みっつめ
一週間後
ボクとシュンはまた嘘をついた。
「ごめん。忘れ物しちゃった。」
そういって公園まで二人で走る。やっぱりまだいた。
「お姉さん。」
大きい声で呼ぶ。
「今度は何を忘れたの?」
お姉さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いてくる。ボク等も思わず笑う。
「お姉さんに頼みがあって。」
あいかわらず一言目が緊張して言い出せないボクの代わりにシュンが切り出してくれた。
「頼み?」
二言目ならもう大丈夫。
「うん。あのね、手紙を書いたの。」
少しずつお姉さんに近づく。
「誰に?」
「誰かに。」
そう言って紙の束を渡す。お姉さんは訝しみながら文字を目で追い始める。
「これは・・・。」
「公園をなくしたくないんだ。」
紙の大きさも、字も、長さも、内容もバラバラな紙束には共通して公園の楽しい思い出と“なくさないで”という思いがつづられている。
「手紙を書いたんだ。」
シュンが続く。
「これを工事をする人に送って。」
去年の授業のとき先生が言っていた。
「請願書、というものを知ってるかな?何かを訴えたいときに書く手紙のようなものだ。教科書の三十八ページ開いて。詳しくはココを読むように。ということで今回は訴えたいことを作文にしてもらうからな。」
そう言って原稿用紙3枚以上の地獄の課題が降りかかった。まさか今、こんな風に使うとは思わなかった。
「全員がちゃんと書いてくれたんだ。」
「あなたが考えたの?」
「えっとまぁ・・・。」
と頭の中で先生の顔を思い出す。
「本当は」シュンが説明してくれる。
「本当は自分たちで全部やろうと思ったんだけど、どこに送ればいいのかわからなくて。」
そこで止まる。少しの間、誰も口を開かない。
「どうして?」
ボク等はお姉さんを見上げる。
「どうしてそこまでやろうと思ったの?」
答えは決まっていた。
「野球がしたいから。」
ボク等を誘ってくれた日のお姉さんと同じ。
急に少し頭が重くなる。お姉さんが頭をクシャクシャと撫でていた。なんだか前よりも強い気がする。お姉さんの顔が陰でよく見えない。泣いているような気がする。
いや、違った。
「分かった。引き受けた。」
お姉さんはやっぱり笑顔だった。
帰ろうとボクらは走りだした。
「あっお姉さん。」
思ったことがあった。
「あのね。ずっと気になってたんだけど。」
「なに?」
「お姉さんの名前教えて。」
「えっ」
「あぁそういえば聞いてなかった。」
とシュンも考え始める。
お姉さんはまだ答えない。
「お姉さん?」
その言葉に弾かれたように顔を上げる。
「あぁごめん。えっと木下 杏だよ。」
「杏お姉さん。またね。」
「また。」とシュンも言う。
「さようなら。」
そんなことがあってから二週間ほど後。
夏休みまであと三日と迫っていて、みんなが浮かれ始めた頃だ。
杏お姉さんはまだ来ていなかったけれど、いつものメンバーは大体揃って野球を始めていた。
前よりも黄色いフェンスと紐に囲われて狭くなった公園。あの手紙は役目を果たせなかったようだ。あと一週間程で閉鎖されると思うと名残惜しい。だからなのか最近はみんなの集まりが日に日に早くなっていた。周りもよく見渡すようになった。高い緑のフェンス。ボロボロのベンチ。大きなイチョウの木。春は満開に咲き誇る桜の木は葉桜となっている。時々通る車。なんだか高そうな車も止まっていた。
次の日ボクとシュンは一番乗りで公園に着いた。二人とも走ってきたからか少し息が荒い。
「ちょっと。君たち。」




