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monophobia ‐モノフォビア‐  作者: 白檀平次
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察人期

察人期

感情と何なのだろうか?

喜び、悲しみ、怒り、苦しみ。そういったものを感じえない人間は果たして人間社会で、一つの歯車として廻っていけるのだろうか?

わたしは不可能だと思う。

もし感情が脳がシナプスをかいして電気信号を送り、正常な脳運動から生まれる副産物なのだとしたら、感情を感じえない人間は、わたしは異常だということになる。

そしてそんな異常な、欠陥製品のような人間には人の気持ちがわからない。

それは別にわたし一人ではなく誰でも同じだろうと皆言うだろう。

彼女、六道狂子りくどうくるねもそう答えた。

しかし、ここでわたしが言いたいのはそんな当たり前の話ではないのだ、例えば恋人に振られて涙する乙女、子を交通事故で亡くした親、試合に負けて甲子園の土を袋に詰める球児達、彼らはみな悲しくて涙をながしているのだろうが、わたしにはそんな当たり前なことがわからない。

そんな姿を見るたびに、まるで別の生き物のように感じる。恐怖すら覚える。聖人君子だろうが悪逆非道だろうが人畜無害だろうが関係なく、人類全てがわたしにとって地球外生命体なのだ。

「お前はたまに胸糞悪くなるくらいの心の闇を披露するな」六道狂子は言った。

「わたしにはそんな感情の機微すらわからない」

わたしは答える。

六道狂子は小さく笑い、「こんな感情は知らないほうが生きやすくて良い」と言った。



彼女はわたししか所属していないゼミのゼミ長で、剣道の有段者、そして今年で6回生になる強者である。

大学構内でも甚平姿で歩き回り講義などには一切出席せずただゼミ室を我が物顔で占拠している。

たまに彼女が講義にでている姿を目にした学生たちはその珍しさから縁起物をみるかのように拝む始末だ。

容姿端麗でモデル顔負けの長身ときめ細かい白肌、関羽の美長髭すら霞んで見える長い黒髪なのだが、その奇行と風貌から男は一切寄り付かないという、神が与えた一物も二物も無駄にしてしまう残念な先輩。

カーン

終業の鐘がなる、時刻は12時15分。昼時、先輩の趣味で和風にインテリアされたゼミ室がちょっとばかし騒がしくなる時間。

「そんなお前を好いてくれる物好きもいるんだよな」六道は不吉な言葉を残す。

 ガララララ!

勢いよく扉が開けられ、閉めきったうす暗い部屋を眩しい光が射し込む。

「先輩ーー!」

射し込む太陽の光にも負けない天真爛漫の笑顔で飛び込んでくる女の子。わたしの後輩、真如真理しんにょまりがそこにいた。

まるで地球の重力を無視したかのような滞空時間を要する跳躍でわたしめがけて飛び込んでくるショートカットの、いやボブカットというのだろうか?真如真理はわたしと同じ美術学部に所属し、専ら彫刻に力をいれている一年下の後輩である。


同じ講義で隣に座って言葉を交わして以来、彼女は何かとわたしに付きまとうのだが、わたしはその日の事などてんで記憶しておらず、初めはわたしの周りを金魚の糞のように付きまとうストーカーだと思っていた。


一度会話した人の名前も顔も忘れてしまうわたしにも落ち度があるのだが、いやむしろ落ち度しかないのだが、ニュートラルがローテンションのわたしにとって彼女のテンションはすこし、鬱陶しかった。


そんな彼女、真如真理は、違うゼミ生にも関わらず、毎日のようにここへ顔をだし、昼時は決まってやってくる。


「先輩ー、何故彫刻の授業とらなかったんですかー?わたし寂しくて淋しくて、先輩の彫像作っちゃいました!」


そう言っておもむろにに一体何を詰め込めばそんな膨れ上がるのか、パンパンのバックから、木製のわたしの裸体を取り出した。


「何故裸なのだ」


「ロダンの考える人も、ダヴィデ像だって裸じゃないですか、彫像は裸がノーマルなんです!えへへ」


大学の講義で人の裸体を勝手に制作するなと憎まれ口を叩きはしたが、その裸体が本物より3割増し美形に作られていることはこの際口にしないことにする。


多少見栄を張っても罰は当たらないだろう。


「少々美化しすぎではないか?こいつはそんな引き締まった身体はしてないぞ」


まるで名高い女神の彫刻のように、ソファに深く腰かける六道は嫌らしく微笑みわたしの彫刻に水を差した。こんな時だけ、この先輩は心から愉快そうに笑うのだ。


「見たことあるのか!わたしの裸をみたことあるのか!」


ソファの上の邪神像にわたしは噛みつくと、隣の後輩もいきり立った子犬のように噛みついた。


「見たことあるのか!うらやましい!」


きぃーっなどと歯を食いしばって六道に敵意を向けあーだこーだと喚き散らす後輩だったが哀れなり、邪神様と子犬様とでは、チベットにそびえる最高峰チョモランマと、真理が大学主催のBBQで砂場を占拠して無我夢中で作り上げた「ふじさん」と書かれた砂山程の埋まりがたい差があった。


しばらく、不毛な言い争いを幼い子をもつ親のような気持ちで眺めていたが、どんな言葉も三倍の罵倒と嫌味で返すチョモランマには「ふじさん」は役不足だったようで、真理の身はみるみる縮こまり、目に涙を溜めて口をパクパクし始める。流石に可哀想に思ったわたしは助け舟をだしてやることにした。


「わたしは先輩の前で裸になるような事は今までにないし、そんな間柄でもない。むしろ相性は最悪と言っていいから安心しろ。」


真如真理は「ざまーみろ!先輩と心も身体も相性ばっちりなのはわたしなんだから!」などと調子にのったことを言いはじめたので、実の詰まってないであろうキノコ頭を少し強めにこずいてやった。

カランなど空空しい音がすると思っていたが、想像とは違いゴツンという音色が聞こえてきたので、一応はしわのない脳かつまってはいるようだ。


「いててて。すいませんでした。わたし本来の目的を見失っていました。今日は先輩にお伝えすることがあってきたのを忘れておりました。失念失念」


こぶのできたオデコをさすりながら乱れた服をただしわたしに向き直る。


「なんと我らがゼミ長、九十九つくも先輩開催の飲み会の日程が金曜日に決まりました!めでたい!」

パチパチパチ


自ら手を叩き盛り上げる後輩の姿は昔家にあったシンバルをパンパン鳴らす猿の玩具を連想させる。


「わたしはお前のゼミに所属してないし、九十九先輩とやらの飲み会を心待ちにした記憶もない。だから金曜日に開催されようが元旦に開催されようがエックスデイに開催されようがわたしの知ったことではない、そしていかない」


「むー!九十九先輩たってのお達しなんですよー絶対連れてこいって!お願い!」


顔の前に手を握り、懇願する真理。しかし、わたしは卒業制作がはかどっていなく期限まで秒読みの状態である。下手をすれば来年もわたしはここで不毛な時を過ごすことになる。六道狂子のように何年もゼミ室を占拠する事態は避けたい。

どれほど拝まれようとわたしは神でも仏でもない自分可愛い人間であるからしてその願いは聞き届けない。


「じゃあ一体どーすればわたしの願いを聞き届けてくれるのですか!?」


何をしようとわたしは行く気はさらさらないが、話が長引くのも嫌だったので、折角だから絶対不可能な無理難題をだすことにした。


「六道がその飲み会に参加するってんならわたしも参加しようか」

我ながら酷い課題だと思う。先輩がそんな大学生が若さに身を任せて発案したイベント事に参加するなど天文学的数字である。何より真理が天敵である六道に「一緒に飲みに行きましょう」なんて泥水をすするような屈辱的な言葉は口がさけても言えないだろう。


しかし、驚いたことに、苦虫をかむような顔ではあるが彼女は、真如真理は六道に一言、「六道先輩も来ます?」などと口にした。

その衝撃をどう伝えればよいのだろう。

表現が難しいが、とにかく、それはわたしの中で革命に等しいくらい衝撃的な出来事であった。


しかし、六道狂子の返答はその衝撃すら上回るものだった。

「面白そうだ、参加しよう」




あとから聞いた話、真如真理が九十九影久からうけたお達しはわたしを誘うことだけではなく、そのゼミ長の六道先輩を一緒に連れてくることでもあったらしい。

いやこの場合、わたしはおまけで、本命は六道先輩であったというのが正しいだろう。

彼女に近づきたいがその他を寄せ付けぬ雰囲気からなかなか声をかけられない男共はこの校内にはごまんといる、その九十九先輩とやらもその一人だったということだ。


世の中にはなんと周りの見えていない人間が多いことか、彼女は、六道狂子は決して近づいてはいけない類の人間であるというのに。

感情を知らないわたしだからこそ、人を未知の動物として研究対象のように観察してきたわたしだからこそ彼女は異常であることがわかる。いや、異常という表現は正しくない、それは凡人達から見ての言葉だ。

彼女は進化した動物なのだ。そして進化した彼女にとって、わたしたち凡人は捕食対象でしかないのだろう。それは、なんという孤独だろう。圧倒的強者であるが故の完全なる孤独。

わたしと彼女は似ている。ここでの類似は強者としてではなく孤立した生命体としてである。

初めてであった同族、それゆえわたしは彼女に惹かれてしまうのだ。

食虫植物の甘い香りに誘われる蟲のように

わたしは彼女に引き寄せられてしまう。

いつか喰われるその日まで、わたしは彼女の隣にいようと思った。

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