彼女には前世の記憶がある
初投稿です。悪役令嬢ものが最近のブームで自分でも書いてみたくなりました。
彼女には前世の記憶があった。
幼い頃から少しずつ、なんとなく自分とは違う記憶が側にあると感じていたがある時、突然に前世の全てを思い出した。反動で一週間ほど寝込んだが、だからといってよくあるネット小説のように彼女が変わることはなかった。
嘆くことも悲しむことも恨むこともなく嬉しいともたのしいとも喜びもしなかった。
ただ、ただ、己の頭の中に余計な情報がたくさん流れ込んできて、ただでさえゆっくりした頭がさらに重くなっただけだと感じるだけであった。
「友樹」
「ん、どうした?」
この世界が前世でなんとなく遊んでいた乙女ゲームに似ているのは記憶が流れ込んできてから数年たったある日のこと。目の前にいる男ーーー相田友樹に会ってからであった。
母親同士が仲良く、家が近くになって挨拶にきて初めて会った瞬間、あ、ここ乙女ゲームの世界かも。と感じたのだ。
色素が薄めの柔らかそうな髪に、茶色がかった瞳、人を魅了する声…王子様のような人間を目の当たりにし、こいつ攻略対象者や……と同時に自分は彼のルートで当て馬役のヒロインのライバルであると思い出したのだ。
ただ、全くゲームの設定と同じわけではなかった。
ゲームでは名家の坊ちゃんたちとまたその従者と恋に落ちる物語であったし、その当て馬役であるヒロインのライバルも、そこそこのお嬢様だったのだ。
ところがどうだろう、実際自分はご令嬢ではなく一般家庭の娘であるし、攻略対象の彼も一般家庭のただのイケメンである。
だからこそ、彼女はそれを思い出しても、なお、何も変わることはなかった。
もしかしたら、後々面倒なことには巻き込まれる可能性はあるかもしれないけれど、とは思っていたが。
「あんた、いつの間に私と主従関係結んだの?」
「え、何それどっちが飼い主?」
「私」
「ぶはっ!」
ないない!と顔に似合わずげらげら笑いながら言う友樹を横目にため息をつく。
「あー笑った。どっからそんな話でてきたんだよ」
「最近転入してきたビッチ」
「ぶっ」
「笑いすぎ」
「いやあ、あの電波ちゃんだろ?俺も良く知らないけど色んな話聞くぜ?」
聞けば顔の良い人気の男ばかり狙ってつきまとっているとか、人気のない場所でぶつぶつ独り言をつぶやいていて時折私はヒロインなのよ!と叫んだりとか。
「そう、その電波ちゃんの頭の中では私は高飛車で傲慢なお嬢様らしい。そして友樹をまるで奴隷のようにこき使っているらしいよ」
「すげえ設定だな」
「そ、だから彼女は私を許せないし友樹を解放しろってさ。友樹も私から離れたがってるし嫌ってるって言われたから本当なら別れるけど」
「はあ?」
長年、一緒にいるためか、幼なじみの延長線なのか、気づいたら恋人同士になっていた私たち。時々ケンカもするけど穏やかにお互いを大切に想い合ってきた。
そんな甘い王子様顔に似合わないこざっぱりした性格で少々口の悪い彼は私の言葉を聞き一気に機嫌が悪くなるのがわかった。少し、優越感。
「お前は俺と離れたいわけ?」
「友樹の想いを尊重するわ」
「…………」
「ふふっ」
「梓………」
「うーそー。私から離れちゃ嫌よ。ずぅっと一緒に居てくれるんでしょう?」
そうして彼に抱きつく。気分は悪役令嬢、高飛車傲慢ワガママお嬢様。
案外、自称ヒロインちゃんの言っていることは外れてないのかも。なあんてね。
「ああ、梓こそ、俺から離れるなんて許さないから」
「ぶふっ…顔に似合わない」
「お前は見た目のまんまだな」
「でしょう」
彼女には前世の記憶があった。
彼女には悪役令嬢というポジションがあった。
でもそれは前世の話。ゲームでの話。
ここは現実、決まりきったルートがあるわけではないのだ。
登場人物:
梓・・・この話の主人公。前世で乙女ゲームをぼちぼちやっていた。ゲームの中ではそこそこのお嬢様で高飛車傲慢ワガママ。攻略対象者である幼なじみの友樹を奴隷のように扱っていた。
相田友樹・・・梓の幼なじみ兼彼氏。ゲームの中では攻略対象者。甘いルックスを持ち魅力的な声で女性を虜にする王子様キャラ。ただし、現実ではごくごく普通の口が若干悪い男の子。(ただし顔は良い)顔に似合わずげらげら笑う。
ここまでお読みいただきありがとうございました!