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07 テオバルト・ミュラー・ハーゼはベイセルの帰還を喜ばない

 木造3階建て階建て、4LDKの家をテオバルトの貯蓄の1割にも満たない金額で買ってからルイーザは忙しくなった。家事全般がルイーザの仕事になったからだ。テオバルトがテオバルトが命じた訳ではないのだがルイーザが率先して家の中の仕事をし始めたのがきっかけだった。料理から掃除洗濯、買い出しまでを引き受けてくれたのでテオバルトは暇になった。


 テオバルトの一日は起きてからルイーザの作ってくれた嘲笑を取り自分の法術に必要な魔力の流れを感じるという一見修行の様なことをしながら昼食の時間までのんびりした時間を過ごし、その後は筋力が落ちないようにトレーニングをしながら夕食の時間まで過ごし夕食と取って自分の部屋で眠りに就くという事をこの1ヶ月繰り返していた。法術については全く前進していないのだが身体は引き締まり2周りほど体格が大きくなったような気がする。ルイーザにも指摘されたので事実なんだろう。


 周りの住民から見たら同居人のルイーザをこき使って引きこもっているように見えるのだが周囲に気を遣って生きていく事にテオバルト自信が疲れ切ってしまっていた。自分に対しては優しく接して欲しいのに自分は他の人間について優しく接したくはないという考えが理解できなかった。


 地球時代のテオバルトは人を殺した事がある。自分が生きていくのに必要だったというのが理由だが殺してから分かった事もある。殺したら殺される危険にさらされるということである。そのことを理解したのが殺人を犯してしまってからと時点でテオバルトはどうしようもないと思ってしまった。手遅れになる前に気付ければ良かったのだが、人が学ぶ必要に迫られるのは自分が何をしたか気が付いてからなのだから本当にどうしようもない。


 この世界に来てから人に優しくしようと心機一転して、今までの自分をリセットできたような勘違いをしていたと気が付いたのは、他人については人という生き物が優しさを持たないと気が付いてしまったからに他ならない。


 現在のテオバルトにとって信用できるのはルイーザと王都に向かったベイセル、そしてベイセルの親友である司教の3人だけになってしまった。本来の自分を認めて貰えないということがこれほど自分の精神的な支えをむしばむとは思っていなかったのである。


 優しくする事はこの世界では美徳とされるが美徳とされているという事が示す通り、それを行う事が困難だということに気が付いてしまえばそこで人との関わりを経ってしまっても誰も攻められないだろう。だからそこそろそろ帰ってきてもおかしくない気を許せるベイセルの帰りを待ち望んでいた。



 ***



 例えそれが首から上と下を切り離されたベイセルの遺体だとしても。


 ほとんど引き籠もり状態から日常に復帰させたのは王都の兵士がベイセルの遺体を運んできたと聞いたからだ。遺体はこの街の広場に晒された。この街を治める大公自ら出張ってきたような自体なのでこの街の住人は一人残らず広場に集まっている。


「ルイーザどういうことだ?」


「私としてもこういうことになるとは思っていませんでしたので・・・」


「クソ司教、あんたは?」


「おそらくだろうが、貴族共だろうな。ベイセルは元々こんな防衛都市にいるような奴じゃないんだ。元近衛部隊の部隊長補佐だったような奴だからな。テオバルトは知ってるだろう?あいつの嫁さんのことをよ」


「何度か飯を差し入れして貰った。ベイセルの女房なら知っているに決まっているだろうが」


「ベイセルの女房は元貴族の娘でな姿勢に降りる事を条件にベイセルと結ばれたんだが、それをよく思わない奴がいてもおかしくないだろう?あとこの街で大公に擦り寄っている馬鹿以外の住人にとっての心の支えはベイセルだったからな。大公もよく思っていない奴の1人だったんだろう。それがミスったんだからそれを突かないはずがない。あとはこの結果が全てだ」


 当然ながら事情を運んできた兵に聞いたら、ベイセルは領地外の遠征失敗の責任を取って処刑されたという。無駄に国民の命を消耗した愚か者とその兵隊達と共に来たマイアタルの大公が口にした時点で、ベイセルの遺体運搬の任にあった兵と大公をまとめて切り伏せ、その後で俺が信頼できる3人の内の2人に聞いたのが今し方あった一方的な虐殺の事の顛末だ。


 広場にいるこの街の住民達は逃げ出してもおかしくない状態にもかかわらずベイセルの遺体を囲んだまま動かない。これが人に慕われたという事の証なんだろう。


「テオバルトには言っておくがベイセルはこういう結果になる事を多少なりとも理解した上で王都に行ったんだろう。だからこそお前に聞くがこの後どうする?俺はお前に対して敵対する気はないし、逃げるというのであれば教会の蓄えから全てお前に逃亡資金として提供してもいい。だがベイセルに対して良い想い出があるのであれば提案があるがお前はどうしたい?」


「提案をさっさと言えよ。逃げる気があるならこんな事はしていないって分かって言ってるんだろう?」


 という小芝居をベイセルは帰ってからずっと1人でしている。ベイセルから見た俺はそんなキャラクター設定なんだろうか?


「こんな熱血ものが今王都で流行ってるみたいなんだ。なかなかいいと思わないか?友の死を乗り越えてってのは男だとたぎるだろ?」


「お前の想像の中で私がどういう立ち位置なのか再確認したくなるが、勝手に死なせないで貰いたいのだよ。それと私は大公じゃなくて伯爵だからな。大公って国王陛下だからな。お前が不敬罪で処刑されないのが不思議でならん。」


 初めて会ったがこの街と周囲の領土を治める伯爵だった。かなりベイセルに存在感を食われているが。


「病気であれば仕方がないという事らしいぞ伯爵閣下。しかも患部が脳みそだから情状酌量ってとこで手をうつしかないだろうな。教会でもベイセルは扱いにくいし、いっそ処刑されれば楽になるんだが、テオは知らないだろうが陛下がなベイセルと趣向が一致しているんだわ。陛下に送る品で悩んだらベイセルで試すとか貴族の中じゃ常識みたいになってる部分もあって、そういう部分は重宝しているのでこの国でベイセルに対する評価は予想以上に高かったりするんだよ」


 ベイセルの価値が微妙と思うが、帰ってきてからずっと妄想を垂れ流している40過ぎのおっさんに対する適切な対応など習った覚えもないし学んだ覚えもない。こっちの世界には隔離病棟とかないのかと本気で思うってしまう。


「テオももう少し乗ってくればいいじゃないか。でルイーザとの同居生活はどうなのよ?お風呂に入ったら鉢合わせとかはお約束だと思うんだけどどうなのよ?」


「なあハゲ、何でこんなにうざいの?」


「昔からこいつは王都に行くとこんな感じで帰ってくるからな。病気だと思った方が良い。あとルイーザが非常事態だフォローしておいた方が良い」


「何で赤くなってんの?そんな事1度もないじゃないか」


「キャー、テオ君やってみたいのねぇ~」


「ベイセルさぁ、マジでうざいよ」


 ベイセルがこんな上機嫌な理由は確かにあるのだが現在はかなりうざいだけの40過ぎのおっさんだ。王都に召還されたの理由は間違いなく部下を失った責任追及だったが別に死刑になるような事でもない。「次から気をつけてね」という感じが基本対応らしいので一般市民の死について余り拘りがないのだろう。この国の8割方が化け物出現地域なんだから、一般市民や兵士なんてサクサク死ぬわな。そりゃお偉いさんも慣れるわ。


 でもこんなに早くは買えって来れないらしい。森への遠征計画からどの部分で部下を失う事になったのかと下っ端の役人と会議を平中蹴ればならないらしいが、俺がギルドで売却した白いオーガの鉱魔石を死因不足のマイアタルギルドから預かり王都に持ち込んだところベイセルに対する反省会がなくなったというか、している場合ではないというか鉱魔石の話で持ちきりになったのでお前の用件は面倒だから帰ってくれないか?という状態になって帰ってきたらしい。売上高でギルドの運営も再開できるらしいのでなかなか優秀な働きをしていると思うのだがうざい事この上ない。


 ギルドが再建できるのであれば俺の売却額はどのくらいピンハネされたのかとても気になったのでギルドの奴に聞いたところ顔を背けられて以後無視されるようになった。


「テオにさ話あるんだけどいいか?ルイーザも一緒にな、あと司教様もご一緒にどうぞ」


 そういう目配せは勘弁して欲しいという顔をしていたのは俺と司教だろうな。ルイーザはてこてこ後に付いてきている来ているし絶対に分かっていない。ああいうのは面倒事を言うときのやつだ。


 持ちとは逆の出口を通り街から出て数分の距離でベイセルは話を始めた。


「テオは王都に行く気があるか?」


「まったくないな」


「そういうことか、また面倒だな。テオ」


「王都に入った事がないので行ってみたいですけど雇い主が行かないというなら私も行きたくないです」


「だよなぁ~」


 俺、司教、ルイーザとベイセルの質問に対して答えていったが予想通りとでもいうようにベイセルには堪えた様子がない。


「面倒だな、外れたら良いなと思うが白い鉱魔石のことだろう?」


「テオは察しが良いな。でも状況は良くないんだよな」


「色が問題という事で間違いないな?まぁ常識に照らし合わせたら問題にもなるだろうさ」


「期待を裏切らずに色が問題だ。王都でも鉱魔石の売り買いは普通にあるんだが普通は黒いんだよ。良くて黒寄りの灰色が精々だ。黒ければ黒いほど魔力を含んでるってのは理解しているみたいだな。遺跡とかにあるやつだと白とかも採掘されるんだがな。で普通はそっから宮廷に使えている方術士が鉱魔石に含まれている魔力を抜いていく訳だ。精々が灰色から白に魔力を抜くのに数年単位で掛かるんだわ。この場合の鉱魔石はゴブリンのだと思ってくれ。オーク以上になると抜く事も出来ないらしいから」


「で白というか純白クラスの鉱魔石をどうしたのか?とか、白くする作業に従事しろってパターンか?そうなら100%断るけどな。」


「国としては当然だな、魔力っていう不純物が混じっていない鉱魔石なら確保しておけば損はないし。大量に保持できるのであれば隣の国に攻められても対抗できるし、逆に攻め入っていけるからな。フリーのテオから購入するなら高く付くが雇ってしまえば仕事として処理できるから国庫も潤うってやつだ。あたりまえに給料以上の仕事をさせられるのは確定だろうけどな」


「選択肢ですらないな。で俺の意見はそんなことは却下だ。お偉いさんの考え方が理解できないんだけどさ、欲しいなら自分でやればいいじゃないか。第3者を巻き込むなよってやつだろ。」


「だわな。俺でも嫌だからな。強制されたら街を出るくらいにはな。ってことで街を出る気があるか?追い出す訳じゃないんだけど、このままだと王都から迎えが来ると思うぞ」


「家買って1年しないでまた引っ越しか。何処に引っ越せば良いと思う?」


「何処の街でも一緒だな。見た目は地味だがお前の活動は目立つんだよ。白い鉱魔石なんて売ったら一発でアウトだ。で引っ越し先だが森しか選択肢がないだろうな。他の国に行っても一緒だろうし」


「化け物だらけの中をルイーザ連れて暮せって?俺なら何とかなってもルイーザを殺したいのか?」


「俺も引っ越そうと思うんだわ。今回お前の話題のおかげで叱責されるような事がなかったがやっぱりテオっていう個人のの意思に反してるしな。向こうの話は少し聞いてきたし、あちらからお前をこの街に止めておけって事も言われたし」


「俺がこの街から出たらベイセルも責任問題になるから一緒に出るって事か」


「あとはピエルも一緒だ。国としては宗教関係には手を出しにくいが、白い鉱魔石はそれを超えてでもっていう価値があるからな。じゃないとここに呼ぶ必要自体無いだろ」


「・・・お前に関わるとろくな事にならないという事なんだろうな。まあ腐れ縁だし身支度でもしようかね。何人かついでに誘ってみようかね」


 俺の事のはずなのに俺を置いていって話が進んでいるのはどうなんだろうか?俺1人の話では終わらないということは理解しているんだが話の中心人物を置いて話をしているのはやはりおかしいんじゃないだろうか?ルイーザもさっきからついていくという事以外口を開いていないし。


「出て行くのは良いんだが森以外の選択肢が無いって事で良いんだよな?で森以外だと何処に行くかが決まってないって事で良いのか?」


 ベイセルも司教も頷いているが本当にこいつらは考えているようで考えていないんだろうな。本当にろくな中年じゃない。考え無しに引っ越しの準備とかこの司教は人を舐めてるのか?


「じゃあ啓示もあげましょうか?」


 あ?といった感じで振り返るとあれだ。諸悪の根源がここにいるってやつだ。女神であるならもう少し出てくるのに演出的なものがあってもいいと思うんだ。後光が差しているとか、上空から羽ばたかない絶対に役に立ってないだろって羽を広げて降りてくるとか、光り輝く扉方出てくるでもいいさ。普通に現れないで欲しい。


「よっ!」


 とりあえず挨拶と思って右手を顔の横くらいに挙げつつ言葉をかけてみた。そこには女神がいたからだな。


「テオ、おひさ~」


 おひさ~とか言ってる場合じゃないだろうに。収集がつかなくなったら女神はベイセルと司教に任せてその隙を見てルイーザだけ連れて森に逃げようと本気でテオバルトは心を決めていた。

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