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銀杏  作者: 風忍
4/6

よっつめ

いきなり。初めて杏お姉さんと会った時位にいきなり話しかけられた。驚いてすごい勢いで振り返った。

 五十歳位のおじさんは唐突にボク等に話しかけてきた。

「君たちだろう。手紙をくれたのは。」


「君たちだろう。手紙をくれたのは。」

問われた言葉の意味がよくわからない。

「ほら。“公園をなくさないで”って手紙だよ。」

「えっ。はっはい。」

驚いた。手紙はしっかり届いていた。受け取って読んでくれていた。

「どうしたー?」

 そこへ他のメンバーも走って合流してきた。

「おぉ。やっぱり。ここ数日練習見てたんだよ。」おじさんの顔がほころぶ。

「なぁ。なに?」

他の子は全く理解ができていないようでヒソヒソと耳打ちをする。

―いや、まぁボクもいまいち事態が呑み込めてないんだけど―

代わりにシュンがみんなに説明をしてくれている。

「私は、この公園のところの土地の所有者なんだけれども。あっ所有者って言うのは持ち主っていうことなんだけれども。」

「はい。」理解するのが難しい。

「ここをね。売る気だったんだよ。なんか駐車場にするとかでね。この街の役所の人に。」

「役所の人は・・・えっと偉い人?」

シュンに聞いてみる。

「まぁそんな感じ。」

シュンは簡潔に答えてくれた。

「でもね、次の日に権利書を渡そうって日に手紙が届いてたんだよ。君達の。気になっちゃって。」

「気になったの?」

ボクが尋ねる。

「うん。だって差出人が木下公園ってなってるし。そういえば差出人の字はうまかったけど君達の字?」

「えっ。いや違います。」

「そっかぁ。あっえっとそれで中に写真も入ってて。」

「写真?」

早口でいろんな内容をごっちゃにいっぱい話すので分かりにくい。答えるのに必死だ。

「あぁそう。これこれ」

そういって十五枚位の写真を見せてくれた。ボクらが野球をしているところは写っている。「それで見に来てみたら本当に楽しそうに野球しててさ。」

「えっとそれで・・・。」

「あぁ。売りに出すのやめたんだ。」

「えっ。」

「いやぁ。役所の人に怒られちゃったよ。前日になっていきなりやめたからさぁ・・・」

理解が追い付かない。売るのをやめた?

「じゃぁ公園は?」

シュンが答えを急かす。

「もちろん。なくならないよ。」

おじさんの声がやさしい。なんだかぼーっとする。風も暖かいし、鳥の声がよく聞こえる。

 周りを見る。みんなと目が合って、うれしくて、抱きついて、帽子を投げて喜んだ。


 あれから三日たった。公園のフェンスは取り外され元の公園が戻ってきた。

でもあの日から杏お姉さんが姿を現さなくなった。最初は

「忙しいんだよ。」

と普通にしていたが、段々と心配になってきた。相変わらず公園がなくならなくなったのだからと公園に集まり野球はしている。

 そういえば最近はあの土地の所有者?のおじさん、駒田隆さんが練習に来てくれている。

「俺は昔、高校球児だったんだぞ。甲子園にもいったんだ。」

というだけあって駒田さんもすごくうまかった。みんなにやさしく教えてくれている。

「なぁちょっと。」

飛ばしたボールを拾いに行ったユウ君が呼んでいる。みんなで走って行ってみるとそこにはボールとバットとグローブが置いてあった。

「これがどうしたの?」

ユカちゃんが尋ねる。

「これって・・・。」

「あっ」

―わかった。無機質な金属のバットに映える黄色いグリップ。ボールとグラブには銀杏の刺繍は入っているから。これは―

 杏お姉さんの道具だ。

駒田さんが「どうした」といって走ってくる。

「はぁ珍しい刺繍の入った道具だなぁ。そこの大イチョウの葉みたいな刺繍だな。」

と持ち上げて見ている。

みんなは目の前に立つ大イチョウの木を見上げた。


「ねぇシュン。」

「なに?」

二人だけの帰り道。みんなには用事があると嘘をついてしまった。先に帰っただろう。

「あのさぁ」

「うん。」

なかなか切り出せない。シュンもどこか上の空だ。

「多分。」シュンがまた切り出してくれる。

「分かってると思うけど。」

 手で駒田さんに頼んで貰った写真をもてあそぶ。写真を撮ったのは公園がなくなるかもしれないと知った次の日。ユウ君が記念に撮りたいと言って持ってきていたのだ。集合写真のようなものは杏お姉さんがシャッターを押した。

でもそのほかの写真はユウ君が勝手に試合中に撮っていた。

その写真にランナーに出ていた時の、守備に就いていた時の杏お姉さんが写らないはずはない。

でも、写真のどこにも杏お姉さんの姿はなかった。

「うん。そうだよね。」

「どうしたい?」

「シュンは?」

二人とも口を閉ざしてしまう。

 杏お姉さんは今日も来なかった。


 次の日。

キーンコーンカーンコーン。

いつものチャイムが鳴る。みんなに

「じゃあね。」

といって今日も二人で残る。

 オレンジ色の公園に二つの影が伸びる。


 1時間くらいたった。日はほとんど沈んで暗くなってきた。

「子供が遊んでいる時間じゃないぞ。早く帰りなさい。」

「えっ。」

後ろから澄んだ声が聞こえた。ずっと二人で待っていた声。

「杏お姉さん。」

振り返るとそこにはいつもの杏お姉さんが立っていた。

「やっぱり来てくれた。」

「やっぱり?」

お姉さんが不思議そうな顔をする。

「はい。」シュンが話し出す。

「杏お姉さんは絶対ボクらが遅くまで残ったら心配してきてくれるだろうって。」

「・・・はぁ。心配させないでよ。」

とため息を吐く。

目が合って三人で笑う。

「あのさ。」

言わなきゃいけないことがあった。

「杏お姉さんってこの公園だよね。」




「杏お姉さんってこの公園だよね。」


「公園って?」

杏お姉さんが言う。表情は暗がりでよく見えない。

 ボクとシュンは続けることにした。

「だって、名前。木下って。この公園木下公園だし。」ボクが言う。

「道具の刺繍は全部この公園のイチョウの葉だとはなかなか気付かなかったよ。」シュンも言う。

「写真に写ってないのは怖かったよぉ。」

ここぞとばかりにボクラは攻め続けた。


「あぁー。もうわかった。降参。」

 ついに杏お姉さんはうんざりというような声を出した。

「なんでばれたんだよぉ。」と言っている。

「だって杏お姉さんあまりに毎日来てくれたし・・・」ボクが答えてみる。

「小学生と同じだけ予定がないのは変だろ。」

とシュンも少し軽口を言う。

「いいじゃない。暇なんだし。野球したいんだし。」そう言ったのを聞いてボクらは思わず笑ってしまう。

 場が静まりかけたころにもう一度切りだす。

「最近はどうして来てくれなくなったの。」

そう言うと杏お姉さんはさびしそうな眼をして話し始めた。


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