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1話

 

 ボッ、ボッ、ボッ 薄暗い宮殿のような空間に三つの炎が揺らめく。

 その炎は少しずつ人の姿をかたどっていく。

 一人は青年、一人は大男、一人は少女。

 彼らは命終える前の姿を取り戻している。



「一体なにが……」


 青年が自らの身体を見て呟く。何もかもその日のままだ。

 無理もない、彼は交通事故で死んだのだ。

 肉体が事故後のままならば痛みで気を失っていたであろう。

 人間にとってはよくある死。

 彼は人間に生まれた。彼の人生とは挫折の繰り返しだった。

 ささいな意見の衝突で職にもつけなかった。苦悩で眠れない日もあった。

 人を信じる事をやめようと思った日もあった。

 だがそれでも生きていこうという意思は強かった。生きていたらまた頑張れる。

 しかしその終わりは突然だった。

 死ぬ前の一瞬彼は思った。

 まだ死にたくない――…と。



「俺は……」


 大男が自分の胸をみる。そこには致命傷となった傷がなかった。

 彼はアスラ族の王家に生まれた。アスラ(阿修羅)とは戦闘種族である。

 彼は軍を率い、多くのアスラ族の国を侵略し、併合し、国土を広げた英雄であった。

 次に彼は不倶戴天の敵である天上国(デーヴァ)へ遠征を始めた。

 しかしそこで出会った天人の少女によって阿修羅軍の歯車は狂った。

 彼は天上の破壊よりも、少女を奪う事を目的に軍を使い始めた。

 何度も繰り返される目的を違えた戦争によりアスラ族は一人、また一人と死んでいった。天上からはアスラ族の血が流れたという。

 そしてこの狂った英雄は、もっとも信頼していた部下に討たれた。

 そして戦争は終わった。

 死ぬ前に彼は思った。

 俺はまだやることが――…と。


「どうして……」


 少女が自らの服を見る。その衣装は新品のごとく美しく輝いている。

 彼女は天上国(デーヴァ)に生まれた、天の民は宝石のように輝く邸宅に住み、それぞれが究極の美とも言える容姿を持ち、長い寿命を持つ。

 彼らは生まれながら人間族、アスラ族を超える上位存在と自負しており、他の種と自ら接触する事はほぼ無い。

 しかし彼女はアスラ族を呼び寄せる『(けが)れ』として自らの一族に追放された。

 誰の助けを得ることもできずに、ゴミの中で飢えて死んだ。

 かつて美しかった肉体は見る影もない、美しかった衣装はボロ布となり、死体は汚物として処理されたという。

 死ぬ前に朦朧(もうろう)とする意識の中、彼女は思った。

 こんな終わりは嫌だ――…と。


 パァン!


 彼らの目の前の空間が歪む。そこから人影が現れる。

 黒いローブを着た謎の男だ。丸メガネが怪しく光る。

 三人は身構えようとした。しかし体が動かない。


「無駄だ。ここのすべての権限は私の元にある。今その姿を保っているのは私のおかげだよ」


 男は三人に歩み寄る。そして青年の頭に触れた。


「君たちは死んでしまった。ここは君たちだった存在が生まれ変わっていく冥府だよ」


 そう言ってポンポンと青年の頭を叩く、三人の表情が驚愕に歪む。

 無理もない、まさかと思っていたが実際に今、自分が死んだと認識したのだ。


「驚いたかい? 私は単なる君たちの生まれ変わる先に誘導する小役人さ」


 男がケラケラ笑う。男は指をパチンとならした。

 何もなかった空間から、風景が広がる。大きな街、小さな村、巨大な山脈、荒々しい海、深い森、そして空中に浮かぶ都市。そして様々な民族が映し出される。


「君たちが生まれ変わる世界は少し変わっていてね、多数の動物達、人間族がいる世界でそれらを神が支配しているんだ」


 男が真面目な顔になる。そして少女の方を見る。


「もっとも神を僭称(せんしょう)する愚かな天人族だがな」


 少女がビクッとする。彼女は天人だ。何か思うところがあるのだろう。男の視線から目を逸した。


「奴らは不老不死の技術をどうやってか手に入れて死を逃れる事に成功したらしい。忌々しい、輪廻のルール違反だ」


 男は悔しそうに舌打ちすると少女から視線を外して浮かんだ風景の方を見る。


「君たちはこの世界に人間として記憶を失って一からの人生を歩んでもらう事になる。この世界で人間種は天人の奴隷と言ってもいいだろう」


 男はアスラの大男の方を見た。視線を感じ大男が呟く。


「なぜ、人間は天人に抵抗しない?」


「さすがアスラだね。でも人間の気持ちがわかるかい? 実際に存在している神たちに歯向かい、周りのすべてが敵になるような愚行を誰がやると言うんだい? 彼らにとってはそれがずっとアタリマエなんだよ」


 アスラは「チッ」と舌打った。男は構わず語りながら三人の周りをぐるぐると回り、三人の顔を伺っていた。

 そして青年の前に止まると顔を近づけた。さすがに青年も驚き「うわっ」と叫び、後ずさろうとしたが動けない。


「君なにか言いたいことありそうだねえ」


 男はニヤッと笑う。


「……役人さんですよね? ええと、俺たち三人をここに呼び出したのには他に理由があるんじゃないですか?」


 何とか話すことができた青年の言葉でハッとしたアスラと少女が役人の方を見つめる。役人は不気味にニッコリと笑った。


「いいねえ! 察しが良くて助かるよ」


 パチ、パチ、パチ、男が手を叩くと空間が歪みはじめる、男は話を続ける。


「君たちはこの世界に生まれていく命の中で特にまだ生きたいと強く願った者たち、その中でも見どころがありそうな人材で選ばれました。流石に動物さんたちには頼めないからねえ」


御託(ごたく)はいいさっさと用件を言え」


 アスラが怒鳴る。回りくどい言い方をされていい加減イライラしているようだ。

 男がおお怖い怖いという仕草をして歪んだ空間から紫色に光る大鎌のようなものを取り出した。その大鎌は明らかに農具には見えないほど禍々しかった。大鎌の光で男のメガネが怪しく光る。

 男の行動がわからず三人は目を見開いた。


「君たちはさあ、生まれ変わる時に記憶が無くなるのは嫌かい?」


 男の発言に、少女がついに叫ぶ。


「嫌よ! 私が私で無くなるって事でしょう?」


 その言葉にやれやれと首を振る男、そしてこう言った。


「それは認識の違いだねえ、君は君である。だが別の肉体、別の人生があるだけだ」


 男の言葉に少女が涙を流し始めた。アスラがそれを見て(うな)る。

 もっともその涙も怒りも今は彼が作り出したものであるが。


「――だが君たちは記憶を継続して生まれ変われるという方法がある」


 鎌をぶんと振り回す男。そして浮かぶ風景に向けて鎌の刃を向ける。

 三人はその言葉に強く惹かれた。一瞬で彼の事を信用してしまいそうになる。


「神を殺せ。いや、神を僭称する不老不死の罪悪人を輪廻(りんね)の流れに戻す作業だ。それが終わったら晴れてそのまま記憶をもったまま新人生だ」


 振り返ると真顔でそう提案した。


「やるぞ……ただし、力が欲しい。奴らを倒す力が……!」


 アスラがその提案に乗る。その目には炎が宿っていた。


「私もやるわ……まだ消えたくないわ」

「神殺し……なんかやばくないか? でも……同じく消えたくない。これからも生きていたい。俺もやらせてくれ」


 残りの二人も同意する。三人が提案に乗った事を確認した男は満足そうな顔をして、手のひらを三人に向けて光を放った。

 紫色の炎が三人を包む。炎に驚く三人の衣装が変わっていく。

 彼らの服は、男と同じ黒いフード付きのローブとなっていた。黒ローブが並ぶ姿は不気味であった。

 体の内側から起こる未知の力に青年が目を丸くしている。少女もアスラも今まで以上の力が自分に宿った事を感じた。


「君たちには私と同様の冥府の力が与えられる。そしてこれも『プレゼント』だ」


 そう言い男が手を叩くと三人の目の間の空間が歪み、武器が現れた。それは先程の大鎌ではない。

 人間の青年の前には片手剣が。

 天人の少女の前には短剣が。

 そして、アスラの前には方天戟(ほうてんげき)によく似た巨大な武器が現れた。


「君たちがこれから奴らをどうしたいかによって武器が変わるんだけど個性があって面白いねえ」


 武器を見て男がケラケラ笑う。

 三人はお互いの武器を見比べたがさっぱりわからないという顔をしている。


「これはねえ、不老不死の連中などの決まっている輪廻を守らないでひとつの世界に固執する悪い連中を狩るための冥府の武器だよ」


 そう言うと男は大鎌を手に持ち三人の前に掲げる。 


「さあ武器を取れ。君たちはこれをもって一時的に死神になる。まあ死『神』といったって神じゃあない、債権回収班ってところだけどね。第二の人生の為に頑張ってくれよ」


 男が大釜の柄で床をカツンと叩く。すると三人は体が動くようになった。


「死神……!?」


 三人は息を呑みながらも目の前に浮かぶ武器を見つめる。

 青年がふと隣を見る。少女と視線が合う。コクンとお互い頷く。二人はアスラを見ると彼は真っ直ぐに方天戟を見つめていた。

 ほぼ同じタイミングで三人が武器を取る。すると三人の姿が一瞬で宮殿から消え去った。


「さあ冥府の勇敢なる死神よ! 悪い悪い神たちを討ち滅ぼすのだ……」


 両手を高く広げオーバーな演技をした男は誰も居なくなった宮殿の中で浮かぶ世界の風景を見ながらニヤリと笑らった。

 そして大鎌を担いでその姿を消した。


 神の統治する世界に冥府からの刺客が今放たれた。

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