episode3
しばらくすると女の子は泣き止み、寝てしまった。ただ、起きだすと再び叫び始めてしまい、ショウが再びあやして泣き止むまで待つという繰り返しを何度かすると女の子はやがて落ち着きを取り戻した。
「大丈夫?」
「……うん」
「とりあえず治療をしたい。そのままでいてもらえると助かるんだけど」
「……痛くしない?」
「痛くしないよ」
再度『ヒール』『リスタート』『キュア』の合成魔法で体を癒す。女の子はまるで宝石を見たに目を開いてそれを見つめた。
「これで君の傷は完璧に治したと思う。どこか痛むところはある?」
「……ない」
「そっか。」
「どこか行っちゃうの?」
「なんで?」
「さっき、あの人たちに後から行くって言っていたから」
「行って欲しい?一人になりたいなら出て行くけど」
「い、行かないで!一人にしないで!」
女の子はひどく怯えた様子ですがってきた。これは相当やられているかもしれない。
「大丈夫。安心して、俺はここにいるから。それに言っただろう?君はもう大丈夫だ。俺が君を守ってあげるから安心していい」
「………」
女の子の瞳はひどく揺れていた。どうして自分にこんなに優しいのか問いかけているようだった。ショウにとって女の子を助ける理由はあげればキリがないが、それの多くは女の子のためではない。すべて自分の心の均衡を保つためのもので、決して善意ではない。
しかし、それを先ほどまで多くの恐怖を味わっていたこの小さな体にわざわざ教えるべきではない。それはこの女の子には一切関係ないのだから。ならば、真実を言わないのもまた救いだとショウは考えた。
「俺には君くらいの妹みたいなのがいる。だから、放っておけなかった。それだけだ」
「……そう、なんだ」
嘘ではない。実際、過去にはユリ殿下の面倒も少し見ていた。女の子は微妙な表情で俺を見つめているが、俺もここできちんと言っておかなければ。
「俺は体の傷は癒せるが、心の傷までは癒せない。君に何があったかは俺から聞く気はないが、話したいなら聞いてあげるよ。不満でもなんでもいい。言いたいことがあったら黙っているよりも話した方が良い。小さいうちから我慢なんて良くないから」
「本当に聞いてくれる?」
「ああ」
「私、嫌なこと言うかもしれないよ」
「大歓迎だ」
それから少女はショウの服を掴んだままぽつぽつと話し始めた。奴隷商に売られたこと、痛かったこと、苦しかったこと、どうして早く助けてくれなかったのかと恨み言も言われた。そして、とんでもないことをこの子は話した。
「それは……本当か?」
「う、うん。私、怖くて怖くて。必死になって逃げたの。でも、路地まで来たところで痛くてもう走れなかったの」
これがもし本当のことならこの子は危ないかもしれない。そして常人ならこの子を見捨てるのが正解だろうが、ショウ・アストレアにはそれは絶対あり得ない。
「名前は確かエルって言ったっけ?」
「うん」
「こうみえて俺はかなり強い。だから、安心していい。君を必ず守ってやるから、君はもう何も恐れるな」
「う、うん」
これはユリの入学式には参加できないな。すまない、ユリ。
俺はすぐに魔法である者に連絡を入れておいた。
フィオネ達はレンと別れるとすぐに学園内に入った。
「すっごい警備だね」
「まぁ、女王陛下も保護者として参加するしね」
学園には普段の倍以上の警備が敷かれ、在校生すら入念な身体検査が行われた。
「まぁ、グレンさんもいるし、大事にはならないと思うけど」
「不審者なんていた瞬間、即捕縛ね」
フィオネ達が雑談をしながら話していると先ほど別れたレンがいた。
「やあ、なんとか間に合ったね」
「ありがとうございます」
「私からもありがとうございます。」
「いやいや、気にしなくていいよ。それよりアストレア君は見た?」
「いや、見てないです。」
「そっかー、まだ手間取っているのかもね。アストレア君はもしかしたら参加できないかもね」
レンは女性のような綺麗な顔立ちで悩まし気にしているが、その様子はどこからどう見ても物凄い美少女にしかみえない。これが男子生徒の制服を着ているのだから世の中は不思議である。
「心配だわ。大丈夫かしら?」
「やっぱり残った方が良かったかもしれません。今からでも―」
「アストレア君に任せれば大丈夫だと思うよ。あれで結構小さい子には優しいから」
「それってロリコンって言うんじゃないの?なんだかあの子の身が不安になってきたわ」
「はははっ。確かにロリコンかもしれないけど、アストレア君は絶食系男子だからね。連れてきた時もシアストレア君の持っていたお金に寄ってきた女性の一切の誘いを断っていたから。そこのところは大丈夫だよ」
「絶食系って……」
リリア達は若干ひいてしまった。自分たちに近づく男は大抵家の力などを目的として下心丸出しで近づいてくる。そのため、絶食系なんていう男は今まで見たこともなかった。
「けど今日は本当に騒がしいし、忙しいね」
「本当にそうですね」
「そういえば、クラス分けどうなったんだろう?急いで式に着たから見てないや」
「確かフィオネさんもリリアさんもBクラスでしたよ。僕とアストレア君がBクラスであったのを見つけた時、同じ名前が書かれてましたから」
「なんかでき過ぎじゃない」
「まあまあ、せっかく仲良くなったんだし一緒の方が嬉しいよ」
「僕もですよ」
確かに別に不満はない。だが、逆に考えてみればあのショウという少年と同じクラスということは彼の技術をその場で学習できるということ。ともすれば、自分はさらに強くなれるということだ。フィオネはそう思い、式が始まるまで3人で女の子のことなど色々と話した。
「新入生、入場!」
「ようやくね!」
「うん」
長い学園長の話が終わり、司会の教頭の声でいよいよ待ちに待った新入生が入場してきた。
「けど、彼間に合わなかったね。なんか、申し訳ないわ」
「そうだね…なんか押し付けちゃって」
「まあ、代わりにこの映像水晶でグレンさんの娘さんを撮影してあげるから後で見せて上げましょう!」
「フィオネちゃん、それたぶん自分が後から見直すためのものだよね?」
フィオネはリリアの小言を無視してすぐに新入生の列に視線を送る。グレンの娘を探そうとするがそれっぽい子が意外にもすぐ見つかった。服が他の子と少しだけ高価そうで腰に付けている杖を入ったショルダーには王家の紋章が入っていた。
「ほら、あの子だよ。あの子がユリ殿下」
「うっわー、すっごく可愛い」
絶世の美女と言われた女王陛下の娘だけあってとても可愛らしい。その子は少し緊張していたが、キョロキョロと辺りを見渡していたが、やがてグレンたちを見つけるとしっかり前を向いて歩きはじめる。
そうしてすぐにグレンが壇上に上がり、ありきたりな祝辞を述べる。普段なら誰も聞いていないが、グレンであるがゆえ多くの者がそれを真剣に聞いていた。
そうして終わりに祝辞が終わり、紙を閉じようとしたが、そこで少しの間グレンは止まっていた。
「グレン様?」
「教頭先生。少し時間をもらっていいかな?ほんの少しだけ私個人の言葉でここのいる生徒達に伝えたいことがあるんだ」
「ど、どうぞ。いくらでも構いませんよ」
式全体が大きく騒がしくなる。
「嘘!?グレン様自らの言葉なんて!」
「良かったね」
グレンは全体が静かになるまで黙っていると語りだした。
「皆さんはこの学園でこれから、もしくはすでに魔法を学んでいると思います。魔法はこの科学が進んだ今でも未だに解明できていないことが多く、皆様にとってとても素晴らしい勉学であると思います。かつての私もその神秘な力に心引かれました。」
「未だに引かれてもおりますが、私とってその魔法よりも最も大切なことがあります。それを皆様に伝えたく、今回お話しさせていただきます。私にはかつて大切な仲間がおりました。その者は私と共に志し同じくして何度も私を救ってくれました。しかし、その者とある時を境に仲が悪くなってしまいました。その結果、今の私はずいぶんと苦労するようになりました。それだけ、私は支えられていたんです。」
「ですから、知っておいて欲しいのです。この学園では魔法を習いますが、それ以上に大切な友達を作って下さい。それが私から皆さんに伝えたいことです。」
グレンが言い終えると式は拍手で溢れかえった。
「グレン様、貴重な体験のお話ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。無駄な話をしてしまって申し訳ありません」
そう言うとグレンは保護者席に戻ってしまった。フィオネは隣のリリアを見ると、リリアも自分を見ていた。二人ともおかしくなって笑ってしまう。尊敬するグレンの言うとおり、友達は魔法よりもずっと大切なものだと再確認した。
式は最後まで大盛り上がりで式が終わってもグレンの周りには多くの人だかりができていた。
女王カリナは入学式が終わると学園の屋上に上がった。
「先ほどぶりですねショウさん」
「そうでございますね、女王陛下」
ショウは再び首を垂れる。女王の後ろには護衛と思われる騎士たちが数名いた。自分がまだ国にいた頃に見たことがない者たちだと思う。
「では、ショウさん。本題に入ってもらっていいでしょうか?その後ろでショウさんの服を握っている子が先ほどのメッセージの子ですか?」
ショウはちらっと後ろを見るとエルはびくびくと怯えていた。大丈夫、安心してと伝えると何度も頭を縦に振った。
「その通りでございます。この子は巷で騒がせている殺人鬼を実際に目撃した者です。」
「なんと……、それは怖かったでしょう。大丈夫でしたか?」
「は、…はぃ」
エルに女王は優しく問いかけてもエルは小さくしか返事ができない。
「女王陛下。そこでお願いがございます」
「いいですよ。なんでも言ってください」
「女王陛下…、私はまだ何も言っていないんですが」
「私とショウさんの仲です。構いませんよ」
「少し考えたら……」
「問題ありません。無茶なことを言わないことを私は知っていますから」
女王はショウに優しく微笑むが、ショウはあえて顔を反らして下を向く。
「では…、このエルをこの学園に入学させてもらえますか?」
「ふえぇ」
エルは情けない声をあげて俺に何度も無理だと顔を横に振る。
「構いませんが、理由を教えてもらえますか?」
「まず、再びエルが襲われる可能性があるためです。また、そうなった場合犯人を見たエルという貴重な存在を失ってしまいます。それを防ぐためにも私のそばにいた方が確実に守り切れます」
「確かにその通りですね。他にもあるのでしょう?」
「私がこの子を守りたいからです。」
かつてのショウを知る女王にしか分からないこの言葉の意味。周りの騎士たちは理解できないといった様子でショウを見つめる。彼らにとっては意味が分からないことでもショウにとっては奴隷とは別の意味を持つ。
「分かりました。許可しましょう。学年はどうしましょうか?」
「皇女殿下と同じ10歳だそうです。なので、同じクラスにしていただけると助かります」
「分かりました。しかし、彼女は魔法を習ったことがあるようには思えませんが大丈夫でしょうか?」
「素質は十分あるのは解析魔法で分かっています。磨けば、戦士隊に所属するだけの技量は持つと思います。私が個人的に一から教えますからすぐに他の学生たちに追いつくと思います」
「それは安心しました。それにしても殺人鬼の件でさっそく有力な情報源を見つけるとはさすがショウさんです。」
「いえ、本当に偶々です。もし賞賛するのであれば殺人鬼の手から逃れたエルを称賛してください」
「そうでしたね。エルさんよく頑張りましたね」
エルはあまりの光景に言葉が出ず、パクパクと口を動かすしかできなくなっている。
「エルさんと言いましたね」
「は、はいぃ」
「ショウさんは腕のいい魔術師さんですから安心して下さいね。そうですね…、私の私兵50人が相手になっても軽く倒せるくらいですよ」
「そ、そんなに……」
「盛り過ぎです。せいぜい30人がいいとこです。グレンと一緒にされると困ります」
「ごめんなさい」
女王は面白そうに扇子で口を隠してクスクスと笑う。
「それでは何か必要になった場合、気兼ねなく言ってください。殺人鬼の件は早急に解決しないといけませんから」
「分かりました」
女王は言い終えるとそのまま騎士を連れてその場を去っていった。
「エル、俺が皇女殿下の護衛っていうのは黙っていてくれよ」
「わ、分かっています」
「それと女王と知り合いなのも」
「ま、任せてください。でも、私は本当は姿は見たけど顔なんて見てないのに…いいんでしょうか?女王様を騙しているようで申し訳ないです」
女王はおそらく感づいている。だけど、あえて黙って見過ごした。その意味をわざわざ聞く必要はない。鮮血女王と呼ばれるが、ああみえて誰よりも国民を想っている。だからこそ、グレンと奴隷解放の法案なんかを出したんだから。
「エルが気にすることじゃない」
ショウはエルの頭に手を乗せ、その髪を撫でながらなんとかエルを守れる環境も整えたことに胸をなでおろしていた。