てアスラは「フン」と鼻を鳴らし話を続ける。


「俺はな。記憶を持ち続け再び俺として生まれる為にこの世界に喧嘩を売りに来た。この世界の『侵略者』なんだよ。綺麗事なんていらねえ」


 アスラの瞳には戦の炎が宿っている。かつて戦い続けたアスラはこの世界でも戦うだろう。その為に彼の前に現れたのは大勢を打ち破る為の巨大武器、方天戟。

 その方天戟を軽々と空に掲げてアスラは叫ぶ。


「俺は、神に味方をする奴は全員殺す。天人も、人間もだ。軍ごとまとめて倒す。出てこずにはいられない状況を作り嫌でも戦場に引きずりだしてやる」


 そして二人の方を見る。アスラのとんでもない宣言にに二人はポカンとしていた。

 それも仕方のないことである。アスラは今、世界を敵にすると宣言したのだ。


「お前らはお留守番でもしておけ、気が向いたら俺が暴れている所を見に来い」


 顎を上にあげ二人を見下しニヤリと不敵に笑うアスラ。


「お、おい、お前、三人で行動するつもりじゃないのか」


 青年が反論しようとしたのと同時に、アスラは宙に浮かび上がる。


「いつお前らと仲間になった? 俺の名は『ラールジャ』! アスラの皇子だ! 俺と共に戦うつもりなら神の一人でも殺してみろ!」


 そう言い残すと一瞬で遠くへと飛び去った。

 呆然とした二人がそこには残された。


「ほんと勝手なやつ。いいわよ。私は私にできることをするわ」

「おい、アイツ放っといていいのかよ……」


 青年はラールジャが飛んでいった方を指さしてアミーシャを見たが、既に不機嫌そうに歩きはじめていたアミーシャを青年は急いで追いかける。


 ――きっとこれから不味いことになる。


 青年は再び空を見上げる。星空の中、月は赤く輝いていた。

 それはこの世界に大いなる災いが訪れた事を人々に告げるような不気味な色だった。

 不老不死と第二の人生、お互いに生を求める者たちの戦いが始まった。

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