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おもひでの桜

作者: 仲遥悠

咲耶さくや〜、起きなさいよ〜」


「もう起きてるって! 今行くからあと十分時間待って!」


 女性みたいな自らの名前を呼ぶ母の声に、咲耶は急いでパジャマから着替えながら返事をする。 セットしておいた目覚まし時計は全くもって役立たずであり、目覚まし時計の所為でこんなに急がされているんだと彼は責任転嫁を行っているところだ。


「上着上着…っと「咲耶〜!」だから今行くって‼︎ …と、いっけね!」


 チェック柄の上着に袖を通して部屋を出ようとしたところで、机の上、写真立ての側に置いてあるキャップ帽を被る。


「ね〜まだなの〜?」


「…ったくせっかちだな…俺の所為か。 いや違う、時計の所為だ…なんて言ったら怒るか? 桜」


 写真立ての中に入れられた写真には年の頃四、五歳の男の子と女の子が笑顔で仲良く写っていた。

 桜ーーー以前隣に住んでいた咲耶の幼馴染みであり、昔から彼とは非常に仲が良い兄妹みたいな間柄“だった”が、今は既に亡き人である。

 もし生きているのなら彼と同じ十六歳になるはずなのだが。


「咲耶〜?」


「…はぁ、母さんが急かすからさ、また向こうで会おうな?」


 咲耶はキャップ帽を被るとバタバタと音を立てて下に降りる。


「何やっていたの?」


「少し…桜と話してた」


 その言葉に咲耶の母、弥生やよいの表情が曇る。


「…気持ちは分かるけどもうそろそろ気持ちを切り替えたら? もう十年経つのよ?」


「桜は…生きてるよ」


「…まだそんなこと言ってるの?」


「まぁまぁ、行方不明というだけだ。 死んだと決めつけるのは和樹に悪くないか?」


 咲耶の父、宗堂そうどうが困ったように外から声を掛ける。


「十年よ? 十年も音沙汰全く無しなのよ。 吉野さんがどこかへと移られたからお隣はもう更地…もう…十分じゃないの」


 吉野と言うのは桜の苗字である。

 十年前桜の行方が知れなくなった時は大慌てで警察に捜索願を出して町中を捜索したが結局彼女が見つかることは無く、五年程前にどこかへと引っ越してしまった。

 捜索も苦渋の判断の下打ち切られ、いつしか彼女は死人とされ、今に至る。

 因みに咲耶の名字は佐野だ。


「今日は『おもひで桜』に行く日だろ? 下らなくはないが、下らないことで折角のピクニックの日をつまらないものしてもいけないだろう?」


 佐野家では一年に一回家族でこの町の名物、おもひで桜に花見がてらピクニックに行く習慣がある。

 今日はその日であり、そして。


「…そう言えばおもひで桜はあなたと桜ちゃんの、一番の遊び場だったわね…」


「…そうだな。 それは今日は…止めておくか? 日にちをずらせば良いからな」


「…行くよ」


 何かの因果なのか、今日は丁度十年前に桜が失踪した日と同じ日。 彼女に会えるような…そんな予感を咲耶は感じていた。


「なら…それ!」


 弥生が咲耶の脇をくすぐ


「わぁっ…ははっ…く、擽ったいって!」


「折角のピクニックだもの。 笑顔で行くわよ? ね?」


 沈んだような空気が一気に和やかな雰囲気となった所で宗堂がおもひで桜のある丘へと車を走らせる。


「…会える…きっと、そんな気がするんだ…」


 丘が見えた。

 この街の風物詩であるおもひで桜は今がピークと言える時期であり、遠くからでもはっきりと分かるほど桜の花が開き、満開であった。

 風が吹くと花弁がそれに乗るようにしてどこかへと飛んでいき、一言で言うなら、ただ雅であった。

 咲耶にとって桜との思い出が溢れるあの桜は、今日見るあの“おもひで桜”はいつも見ているはずなのに、いつもとは違うーーーそんな何とも言えない不思議な感覚が咲耶を包み込んでいた。


「わぁ…今日は一段と綺麗だね〜! あなたに告白されたあの時のこと…思い出すなぁ…っ♪」


「…そうだったか? 俺はよく覚えていないんだ…その、色々一杯一杯でな…」


 年甲斐も無く惚気を始めようとする両親の姿に呆れて咲耶は一人おもひで桜の下へと歩いて行く。


「ん?」


 歩く彼の視界の隅に、一瞬だけ人影が映った…ような気がした。

 眼をぱちくりと瞬かせていると、また映ったような…気がする。

 ぐるりと見渡したり、樹の周りを一周しても特に何も変化は無い。


「…近くで見ると、凄いなコレは…」


「はいはい♪ じゃあ早速お弁当を食べるわよ♪」


 弥生と宗堂がイチャラブ(咲耶の目にはそう見えた)しながら追いついて近くでブルーシートを広げる。


「……「咲耶、食べないの?」ん、食べる食べる…このサンドイッチ美味「はは! 相変わらず弥生の弁当は美味いな!」」


「そう? うふふ♪ ありがと♪」


 惚気再び。

 やっている方は楽しいのであろうが、親のイチャイチャなど見ても全く嬉しくない咲耶は適当に弁当を摘んで桜を眺める。


「おもひで桜…か…」


 何故この桜がそう呼ばれるのか? それはこの地域に伝わる昔話が元になっている。

 曰く、古い樹なので昔を思い出せるとか…夜、死んだ人間に会うことが出来る…とかであるが、前者は兎も角、後者は本当なのだとしたら心霊現象でしか無いのでにわかには信じ難い咲耶は“その時点”では気に止めること無く、家族と一緒に帰った。










 そして、夜。

 一度帰ったはずの咲耶は自転車を走らせ再び、おもひで桜の前へと戻って来ていた。

 第六感ーーー虫の知らせというべきものが彼を駆り立ててここに来させたわけだが、違った。


「…ッ!?」


 何かが…違った。

 桜の花はどこか妖しげに光を放ち、今夜は新月だと言うのに周りを明るく照らす。

 三たび視界の隅に人影が映ったような気がした。

 人が気付かないはずが無い状態であるにも拘らず、誰もこの心霊現象のようなものに気づく素振りが無い。 それが酷く不気味に思えた。

 しかし、不気味に思えることが返って彼に信じさせたのかもしれない。

 そう、“死んだとされる幼馴染に会えるのではないか”と。


「……!!!!!!」


 桜の花が放つ光が大きくなる。 光はまるで咲耶の意思を読み取るかのように彼の身体を包み、通り抜けると、樹の下のある一点に集まる。


「…? 昼にこんな土の盛り上がり…あったか…?」


 丁度そこには僅かにだが、明らかに土が盛り上がっている場所があった。

 取り敢えず落ちていた枝を使って、光が集まる地面の一部分を掘ってみる。


「…何だろう…何かの…入れ物か…」


 掘ると程無くして古惚けた小さな四角い箱が出てきた。

 『タイムカプセル』系統の物であることは想像に難くなかったが、咲耶は何故かこれを開けなければならないような気がした。

 数分悩んだ末開けてみると、これまた古惚けた紙が入っていた。 宝の地図では、ない。

 だが咲耶にとってはどんな宝の地図よりも価値がある宝の在処を示した手紙だったからだ。


「『おもひでの桜、散り行くはおもひでの君の下へ』…か。 そうか…何だ…やっぱりそうだったんじゃないか…っ!」


 手紙の内容を口遊み、手紙メッセージの意味を正しく理解した咲耶は、紙の裏に返事の文を書いて元に戻して家に帰った。


『散りし桜、君の下で花開くかの如く繁栄の礎とならん』とーーー










 おもひで桜が全て散った日の夜。 咲耶は今月四度目となる丘へと急いだ。


「はぁ…っ、どこだ! どこにいるんだ‼︎」


 花が全て散った後も生命の力強さを感じさせるおもひで桜の前で彼は、叫ぶ。

 そこに自らの思いを全て込めるように。

 すると、風が吹いた。


「ここだよ。 ここにいるよ」


 ふわりと吹いた風に眼を細めると幹の裏から隠れるようにして、一人の女性が彼を見ていた。

 その姿は彼の記憶に残る最後の彼女の姿よりも大人びていて、確かに彼と同じだけ歳を重ねたことが分かった。


「…桜…?」


 彼女の名前が、自然と咲耶の口を衝いて出た。


「…もう、何年待たせるの? 気付くの、遅過ぎだよ? …ちょっとしたイタズラだったのに、警察まで出て来て? あまつさえこんなに時間が掛かるなんて…」


「い、イタズラ…?」


「えへへ…隠れんぼ…の、つもりだったんだけど…気付いたら大事に…あはは…」


 空気が凍ったとはこのことを指していると言える。

 この日、この町の周辺の地域の気温が真冬並みの寒さにまで下がったーーー訳ではないが、その形容するしかない程に空気が凍ったのだ。

 唖然としている彼の反応を見てか、桜は困ったように頰を掻いた。


「…家族のみんなには言ったんだけどね? どうせなら…見つけてくれるまで待とうかな…って…きゃあっ!?」


「…人が、人がどれ程心配したと思っているんだ…!」


 後退りする桜を咲耶は幹まで追い詰めて、両手で逃げ道を塞ぐ。


「…そうか。 隠れんぼだったのか…ならそれはもう、終わりだな」


「…ええと、うん。 見つかっちゃったしね」


「…下らない遊びに付き合わされた詫びをしてもらいたいな…十年だぞ十年…!! お前を探した所為で無駄にしてしまった時間の埋め合わせ、してもらうからな…ッ!!」


 どこか据わっている彼の瞳に見つめられると、桜は心臓が早鐘を打ち始めたような感覚を覚える。


「埋め合わせって? …何をすれば「こうするんだ」ん…っ!?」


 触れ合う唇。


「…もう、逃げるなよ? いやそれ以前に…逃がさないからな」


「……うん」


 桜は抵抗することなく再び咲耶を受け入れ、二人はおもひで桜の前で互いの想いを確かめ合う。

 失ってしまった時間の埋め合わせとして作った、“おもひで”の数々はその後、二人の人生のノートにかけがえのない一ページとして刻まれていくのであったーーー

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