episode5
放課後、ショウはひと足先にエルと共に帰った。
レンはどうしたって?女子の連中に誘われてお茶会だよ。
レンはショウ君も一緒に来てよって頼んできたが、レンの後ろにいた女子たちから口パクで『おまえ、きたらコロス』『くるな、ロリコン』と言われたため全力で拒否ってあげた。
別に悔しくなんてないんだからね!本当なんだからね!
フィオネやリリアも別クラスの女友達に誘われて、何人かのイケメン男子連中と共にカフェに行ってしまった。エルも実はリリアに誘われていたが、エルを見る男子連中の中にヤバいのがいたため全力でエルを連れて逃げてきた。特にすることもないので、魔法の基礎でも教えようかと闘技場を訪れていた。
「エル、すまないな。カフェ行きたかっただろ?」
「いいえ。それよりも魔法を教えてください!」
「けど、良いのか?今日は体が治ったばかりなんだぞ。そんなに急がなくてもゆっくり教えても―」
「私、今日初めて魔法って綺麗なモノなんだって思ったんです。奴隷商にいた時は私も含めて皆魔法で縛られていました。けど、ショウ様の魔法は違いました。あんな汚いモノじゃなくてずっと綺麗なものでした。ショウ様は私に言ってくれました。私でもあんなにきれいな魔法が使えるって。だから、早く会得したいんです。それに今の私、とっても興奮しているんです。この興奮が冷めないうちに早く魔法に触れたいんです!」
今までずっと口数が少なかったのに、魔法の話になったとたん饒舌になった。面白そうに笑うと、エルは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「よし、そういうことなら教えよう。言ってはおくが、俺の教え方はそこらの奴が教える方法とは全く違うから……って、エルは魔法は初めてだったね」
「はい!よろしくお願いしますショウ様!」
「エル、魔法を使う上で最も大切なことがある。それは魔法を絶対視しない。これが一番大切だ」
「どういうことでしょうか?」
「どんなに優れた魔法も人を蘇らせることはできない。決してな。だから、魔法は万能なものではない。これをしっかり頭の中に入れるんだ」
「はい」
魔法は決して万能ではない。これが俺の短い人生の中で分かったことだ。この学園の連中は総じて魔法を貶すとうるさいから困る。
「そしてこれからエルに教える方法は他の奴がみたら絶対に否定する方法で俺は教える。それが絶対であると俺も思わないが、俺はこの考えで今まで生き残れた。だから、エルも良く考えるんだ。エルに最も合う魔法の学び方を」
「分かりました」
「では、始める。魔法はよくどれだけ魔術式を覚えて応用するかが大切かを言われているが、俺はそうじゃないと思う。人には得意な分野があるように魔法にも得意分野と苦手分野がある。」
「そうなのですか?」
「ああ。俺は風と水の魔法が得意だが、それ以外は全然できなかった。だが、結果として俺はその二つにすべてのスキルや強化魔法を極振りした。その結果としてその2つの系統はカンストしてしまうくらい、常人よりも得意になった。そしてエル、お前に教えるのもそのカンスト魔法だ」
「はい!」
我ながらひどい名前のセンスだと思う。カンスト魔法、もしくは極振り魔法と俺が呼ぶ魔法の考えを教えながら講義を始めた。エルはずいぶんとよく集中して聞いていてくれた。分からないことは何度も質問して分かるまで根気よく教えた結果かそれともエルの才能の結果か……
「『ショックボルト』」
「まさか……一日かからず雷の初級魔法を覚えられるとは。」
バチバチと目標の丸太に電気ショックを与えるその様子に俺は若干恐れをなした。解析魔法でエルを解析するとエルは大きな雷魔法の素質と小さいが土魔法の素質があったため、比較的覚えやすい雷魔法を中心的にまずは覚えさせた。
「でもまだ『ショックボルト』だけです。しかも、とても疲れました。」
「そりゃ、あれだけ練習したんだ。仕方ないよ」
エルに手を貸しつつ草むらの方に一瞬視線を送る。
「どうしたのですか?」
「いや、なに。ネズミが数匹隠れているのが分かってね」
ポカンとしているエルに耳打ちし、草むらに『ショック・ボルト』を放つように伝える。
「『ショック・ボルト』」
「「「ギャアアアアアアア」」」
「「「キャアアアアアアア」」」
「何すんのよ!」
「覗きが趣味とは良い性癖だ」
草むらにはフィオネやリリアなどカフェに行ったはずのメンバーがいた。おおよそカフェに行くふりをして覗きに来ていたんだろう。
「気づいていたんですか?」
「これでも感知魔法を会得していてね。そこいらの感知魔法と同じにみていると痛い目を見るぞ」
フィオネ達は悔しそうにショウを見ていた。リリアは「失敗しちゃったね~」と朗らかに笑う。
「しょ、…ショウ様。い、いつから彼らはそこに?」
「時間にして1時間くらい前からだろうな。まぁ、大方俺の魔術の仕組みでも盗みに来たのがオチだと思うけど」
エルを除くその場の全員がギクッとする。分かりやすい態度でたいへんよろしい。魔法は人によっては秘匿したい者もいる。そういう技術を手に入れるには盗み見るのが一番だ。
「ショウ様の魔術を盗もうだなんてなんて―キャウ」
「エルは今日これ以上魔法は使わないこと。魔力切れを起こすと明日起きられなくなるよ。それに今回は簡単な基礎魔法だ。皆が知っているね。それに俺のカンスト魔術をここまで極端にする方法はあるが、それをおいそれと人には教えられない。だが、カンスト魔術のデメリットくらいはエルへの説明も含めて教えてやるか」
『ショック・ボルト』を放とうとするエルの頭に手刀を叩き込んでから嘆息しながら説明する。
「普通魔法を使う上でいくつかの魔法しか使えないというの不利だ。魔物相手でもそうだが、相手がその系統の魔法を無効化するマジックアイテムや特殊な武器を持っていた場合非常に不利な戦いを強いられる。そのため、常に苦手でも多少は他の魔法を会得しないといけない。だが、その場合魔法への強化スキルをバランスよく配分しないといけなくなる。これが俺のカンスト魔術もしくは極振り魔術の弱点だ。よく覚えておけよ」
「はい!」
「おかしいくらい水魔法の回復魔法が使えるからどういう理屈かと思ったらそういうわけだったのね。はあ、こんな強化の仕方、普通はしないし」
「確かに普通学園じゃ、絶対教えませんよね」
「そういうこと。まぁ、そのための対策もあるんだけどな」
ショウがそう言うとエルも含めて目の色を変える。
「どんな方法なんですか?」
「そうだな……あれが良いか」
目の前にあったちょうどいい木を見つけると近寄る。
「見てろよ。『強化』」
ショウはそのまま木の幹に向けて正拳を放つと木が大きく揺れ、正拳を撃ち込んだ部分が大きく窪む。
「こういう肉体強化スキルで応戦すればいくら魔法耐性があっても力技で行ける。まぁ、俺には個人的にもう一つ魔法耐性対策があるけど、それは他の人間は会得できないから必然的にこれしかない」
ショウの解説にエル以外は唖然としてしまっている。一方エルは目を輝かせて
「す、すごいです!ショウ様!私も肉体強化スキルを極めて見せます」
「けど、これ相当体も鍛えないと衝撃の反動で体壊すから難しいぞ。」
「やってみせます!」
「そ、そうか…」
「でも……これって相手に近づかないと無理でしょ。それに体壊すどころか下手すれば動けない体に成るわよ」
「まぁな。だから、極力強化魔法での戦闘はしないし、基本は逃げる」
「なるほどね……もう帰るわ。ここに居ても秘密を教えてくれる訳じゃないんでしょ?」
「当然」
フィオネ達は俺の答えを聞くと帰っていった。俺もエルを初等科の学生寮に届けると帰った。
そしてその日の夜
まず繚明館学園は全寮制で、それぞれ二人一部屋が与えられる。ショウとレンは編入生であるため、必然的に二人が一部屋になるのは当然だった。
さすがにエルにも部屋が与えられ別れたのだが、夜になぜか俺らの部屋に来た。
「一緒に寝てください」
「ダメだって言っているだろう。ここは男子寮だから女の子のエルは来ちゃいけない。」
「一人は怖いんです。」
「部屋にルームメイトがいるだろ?」
「あの子、なんか嫌な気配がするんです。なんというか敵…みたいに思うんです」
なんだよ、それ。そんな曖昧な感覚で拒否すんなよ。
「まぁまぁ、アストレア君。エルちゃんは今日治ったばかりだし、怖いんだよ。一緒に居てあげたら?」
「これ以上、エルといると変な噂が立ちかねないんだけど」
すでに手後れ感はするが、余計に被害を増やす必要はない。
「僕もいるんだし、別に変なことする訳じゃないだろ?」
「当たり前でしょ」
「ショウ様なら良いのに……」
「エル頼むから人前で絶体に言うなよ。俺の精神を疑われるから。」
俺は断じてロリコンじゃない。
「もしもの時は僕も説明するから」
「はあ……、分かったよ」
「ありがとうございます!」
エルは本当に嬉しそうに笑顔を向けると俺のベッドに潜り込む。俺もベッドに入って横になると
「私、寝るのがこんなに安心するの初めてです」
エルは眠そうにしながらポツリポツリと言い始める。
「いつも嫌なことされていたけど、今は幸せです。」
「そっか。明日はピクニックで朝早いから早く寝るんだよ」
「分かっています。今日のことは決して忘れません。今日はショウ様と会えた最高の日で、魔法を初めて習えた素晴らしい日です」
そう言うとスヤスヤと寝始めた。
「随分とモテているね。僕も一緒に寝たいな」
「くたばれ」
レンは小さく笑うと静かな寝息が聞こえ始めた。ショウは今日のことを思い返していた。エルを助けたことは間違ってないと思う。だが、自分はまた国にいた時と同じことを繰り返すのかと考えると、心が重くなっていく。ショウは暗くなった考えを振り払うようにさっさと寝た。その日の夢で昔、まだこの国にいた頃のことを見た。
翌日、エルの制服も部屋に届き真っ先に俺に見せたいということで足早にやって来た。エルもだいぶレンとも話せるようになったようで、レンにおめかしをしてもらっている。それをボーッと見ながら、今日行く山を調べる。
「どうなんか変な場所?」
「いや、首都の近くにあるなだらかな山だよ。川なんかも近くにあって、川遊びや魚取り、バーベキューなんかもできるみたいだ。今日は俺たちが新入生にバーベキューを作ってやったりして面倒を見るらしい。ほんとめんどくさそうだ。」
「まあまあ、そうイライラしないで」
そうだった。ショウのいた時とはもう違うんだ。自分が魔法を習ったのは10年以上前だ。あの頃は何もかも最悪だったが、今は全く違う。変わっているのは当然か……。
そうか、羨ましいんだ。
ショウの学生時代はあっという間に終わった。時間のあるかぎり、徹底的に魔術を鍛え、こんな楽しそうなことはほとんどしなかった。特にショウは自身の持つ魔術のほとんどはたった1年で仕上げた。そうしなければ生きていけなかったからだ。
「そうだな、俺が悪かったよ。エル、今日は楽しむんだよ」
「はい!」
エルも楽しそうで良かった。エルには男子寮にいたことがバレルと色々迷惑なので先に向かってもらった。また、今日は久しぶりにユリにも会う。自分が国にいた時はまだ幼く何度か見かけたことはあるが、元気であれば良いと考えながら、身支度をした。
男子寮を出るとすぐ目の前にフィオネとリリアがいた。
「二人とも集合場所分からないと思って迎えに来たわ」
「一緒に行きませんか?」
「よろしく頼む」
「僕からもお願いするね」
二人に連れられて向かっている途中になぜかエルにすぐに会った。そのまま5人で歩いているとフィオネたちに次々と滅茶苦茶イケメンの男子生徒たちやいかにもお嬢様といった少女たちに挨拶を交わして加わっていった。周りの冴えない男たちも憧れのような視線を向けている。考えてみればリリアはアルトリア大公の次女であり、フィオネは侯爵家の娘だ。この対応は当然だろう。そのうえ二人とも性格も良好だ。リリアは誰にでも優しいし、フィオネは常にとても生真面目でトゥスクのようなクズでない限り、人を卑下したりしない。二人が人気なのも当然だ。
なおレンとは先程まで一緒に登校していたのだが、女子たちに囲まれたときに俺だけ弾き飛ばされた。まあ、レンがモテるのはなんとなく分かっていたけど。
「……どうしてショウ様には挨拶しないんですか!失礼です」
「俺はこの国の人間じゃないから仕方ない。かたや、彼らはこの国の貴族たちだ。身分が違うし、そもそも俺はアイツらほど顔も良くないしね」
「そんなことありません!ショウ様は格好いいです!」
エルは理解できないと言った様子で憤慨しているが、エルのそれは助けられたことによるイケメン補正でしかない。俺の顔はどうみても冴えない感じの男っていうのが正しい。
憤慨するエルを落ち着かせつつ学園に向かうが、事情を知っているクラスメイトを除く他の生徒達から「おい、ロリコン。朝からイチャついているねぇ~」と言われて余計にエルがキレるということを繰り返しながらどうにか学園にまでたどり着いた。
なんか、ひどく疲れた気がする。護衛ってこんなに面倒な仕事だったっけ?