episode1
「フィオネちゃーん」
「遅れてごめんリリア」
フィオネは噴水前で待つ金髪の少女のもとまで来ると謝罪する。
さらさらとした金髪を風になびかせているこのリリアという少女はフィールランド王国女王の兄アルトリア大公の次女。つまり、女王から見れば姪にあたる子だ。
この国は女王制であるからリリアにも王位継承権は存在するため、リリアがよくリリア殿下と呼ばれることの方が多いが、長年の友人のフィオネは呼び捨てにしていた。
「大丈夫だよ。けど、フィオネちゃんが遅れるなんて珍しいね」
「本当にごめん。ちょっと身支度に時間がかかっちゃって」
「あ、そっか。今日は」
「そう!今日の入学式と始業式にはグレン様が来てくれるしね」
「そっか、今日から2年生だったね」
このフィールランド王国は人族3大の国家の1つである王国で多くの衛星国家を従えている。この国は他の人族の国家と違い、50年前の魔王大戦で参加しなかったため大敗北の影響を受けずその後の少数精鋭による魔王討伐戦で多大な成果を残し、今では世界で覇権をも握る国だ。
そんなこの国の中でも現在は戦士長グレン・グリーンウッドという存在がかなり大きい。彼は若くして王国の兵士となり、魔王消滅後の戦争で大きな活躍をし、その後人間中心主義だったこの国に対し、現在の女王を旗印にクーデターを起こし、政権交代を起こしてこの世界のすべての民族の平等を宣言した。
そしてフィオネとリリアが通う『繚明館魔術学園』もグレンによって改革がされ、他種族の学生も積極的に入学させ、今ではこの国の最大の魔法学院であり、世界最大の魔法学院でもある。生徒数は初等科、中等科、高等科を含めて1万人を超え、高等科卒業後は魔法研究所の『大法院』やグレン直属の兵士部隊『戦士隊』に就職できるなど国の重役を担う機関で働くことができる。
そして今、この国の首都イルマタルの『繚明館魔術学園』では入学式を控えている。入学式では毎年国の代表が挨拶をするのだが、普段は親書を預かった役人が祝辞を言うだけのつまらない時間だが、今年は違う。なにせ今年は王国最強の戦士、グレン戦士長が言うことになっており、そのせいかすれ違う学生の多くが落ち着かない様子だ。他にも多くの多種多様な民族の国からも取材が来ている。
「本当に運が良いわ!グレン様の子供が今年10歳になられるのは知っていたけど、うちの学園に入学するなんて」
「そうなんだよね。てっきり王城で学ばせるのかと思ったけど、まさか普通の学園に通わせるとは思わなかったよ」
「どんな子なんだろう?娘っていうのは知っているけど、リリアは見たことあるんだよね?」
「うん、とっても可愛いよ。女王陛下が真面目な方だけあってすっごく礼儀正しいよ」
「会ってみたいな~」
普段なら何の興味も湧かない始業式を待ちきれず、その後も話続けた。ふと大通りを通っていると何かが倒れる音が聞こえた。
「何か今音がしなかった?」
「う、うん」
辺りを見渡すと、大通りの並ぶ店の間の路地に人影のようなものが見えた。急いで向かうと肩から血を流している10歳くらいの女の子がそこにはいた。
「この子、背中に奴隷紋がある」
はだけた服からは背に書かれた奴隷紋があった。
「ともかく早く治さないとリリア!」
「うん、分かっている『ヒール』」
リリアの『ヒール』でなんとか肩からの傷は塞いだが、目の前の女の子は見るからにボロボロで死にそうだ。
「どうしよう……私の治癒魔法じゃ治せないよ」
「ど、どうしたら…」
「お前ら、そこで何をしている!」
突如、後ろから大きな怒鳴り声が聞こえて振り向くとそこに灰色の髪をした自分たちと同じくらいの少年が立っていた。
時は少し前に戻る
「アストレア君、調子はどう?」
「最悪だ。ありがとう。膝を貸してもらって」
男子学生の服を着る綺麗な白髪の美少女?にショウは礼を言うと外の様子を見る。馬車酔いで気持ち悪いが外にはのどかな田園が広がっていた。
「いやいや、僕も役得だから良いよ。それよりもようやく着いたよ」
「そうか、もう二度と来ることはないと思っていたんだけどな」
「仕方ないさ。ユリ皇女殿下が魔術学院の初等科に入学されたんだ。安全な学園とは言え、その護衛は必ず必要だよ。」
「ていうか国もよく俺に護衛役なんていう大役を任せたもんだ。反旗を翻した罪人なんかをわざわざ連れ戻すなんて。」
「それだけ今この国では王家と貴族が権力争いが激しいんだよ。罪人であっても確実に王家を裏切ることはない人間に任せるしかない。今ではあの戦士隊にも反王家の者が加わっているとも言われているしね。それにこの前も政策で奴隷の解放を議題にあげた途端、議会が紛糾したよ」
あの後、ショウはこのレンという美少女?みたいな奴に説得をされた。母国がある条件に自分の力を欲していると。そしてその条件はショウがずっと望んでいたことだった。それを確認し、嘘だった場合は女王の首まで落とすとまで約束してようやく付いてきた。
ショウはあいかわらずこの国は腐っていると思いながら話を続けた。
「だいたいお前、レン・ユークリウッドだっけ?お前もよくやる。国外追放を受けていた俺をわざわざ探し出して連れてくるんだから」
「まあね、王家派の僕としてはむしろよくアストレア君が護衛の任を受け入れたね」
「もともと国を出る前に皇女殿下が入学したときは俺が護衛するっていう話もあったんだよ。だが、その前に俺も国外追放になったし、その話はなくなったと思っていたんだが、まさかな………ここまでやるとは正直意外だった」
「女王陛下にも驚かされる。まさか国外追放のアストレア君も学問を学ばせるためなら国にも戻ってこれる!って言って本当に高等科に籍をねじ込むとはね。さすがは鮮血の女王と言われるだけはある。」
女王はクーデターを計画したグレンに率先して協力を申し出て、クーデター後に自ら父親すらその手で殺めたという。何でもその頃にはグレンに惚れていて、グレンと結婚するためなら親父すら邪魔者と考えていたそうだ。
「全く恐ろしい女だ」
ショウは起き上がると馬車からは立派な城が見られた。
「まもなく王城だよ」
ショウとレンは王城に到着するとすぐに女王の間に通された。するとすぐに女王カリナが現れた。その目の前にいる相手はショウが国に反乱を起こす直前の姿とほとんど変わっていなかった。
「任務お疲れさまでした。レン・ユークリウッド。後で何か褒美を与えなければいけませんね」
「いえ、そのお言葉だけで大変うれしく思います。」
「私は彼と少し二人きりで話したいと思います。皆の者、下がりなさい」
女王はそう指示すると護衛の騎士もレンも下がらせた。女王の周りの騎士たちは自分がまだ国にいた頃に見たことがない者たちだと思う。
「お久しぶりですねショウさん」
「お久しぶりでございます、女王陛下」
首を垂れなが周りを感知魔法で調べると女王の後ろには護衛と思われる伏兵が数名いるのが分かった。
「まずはお礼を言わせてもらいます。この度我が娘ユリの護衛についてくれたこと、大変感謝いたします。また、ユリに素敵なプレゼントまでくれて感謝のいたりです。ドラゴンの骨の杖、あれは昔ショウさんが持ってたものでしたね。」
「あなたにはたいへん迷惑をかけた。そのお詫びと思ってくれて構いません。また、すでにあれは私には不必要なものです。ユリ殿下ならきっと上手に使いこなしてくれるでしょう」
「ユリもその言葉を聞けばきっと喜ぶでしょう。では、ショウさん。本題に移らせてもらっていいでしょうか?」
「それよりも前に本当に私が護衛の任を付けば、かつての仲間たちに恩赦と名誉回復を行ってくれるのですか?」
「ええ、約束しましょう。その残された家族にはすでに財政支援や教育支援を始めています。確認しますか?」
「いえ、必要ありません。あなたがそういう人間であることは私が良く知っています」
ショウに提示された条件とはかつての仲間たちの名誉回復であった。自分が内乱を起こしたことで残された者たちには大きな被害と不名誉をもたらした。今回自分がこの国戻り、護衛の任に付けば、かつての部下たちを救う。この条件でショウは受け入れた。
「では、あなたにお願いする仕事を言います」
「どうぞ何なりとお申し付けください」
「まずユリの護衛をお願いします。今国では色々と問題がありまして、信頼できる兵士が多くありません。ユリの護衛に人数を割いてしまうと貴族派に付け込まれる可能性があります。そのため、信頼できるあなたにお願いしたいのです。」
「私はかつて内乱を起こした者ですが」
「あの内乱はこちらにも責任があります。起きるべくして起きた。そういうものです。それにあなたは絶対に王家を裏切ることはありません。」
「ありがたきお言葉。この身のすべてをかけて皇女殿下をお守りします。どうぞご安心を」
「ありがとうございます」
女王はショウに深く頭を下げる。この姿を見たものならきっと驚くだろう。女王はそれだけ頭を下げることをしない人間だ。
「次に巷で騒がせている殺人鬼の調査をお願いします。」
「調査ですか?」
「はい」
女王は城下町の地図を持ってくる。
「この丸印のついている場所で殺人がありました」
「奴隷商や娼館、貴族の屋敷ですか…ずいぶんと多いですね」
「一年くらい前から起き始めたんですが、最近は余計にひどくなりまして。国民も不安になり始めています」
「敵国の兵でしょうか?」
「分かりません。治安部隊を派遣して捕縛しようとしたのですが、その部隊ですら襲われて死傷者出る始末」
「それで私に調査を?」
「はい。そんな強者が殺人をしているならこの国で止められる者はグレンかあなたしかいません。どうかよろしくお願いします」
「分かりました。調べてみます。因みに犯人の顔など見た者は?」
「いません。全員、殺されています」
「了解しました」
突如、女王は面白そうに扇子で口を隠して笑い始める。
「どうしました?」
「いえ、少し昔を思い出しまして。あなたが生きていて本当に良かったと思います」
「……」
ショウはあえて何も言わなかった。ショウ自身も国外追放を受ける前のようだった気がしていたからだ。
「ショウさん、今回の殺人鬼の件、あの子に関係があるか分かりませんが今この国では色々ときな臭い動きがあります。あの子を狙ったものであるかもしれません。十分に注意してください」
「任せてください」
「あの子の秘密を知る者は私、グレン、大公、そしてあなただけです。敵もどこで知ったか分かりませんが、あの子を手に入れたいのに必死です。あいにく私たちは正面から動くことはできません。できる限り力になるつもりですが、最後はショウさんにお願いすることになってします」
「分かっています。ユリ殿下のことは安心してください。確実に守り切ってみせます。」
「ありがとう。それと今回の殺人鬼の事件は大公アルトリア家も全面協力してくれることになりました。ただ、あの家は可能であればですが、犯人の生け捕りを要望しています。」
「了解しました」
「それではどうかよろしくお願いします」
女王は言い終えるとそのまま女王の間を去る。ショウもまた背を向けて帰る。もう会うことはないと思っていたからか女王の背中はずいぶんと懐かしいものがあった。
もしあの時、上手くいっていればなどと何度も考えた。だが、現実はショウは勝てる見込みなど最初からない反乱を起こし、グレンにショウは倒された。その時にショウとこの国の関係は終わってしまった。