始まりの物語
今から40年前。魔族領、魔王城にて。
「うおりゃあああああああ!」
「…………」
男によってゴーレムが真っ二つにされる。
「ふぅ」
「ソウマ!そっちはどうだ?」
「終わったよ」
「さすがリーダー」
槍を肩にかけながらジャックがやって来る。槍の先にはソウマが倒した同じゴーレムの頭が刺さったままだった。
「お前の方も大丈夫そうだな」
「当然だ!」
「みんな、魔力は充分?」
魔法使いのルティナとレナがソウマとジャックの元へやって来る。ルティナに聞かれて皆は自分の魔力の残りを確かめる。
「大丈夫だぜ!」
「問題ないよ」
そう言いながら彼らは自分達の前の大きな扉を見つめる。
「いよいよだな」
「やってやるぜ!」
「これで最後の戦いなんだよね」
「だ、大丈夫……かな?」
「大丈夫さ!俺たちの今までを見せつけて世界を救うぞ!」
「ああ!」
扉に突入すると勇者ソウマは叫んだ。
「多くの国々にとっての脅威!魔王!お前はここで俺達が倒―…あれっ?」
周りを確認しても魔王の側近の四天王はおろか、中央の椅子には誰も座っていなかった。
「いったいどうなっているんだ?」
「なんで魔王がいない」
「それに四天王も」
「レナ、周りに潜んでいたりしないのか?」
「う、ううん。魔力はまったく感知できない。少なくともこの近くにはいない…と思う」
ザジは周辺を軽く見て回るが、どこを探しても魔王はいなかった。
「くそっ!どこに隠れてやがる!」
「ジャック。黙って!なんか足音が聞こえる」
ルティナの言う通り遠くから何やら足音が近づいてくる。
「へっ!ようやく魔王が来たか」
「あの時の雪辱を今度こそ果たす!」
「だ、大丈夫…かな?」
「皆、気をつけろ!」
そして4人の勇者の目の前にあるドアが開かれるとそこには魔族のメイドがいた。
前に戦争で会った魔王とも四天王とも違う。
初めて見る顔だった。
「こんにちは勇者様方。ここまで来てくれて大変恐縮なのですが、すでにこの城に魔王様も幹部の方々もいません」
「あ?ならどこにいるってんだ?」
「幹部の方々は隣国の獣人・亜人族の国、小人族の国と停戦協定の調印式に参加しています。実際、ここに勇者様方が来る少し前に勇者様方の国々とも停戦協定と平和条約が調印されました」
「は、はぁ?ふざけんな!まだ俺たちは魔王を倒していないんだぞ!」
「ジャックの言う通りです。私たちはまだ魔王を倒していないのにどうして祖国が停戦協定、しかも平和条約だなんて」
「そうよ。幹部はいないのは分かったけど、肝心の魔王はいったいどこ?」
目の前にいるメイド、大きくため息を吐くと目の前にいる4人の勇者に憐みの視線を向けた。
「逃げました」
「「「は?」」」
「逃げました…っていったいどういうこと、なんでしょうか?」
「今代の魔王は人間風情に恋をして、そのマジックアイテムをすべて持ち出して姿をくらませました。しかも、歴代の魔王の宝具まで持ち出して逃げやがりました。フフッ、しかも、婚約者であった私には謝罪の手紙だけですよ。ふ、ふふっ、せっかく玉の輿になれると思ったのに宝物殿は空っぽなんだぜ、このヤロウ!」
魔族のメイドは大きく頭を抱えて魔王のことを思い出して近くにあったイスに思い切り蹴りを加える。
「ひっ」
さっきまでクールな美人秘書のようなメイドが怒りに任せてイス(魔王の)にストレスをぶつけている行為にレナは怯えてしまっていた。
「そんなこと俺達には関係ない。お前のことなんてどうでも良いんだよ!その逃げた魔王を俺たちは追ってんだ!どこに行ったのかさっさと教えろ」
「ジャック!少しは言葉をー」
「関係ない?」
「ひいっ」
メイドはひどく鋭い眼光で勇者たちを睨み付ける。
「残念でしたね…。あなたたちは大いに関係ありますよ。なんたってあなたたちが今まで壊した物の弁償はあなたがた勇者様方が返済するんですから」
「「「はあ?」」」
「えっと、それって…どういうことですか?」
「あなたがた、まさか人の住む場所を散々荒らして魔王を倒せなかったから出てきますなんて道理が通じるとでも?」
「そ、それは……」
「あなた方の祖国から私宛に書状が届きましてね。内容は『魔王は戦わずして逃げた負け犬だ。すでに魔王は魔族からの信頼を失い、魔王の四天王も我が国との不戦の誓いと魔族領の王国入りを認めた。よって魔王討伐はこれにて終了とする。その魔王を取り逃がしたお前たちには国内から失望の声が広がっている。よってお前たちは損害を出した魔族領の復興を新たに命じる』とのことです」
「ちょ、ちょっとそれを貸せ!」
ジャックはメイドから書状を奪い取るとじっくりと読む。
「う、嘘だろ?」
「ちょっと私にも読ませて」
その後、ルティナ、ソウマ、レナの順に書状を読む。
書状には王国の女王陛下、直々の命と王家の判子が押されていた。王家の判子は特殊なインクでなければ押すことができない代物でこの書状が本物であることは確実だった。
何よりも…
「嘘だろ?師匠、自らの命でもあるなんて」
王国にいる師匠アーガイルは自分たち勇者の師匠であり未だに超えることができない存在。そして彼は人族における最高峰の魔術師とも評される人物である。
なお、アーガイルからは『魔王の遺産には危険なものもあるかもしれない。それをしっかりと処理したうえで帰ってこい。もし途中で放棄したら殺す。ちなみにお前たちは勇者なんだから、お前たちで解決しろ。国はこれから忙しいから支援はしない』と書かれていた。
つまりここから逃げる=死ということであった。
「私があなたたちの補佐をすることが決まっています。恨むならあの逃げたクソ野郎を恨みなさい。これからはしっかりと弁償しましょうね」
メイドはにっこりと勇者たちに微笑むのだった。
それは勇者達が今まで戦ってきた魔王の眷属よりも恐ろしいものだった。
「ほい、依頼の報酬な」
「おい…、確か50銀貨だったはずだ。なんで23銀貨しかない」
「おいおい…どこの誰かも分からないあんたに仕事を回してやっているのは誰だ?嫌なら今後仕事は回さない」
「うぐっ…分かった。ありがとう…」
依頼の報酬の5割にも満たない金をもらう。これでまた宿なし生活か…
俺、ショウ・アストレアは頭を抱えながらギルドを出る。町に張り出してある張り紙にはすべてパーティー限定の依頼ばかりで、ソロの俺には受けられなかった。
「パーティーを作ろうにもメンバーがいない」
国外追放されてもう2年になる。身元不明の人間としてどうにか生きていこうとしたが、ショウが就ける仕事はほとんどと言っていいほどなかった。公職に就くには身分や戸籍を証明しなくちゃいけなく、国外追放を受けたこの身の戸籍は国に置きっぱなし。しかも、国外追放という処刑にも近い罪状の自分を雇ってくれるはずもなく、こうして流れの傭兵をやっている。しかし、こんな身元不明の傭兵を雇ってくれる場所無く、仕方なくギルドで仕事を見繕ってもらっていた。だが、そのギルドも信用できない俺には大した仕事はくれないし、報酬はピンハネされていた。
しかもパーティーになってくれるような人もこんな外国ではいない。
いい加減、死ぬのもアリかなと考えはじめていた時、
「あなたがショウ・アストレアさんですね?」
「あ?誰だよお前?俺は今滅茶苦茶空腹なうえ、ピンハネされて機嫌が悪い。たかるなら容赦なく叩き潰すぞ」
「いえ、実はあなたにお仕事を依頼したくて来ました」
目の前の男装をした美少女は麻袋をショウに渡す。中には大量の金貨や銀貨が詰まっていた。
「なんだこれは?」
「前金です。母国フィールランド王国があなたに依頼を持ち込んでいます。一緒に来てくれませんか?」
「誰が行くか!くたばれ」
これがまさか自分の転換点になるとは思わなかった。