05 テオバルト・ミュラー・ハーゼは吊し上げる
結果から言うと、ベイセルは死刑にはならなかった。40名の部下の死をその遺族に事の顛末をきちん俯くことなく説明し、今回の責任を遺族の意志に委ねたが泣き崩れる者は半数近く居たがベイセルを攻めるような者は居なかった。指揮官としては優秀だったのだろう。そして死者を量産したのは部下自身がベイセルの指揮について来られなかっただけと言うことだ。自分の力量を指揮によるものだと気が付かずに自分自身の能力だと思ったんだろう。ベイセルはとんだ貧乏くじを引かされたらしいな。
「引退も考えたが部下に救われたんだろうな。後お前にも助けられたんだろうな」
そう言ってベイセルは締めくくった。お前は生き残ったのだから良いのではないかと思うのだがそれを言うのも憚られた。言ってもどうにもならないだろうし。
ベイセルの顔を立ててやるために遺族には俺が死体が産卵している場所から掻き集めた武器を渡してあるので遺族は遺品として墓に埋めるらしい。この武器はこの街からの支給品で柄に使用者の名前が刻まれているのだそうだ。死者を埋葬する場所に未熟によって使い切れなかった武器を埋めるのは幾分滑稽に見えた。
場所を飯処へ移して最初に言われたの先ほどの言葉だ。お礼代わりに飯を奢って貰ったのだが、出された飯は今まで食べた中で最高に美味かった。ベイセルにこの食い物の説明を求めたが肉を焼いているだけで特別な事は無いと言われて微妙な気持ちになった。
「テオバルトは口は悪いが基本は良い奴だな。常識に疎い部分があるが原生地域から出てきたんだから記憶の混乱でも起こしてるのかね」
「原生地域って?」
「お前が居たとこだな。どこの国の領土でもない地域のことだが、当然ながらモンスターがうじゃうじゃ居るわけだ。そうすると俺たちが扱うよりも強い魔力に当てられて記憶が混乱することが稀にだがあるんだよ。記憶が混乱している奴に説明しても受け入れて貰えなくて今みたいな状況になるんだわ」
「特に困っているわけじゃないから問題ないと思うぞ?常識は学んでいけばいいわけだからな」
「教会に行くと一発で治るぞ?あと法術の処置もしてくれるしな。問題があると信仰に因る問題なんだが多少金に汚いかな。当然だが神様拝んでるだけで飯が食えるはず無いからな、結構いい金額を持って行かれることになるんだが教会の連中の事情も分かるからな。俺はあまり強く言えないんだよ。金に汚い連中は寄付金とかって呼んでるがぼったくりだと言っている奴も居るが利用しない奴は居ないと思うぞ」
女神は実在するんだがあいつが聞いたら泣きそうだな。とりあえず話を戻すか。
「法術があると便利なのか?」
そう法術ってのが気になっていた。あの女神は魔法があるといっていたが使える感覚が全くない。
「法術についての講釈は面倒だな。今回の報酬もあるし明日行ってみるか?俺からしたらお前は命の恩人って感覚が近いし、性格も面白いからな」
「それじゃ明日は教会に行くことにする」
「ああそうしろ。今晩は俺が宿を取ってあるからここの2階で寝てくれ。明日の朝飯くらいに迎えに来るわ」
ベイセルは店員に話をして俺の案内を頼んだようだった。飯が終わったら声をかけて欲しいと言われてベイセルと2人で残っている飯を片付ける。
「こんな部屋で寝て良いものだろうか?」
縦4メートル、横5メートルの部屋にはベットが有り椅子とテーブルのセットも置かれていた。
「この世界ではこれが常識なんだろうか?」
地球では寝返りも打てないような、ギリギリ入れるようなところで寝ていた。ミュラーの名前を貰う前は寝るところは基本野外だったし。
「ベットはたしか昔の寝具だったはずだ。今日は俺が借りているんだから使っても良いんだよな。と言うか使わないのは失礼だ。きちんと堪能しないと駄目だな」
ベットの誘惑には抗いきれずに柔らかいベットで首を切り落とされたような感覚で一瞬で眠りに落ちた。地球での生活を考えれば焼いた肉と宿屋のベットだけで天国気分を味わえる安い男を地で行っていた。
目が覚めると目の前にベイセルが居た。覆い被さっているわけじゃなくてベットの横の椅子に座って何か呑んでいるだけなのだが、ベットでの快適な睡眠を初体験して幸せの絶頂にいたのに起きた瞬間にベイセルと目が合ってしまったわけで不快指数が限界無く上昇していく。
「起きたみたいだな。外は良い天気だぞ」
お前は気分が良いのかもしれない。外は良い天気なのかもしれない。しかし俺は不愉快だ。こいつは昨日遺族に恨まれてミンチになってしまえば良かったのでないかと本気で思う。ここが俺の船だったら宇宙空間に投げ出してやっただろう。
「とりあえず俺はミンチになりたくないんだが?」
「あ?」
「声に出てるから、寝起きだとそんな感じなのか」
思っていることが声に出ているようだ。ってことは俺は本心で濃いがミンチになることを望んでいるのか。さようならベイセル、お前は良い奴だった。
「生きてるよ、今も良い奴だよ俺は。今日は教会に行く約束だろう?他にも案内してやるから早く起きろよ」
「寝起きだと気付いているならがなり立てるな」
これ以上気分を悪くする気にもなれないのでベイセルを追い出して脱いでいた服を着込み、教会へ向かうことにする。
教会は地球にも普通にあるが宗教や宗派によって多岐にわたるという伝承が残っている。俺の育った地域だと寺や神社というものが教会に該当する。俺の居た頃には教会なんてものは無かったし、神を信じているようなロマンチストも存在して居なかった。神に頼っても飯が食えるようになるわけでもないし、能力不足で廃棄される奴が助かることもなかったためだった。
「これが教会なのか?」
材質はコンクリートに近いんだろう思うが装飾など一切無くコンクリート打ちっ放しと言った外観の2階建ての建物の前で思わず声が出た。
「そうだな。この大陸の教会ってのは大体こんな感じだ。どの国でも信じている神様ってのは同じだから、国って枠を取っ払ったらこの教会が世界で一番大きい人の集まりだろうな」
ベイセルは俺が記憶障害の可哀想な奴と思っているようでここの世界では常識のようなことも、ここで生活している奴には必要の無い注釈突きで説明してくれる。勘違いなんだが役に立つので可哀想な奴を継続しているわけだ。おそらく教会に行っても改善することはない記憶障害の俺からすると、騙しているような気がしないでもないが必要になる知識の選別すら一人では出来ないので黙っておくのが最善だと思う。
教会に入るが外見同様に装飾は一切無い。質実剛健で機能性重視の建物でも目指しているのだろうか?あの女神とはイメージがかなり異なる。イメージ通りだと居る物も要らない物も散乱しているような感じなんだが、女神に会う機会が無いとこんなものなのかもしれないな。
「教会へようこそ!今日はどのような用向きですかな?」
そんな言葉を投げかけてきたのはこの教会の責任者であるピエルカルロ・マリヌッチ司教だった。この司教については性格的に気難しいらしいので事前にベイセルから教えて貰っていた。しかし司教はベイセルとは同期のらしく悪友であるとのこと。実際は心配する必要は無いらしい。アテアルバ国では第2位の実力者でマイアタルでは司教の位を与えられている。
「久しぶりだな、頭が禿げ上がってるが大丈夫か?あとその口調が気持ち悪いな信者から苦情が来ないか?」
「ベイセルよ、いくら私たちの仲とは言えここは教会で私は司教なのだ。相応しい話し方があるだろうに。あと剃っているのでハゲているわけではない」
「面倒じゃないか。それに他の信者も巫女の連中も居ないだろ?」
「それはお前が誰も居ないタイミングを見計らっているからだろう?」
「親しき仲にもってやつだわ。知ってる顔が失業するのを見る気は無いしな。そいうことで本題なんだがこいつの治療と法術の初期施術を頼みたい。魔力に当てられてかなり記憶の欠落が見られるんだわ。」
「友達割引など無いから料金は普通に貰うが問題ないな?」
「こいつには恩があってな俺が持つから問題ない」
「で少年。名前は?」
「テオバルト・ミュラー・ハーゼだ」
俺を放置して繰り広げられていた悪友同士の話はこれで終りということなんだろう。俺に話しかけてきたタイミングで声と口調が一気に変わった。司教のキャラに変わったとでもいった感じだ。
「では、魔力当たりの治療を始める。両膝を地面に付けて目を閉じるように」
この茶番には付き合わないといけないんだろうな。膝立ちになり目をつぶる。
「終わったぞ。どうだ?」
「なにが?」
終わったらしい。祝詞とか呪文とか無いの?
「魔力辺りの治療は済んだと言ったのだ」
「なぁ、ピエルカルロよ。これは駄目だったんじゃないか?」
「いやいや、術はきちんと発動したぞ。今までこれで治らなかった者は居ない」
「テオバルト、銀貨の下の貨幣は何か分かるか?」
「わからんが?」
「で、なんちゃって司教のピエルカルロさんよ。これは駄目ってことか?」
「らしいな。」
「偉大なピエルカルロ似非司教様よ。らしいな。とか言ってる場合じゃ無いと思うんだけどさ。司教様ほどのお方であれせられるのであれば魔力当たりなど一瞬で治せてしまうのではありませんでしたか?」
「別にいい。それほど困っているわけじゃないしそれについては問題にならない。無くしたものの価値を理解していないなら無くしたところで変わらないからな」
「テオバルトさ、なんか意味深なことを言ってる様だけど至って普通のことだな。でもピエルカルロからしたら沽券に関わる問題なんだ。日頃から若い巫女達に司教様とか言われてるんだぞ。ここで虐めておかないでどうするってよ。巫女達にこのハゲとか言われて夜な夜な枕を濡らす様にしてやろうってのが男の友情だろ」
「無能に無能と言っても無能のままだ。無能に関わって同じところまで落ちる必要を俺は感じない。なぁハゲ?」
「お前ら2人とも人としての心を持っているのか1度きっちり調べておきたいんだが。あとこれは剃ってるんだ。このストレスで本当にハゲるかもしれないがな」
「口調からしてもう偉そうな感じがなくなってるぞ、怒るなハゲ。良いから次だ。法術とやらを使えるようにしろよ」
「テオバルトは毒を吐くなぁ~ なんかピエルカルロが可哀想になってきたわ。こんな気持ち初めてだ」
「本当に酷いな。年配に対しての敬意とかが全く感じられん。しかしベイセルに優しくされると何かあるんじゃないかと疑ってしまうな。まわりに巫女が居なくてよかった」
仕事が出来ないならいくら偉そうにしても虚仮威しにもならない。このハゲにはもう威厳はないというか、宗教関係者に始めて出会ったのでこいつを基準にしてしまいそうで後々問題が起こったら原因は間違いなくこいつのせいだ。
「おっほん。ベイセルよ、テオバルトという小僧には法術の施術の必要が無いがどうする?さっき治療したときに感じたが、この小僧の身体には全身に施術されている形跡がある。記憶の混乱から使えていないだけか、こちらの可能性は考えにくいが施術だけ済んでいて一度も魔力を流していないかだな」
「多分後者だ。ハゲ。使い方だけ教えろよ。さっさとしないと普段の司教はキャラづくりしたって噂を流すぞ。」
「ここだと他の奴が来るかもしれんからちょっと俺の部屋まで来い。ベイセルお前も一緒にな」
やはりキャラを作っていたのか。面倒な奴だな。ただ教えてくれそうな雰囲気だから乗っておこう。
この後の話になるが司教に用事がある巫女が司教の部屋に出向くと、気絶した司教の額に似非司教、頬には役立たず、無能と書かれ、両手を身体の後ろで縛られ、腰に括られたロープで天井からぶら下がっているを発見し悲鳴を上げるという珍事があったのだが世間には公表されていない。
***
「テオ君は存在が面白いわね。それに比べて人間を創造する立場にある神のつまらなさは酷いわね」
女神はそう漏らして自分以外の他の神が創造した世界の様子を眺めていた。その目には羨望の感情が見え隠れしている。
神に寿命は存在しない。なぜなら神には寿命が備わっていないからだ。しかし神は1個体に1つの世界という括りで数えられる。なぜそうやって括られるかと言えば世界が滅んだ時点で管理している神が消滅するからである。自分の創造した世界と運命を共にする呪いを女神は全ての神の義務とした。女神以下の神はこれまでの例から平均寿命は2千年から1万年の範囲で収まる。1万年を超えて長生きをする神は全く居ない。
このことを地球人が知れば「地球はもっと長い歴史を持っている」と思うが、なぜ猿が存在しているのかということに行き着く。単細胞から魚類、両生類、爬虫類、哺乳類と進化したとされるが、哺乳類の猿から進化したのであれば猿はなぜ猿のままなのか?ということに行き当たる。どうして猿は人に進化しないのかと言われたら学者が正解らしいことは言えるが、らしいだけで正解ではない。正解は最初から人間は人間でしたということだ。
大地や海などの生活基盤のとなる環境とそこに住む生き物を複数用意して見守るのが神の役目、そして神の寿命と直結するのが人類となる。では過去にあったことは?と言う意見も出るかもしれないがただの舞台設定に過ぎない。そういう歴史を神が与えているに過ぎないからだ。実際問題、人間は1秒前の過去が本当にあったことを証明することが出来ない。
神様はリアリストの集団である。例えば地球では想像の産物であるがタイムマシンの概念がある。もし実現することが可能になって過去に戻った場合何もないところに行き着く。存在しても意味が無いので作ることが出来ない。
さらに創造が終わった世界に対してはその後の干渉は出来ないようになっていることも要因になっている。神としても自ら滅びを受け入れたいと願う自殺願望を持っている者は居ない。長く自らを存続させたいと願うあまり本来必要の無い細工を人間に施すことになる。それが自らの寿命を縮めていると言うことに気が付かないだけであるのだが。
なお、この義務を女神は持っていない。これにも理由が有り、神は自分に対してその絶対とも言える権能を行使することが出来ない。この縛りから外れることが出来るのであれば消滅する神など存在しなくなる。現在、女神は言葉にすれば創造神、絶対神という立場にある。前任の創造神が文字通り作りその権能を譲ったなどという事は無く、存在した時点で今の立場にいたのだからどうしようもない。自分に対する全てのアプローチが最初の段階で機能しないのだから詰んでいるとも言える。自分がそのような存在なので自分が創造した他の神には縛りという呪いを施した。自らの世界の消滅が自らの死に繋がる呪い。神の寿命を設定した。
だが女神も種類こそ違うが呪いを受けている。明確な自我を持ち続け滅びることが出来ず、永遠に孤独でいるという呪いに犯されていた。初めて見るものは繰り返される毎に色を失っていく。女神の色が失われた現状を打開したのがテオバルトの存在だった。違う世界からの召喚というものは実際に存在する。神同士で最初にそういう約束を結べば異世界商館という機能が想像する世界の基盤に含まれるからだ。それ以外で異世界に召喚されることはない。しかしテオバルトは紛れ込んできた。召喚されたわけではなく気が付いたらそこに居たわけだ。そんな存在に興味を持たないはずがない。
本来不可能な想像した世界への介入。自分の創造物ではないからこそテオバルトには価値があった。もし女神が自分への権能の行使が出来たのであれば自らの寿命をテオバルトにリンクさせる程度のことは当然のごとく行ったであろう。
「この世界にいる本当の意味を見つけられると良いのだけれど」
そう言っていつものようにテオバルトを見守ることにする女神であった。