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monophobia ‐モノフォビア‐  作者: 白檀平次
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無感傷

 「無感傷」

午後7時、アトリエ棟にはすっかり人気がなくなり、まるで廃校舎のように静まりかえっていた。

そこでわたしは、卒業制作を作っている。


わたしの専攻は木工であるが、木製のもので作るものとすれば大体椅子や、本棚、箪笥と相場は決まっている、折角の大学最期の制作なのだから、そんなありふれたものは作りたくない。

これは、わたしにとって大学を卒業するための作品ではない、本当の意味で、自分から卒業するための新しいステージへ上がるための作品なのだ。

何度か試作品は完成させたが満足のいく作品はまだ作れていない。

恐らくこれが最後のチャンスになるだろう。

わたしはトンカチをひたすら振り下ろす。

今まで以上に力がこもる。かれこれ3時間はずっと作業しっぱなしだ。


「まずいな、あいつが起きるころだ…」


わたしは、さっさと眠ってしまおうと手にしたトンカチを一度しまい、手際良く片付けを済ませゼミ室へ向かう。


いつも六道先輩が座るソファに倒れこむようにその深いクッションへダイブして、ふわふわなソファの心地を感じながらわたしは眠りに落ちていった。


・・・・。




10月13日金曜日、九十九影久が主催する飲み会当日。

久しぶりの飲み会なので、いささか胸がソワソワしていて、落ちつかない、これは愉しみという感情なのだろうか、いや、ただ単純に不安なのかもしれない。


人付き合いが苦手なわたしにとってあまり親交のない人と飲むというのはやはり気遅れしてしまう。


そもそも九十九はわたしの同回生であるのだが、実のところあまり喋ったことはなく(まあ、九十九だけに限らないのだが)ほとんど顔を知っている程度の関係であった。


それに九十九はわたしを嫌ってる節がある。

デッサンの時間、九十九は遅れてデッサン室へやってきた、そこで先生とお決まりの一問答を済ませ、イーゼルを運び出す。


デッサンは必須科目であるので、イーゼルも椅子の数も十分にあるのだが、部屋は狭く場所がない。


空いているところなど人を避けて場所を確保したわたしの隣くらいだ、もちろんモデルとの角度も申し分ない。


この良物件に人が隣に引っ越してくるとなると少々居心地悪くなるなあ、なんて考えていたが、彼はわたしの物件に一度目をやったあと、あろうことか、わざわざ人とキャンパスで混み合う狭い道をくぐり抜け、モデルの顔がほぼ真横しか見えないため空いていた不良物件に自分の場所を構えた。


彼はよっぽど横顔が書きたかっのか?

違う。

それはただ単に、単純にわたしの隣が嫌だっただけなのであろう。

それから彼は一度もわたしの隣に座ることはなかった。


そんな彼がわたしを飲み会に誘うなんて、裏があるに違いない。

誰が見ても違和感を感じざる得ない出来事。

そこに六道先輩も加わっているのだから、これ程不信な飲み会もないであろう。


わたしは六道先輩と、電車で目的の場所へと向かっていた。

駅前で真如真理達と合流する段取りになっている。


ゼミ室では専ら甚平姿で活動する六道先輩のファッションセンスにわたしはいつも冷や冷やするのだが、先輩は大学の外ではそれなりの服装でやってくる。


いや、それなりなんて言葉は失礼だろう。

服装自体は黒いパーカにジーンズ、バックなどの小物は一切持たず、持ち物は財布と時計だけなのだが、そのどれをとっても高価なものとわかる。


ファッションに疎いわたしでもその時計がスピードマスターの上位モデルだとわかるし、パーカは大学生には少しお高いROENのワッベン加工が施されたパーカ、ジーンズは先輩には相応しい世界最強と言われるほどの強度をもつMOMOTAROシリーズだ。


若干お兄系にもとれるそのファッションを女性の身体でさり気なく自然に着こなしている。


事実、六道先輩は良いとこのお嬢様らしいのだが、その実態は謎に包まれている。


留年をくりかえしても郷里の親が迎いにこないのはそういったお金持ちの背景もあってなのだろう。

全く羨ましい、わたしもあやかりたい所業である。


そうして窓のむこうで早送りされる街並みをボーっと眺めていると、急に六道先輩はちっと舌打ちして、

「またか」

などと呟いた。

「はい?何か言いました?」

六道先輩はふんと鼻を鳴らした後、何かを諦めたように前傾姿勢になっていた身体をシートに預け腕を組み、「扉の前で立って新聞よんでるあの中年男を見てみろ」

と顎で方向を指し示して、「気付かれないように尾行してるつもりなのか、あれこれ手法を変え姿を変えてわたしを付けている」と付け加えた。

「本当ですか?全然気付きませんでした」

わたしが答えると六道先輩は「今日は敬語なんだな、良い事だ。先輩には敬意をもって接するべきだ」と言った。

いつもわたしは先輩に失礼な態度をとっていたのだろうか?ならば少しあらためなくてはいけないと少し自分を戒めた。

「あの男、ちょっとかじった素人の尾行術で度々わたしのあとを付けてくるのだ、最初は勝手にやれとほっといたんだが、こう何度もやられると不愉快だ」

そう言って先輩はその長い脚を組み、頭を下げて昼寝の態勢に入った。


まてまてまて、それはストーカーではないのか?

わたしは警察の力を借りた方が良いのでは?と老婆心から忠告するがー…

「警察は嫌いだ」

とピシャリと拒否られてしまった。

「あれは、ストーカーとかそんな類のやからじゃない、曲がりなりにもプロが使う尾行術からして、探偵かなにかだろう」

「探偵って、浮気調査とか?先輩結婚してるんですか?」

ガシッ

脚を蹴られ悶えるわたし。

先ほど自分を戒めた直後にこれである、まったく自分の記憶力の頼りなさにうんざりさせられる。事実、わたしは今日の飲み会の話すら忘れていた、真理から再三来るように催促の電話がかかってきて初めて知ったというくらいだ。

若年性アルツハイマーではないかいささか不安になる。

電子表示板を見ると、目的地から二駅まえの駅名が表示されていた、このままいけばあと10分足らずで真理達の待つ目的地につくだろう。


不機嫌にふて寝する女王様と新聞紙からチラチラこちらを伺う探偵もどきの中年男の間でしばらく揺られていたが、流石に居心地悪くなり、わたしもまたふて寝を決め込むことにした。

プラットホームに降り、改札口をぬけると真理がこちらにむけて手を振っていた。

「先輩こっちですー」

一目憚らず大きな声で高々と叫ぶ真理の隣で二人の男が立っている。

九十九影久と、その後輩で真理の同回生、真藤真也 《しんどうしんや》である。

「先輩来てくれないかと思っちゃいましたよー、電話しても知らないなんてしらをきるんですもん、六道先輩は来なくてもよかったんですけど」

またこいつはそんなことを、だまらせてやろうかと思ったが、ニット帽をかぶった真也がそれを真理の口元まで深々と被せてわたしのかわりに黙らせた。

真理は突然視界が真っ暗になったことへの驚きでパニック状態なのか、ニット帽の中でモゴモゴと何やら叫んでいる。


「またこいつはそんなことばかり言って、すいません先輩、こいつ阿呆ですけど根はそれなりに良いやつなんで」

真也は軽やかな口調で阿呆の代理で先輩に謝罪する。

「それなりって何だ!それなりだけど」

当の阿呆は帽子から抜け出したや否や開口一番ツッコミをいれた。

たいした根性だ、その根性をもっと生産的な何かに活かせないものか。


真藤真也は真理の友達ということもありたまに一緒に遊んだりする間柄だ、なかなか気の利く後輩でわたしは結構好感を抱いている。

その横でぶっきらぼうに佇む九十九はというと、真也とは対照的で無口であまり周りと歩調を合わせるのが大の苦手というような印象である。

ラグビーをやっていそうな良い体格にも関わらずスポーツなどからっきしでインドアな性格、良くゼミ長をやっていけるもんだと不思議だったのだが、考えてみれば六道先輩もゼミ長だったことを思い出し、それに比べれば幾分マシかと納得した。

九十九はチラチラ六道先輩の顔を伺い、何やらソワソワしていたが意を決したように声をかけた。

「まさか来てくれるとは思わなかった、ありがとう」

「わたしだって誰かと飲みたくなることもあるさ、そんなにわたしは変人に思われているのか?」

いやいやそんなわけではと、九十九は慌てふためく、その姿はまるで思春期の中学生のようで可笑しかった、わかりやすいやつ。

わたしたちは真理の案内で予約した店へと移動する、真理の案内は頼りなく街中を右往左往としてどこへ連れていかれるのかと冷や冷やしたものだが、着いてみればなんのことはない駅から目と鼻の先の場所であった。

どうやら迷っていただけのようだ。


昔の日本屋敷のような佇まいのお店へ入り、席へ案内される。

六道先輩が好きそうな雰囲気だ、九十九は多分木工ゼミの内装から、先輩がこういう店が好みではないかと下調べでもしたのだろう。

まったくわかりやすいやつ。

案内された席はお座敷調の部屋で、座布団五つ敷いてあった。

上座の座布団には空気を読まない真理がその大きい尻を置く。

続いてわたしと先輩が向かい合うように座り余ったわたしの隣には真也が座り六道先輩の横の席に九十九が座るだろうと予測していたのだが、あろうことか九十九はわたしの隣に腰をおろした。

分からない。こいつはわかりやすいやつだと思っていたんだが。

真理が乾杯の音頭をとると言いだし立ち上がる。しかし一向に乾杯する様子は見せず、彫刻ゼミの活動歴史から始まり、真理が美術学部へ入るきっかけとなった理由、幼少の頃はアイドルになりたかったなど段々脇道にそれていく自伝を語り始めていたので、もう勝手に始めてしまおうかと麦酒を手に持った時、九十九が、あの3年10ヵ月口を聞かなかった九十九がわたしに話しかけてきた。

「お前俺のことが嫌いだろう」

驚いた、それはこっちのセリフだったからだ

「わたしは九十九がわたしを嫌っていると思っていたけれど」

「嫌いだよ、俺はお前が嫌いだ」

分かってはいたがこうはっきり言われると傷つくものだ。普通は傷つくものだよな?

「なんだか人間の振りをしているみたいで、嘘くさくて嫌いだ」

・・・わたしは何も答えない

「そして六道と自然に会話するお前が嫌いだった」

だった?

「やめたんだよ、なんだかかっこ悪くてね、お前に嫉妬して、羨ましがって勝手に嫌ってる自分が酷く情けなく思ったんだ、だから今日、和解の意味を込めてお前を呼んだんだ」和解、和解することなどないではないのか。

わたしと九十九とではまだ何も始まってすらいないのに。


「六道先輩を呼ぶ口実に同じゼミ生のわたしが呼ばれているのかと思ってましたよ」


「まあそれもあるがな」

九十九はそう言って笑った。

初めてわたしに笑った。わたしはそれがなんだか、新鮮で嬉しかった。

これが嬉しいという気持ちなのだろう。

これが嬉しいという気持ちなのだ。


「今日はいままでのことは忘れて飲もう。後でこっそり六道の電話番号教えてくれ」


わたしは一言知りませんとだっけ言ってビールの入ったグラスを九十九のグラスにコツンと小さく乾杯した



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