04 テオバルト・ミュラー・ハーゼは色について想いを馳せる
石と土で作られた高さのある壁に金属で作られたアーチ状の門。それと同じく金属と木を使い固く閉ざされた観音開きの分厚い扉に門の横には通常サイズの扉も見受けられた。大きい門を開けなくても通行可能になっているんだろう。門の前には歩哨が4人いて門の上には小屋が有り見張りもきちんと備えられている。壁の上を歩いている兵も居るようだ。壁の向こうには建物の屋根が少しではあったが確認できた。
「ほぉ、なかなかに栄えてるな」
「だろう?こっちの門は基本的に出撃するときしか開かないんだがな。門を挟んで反対側は基本開きっぱなしだ」
「総人口が3000の街であればそれでも十分だろうさ」
「俺の自慢のホームタウンという奴だ。規模や多様さこそ王都には負けるが足りない施設はないな。普通なら街に入るのには初回だと税がかかるんだが今回はいらんよ。助太刀して貰ってるしな。オーガの鉱魔石の取り分も払わないとならん」
「助かるよ。金は大事だ」
「若いくせに、って若いからか。だが金に執着しすぎるなよ。自分の身の丈に合った金で満足できないと早死にすることになる。足りるくらいがちょうど良いんだ。余計にあれば生活は楽だがな」
「余計なお節介だと言っておこうか。知り合いに年寄り臭いと言われたことがないか?」
「話していて気が付いたんだがお前は結構毒を吐くよな。ここは素直に分かりましたって言う場面だぞ」
街に着くまでに話した結果、この程度の軽口を叩けるくらいには仲が良くなったというわけだ。あと大事だと言ったが俺は一文無しな訳で非常に助かる。死んでいた兵士から改修できたかもしれないが地球では三途の川を渡るのにも金が必要になると教えられたので金を取ることは出来なかった。どの程度必要なのか分からなかったが死者を無駄に冒涜する必要も無いだろうと服は貰ったが財布らしき物はそのまま残した。身の丈に余るようなものを持つ気は元々無いので忠告されても困る。
「隊長じゃないですか!」
歩哨がこちらに気が付いたようで野太い声で声を飛ばしてくる。
「今戻ったぞ、オーガに出くわして俺1人だけになっちまったがな。オーガは結果的には倒せたんだがゴーレムも破損が酷くて駄目になっちまったわ」
おそらく歩哨達にとっては朗報よりも悲報の方が割合が強いんだろう。集まってきた4人は故人となった仲間のことにでも思っているのかもしれんな。
「隊長、自分そっちの奴は見たことないですけど?」
「オーガに襲われたときに助太刀して貰ってな。あのままだと俺も帰って来れなかったわ。で、こいつはテオバルトって名前の迷子だ。縁があったし連れてきたんだ、感謝の印に飯でも奢ってやらないといけないだろうし、あと今回の税は俺が払うわ。今回の遠征じゃ正直、今のままのゴーレムじゃオーガとは単騎で戦えるほどの戦力にはならないってことを部下の命を対価にして実証したってことになる。対価がでかすぎだな、遺族に対して何も言えんよ。最悪俺の命で満足して貰うしかないというところだな」
「今回の遠征参加者の関係者を集めた方が良いようですね。役場に集めておきますので2時間ほどしたらお越しください。そちらの方も隊長を助けて頂きありがとうございます。ご恩は忘れません」
そう言い残して歩哨は業務に戻っていった。
こいつはなかなか慕われているようだ。初めて会った怪しい迷子の俺にも優しく接してきたし、部下に対しても人当たりが良く威張り散らしたりもしないんだろうな。
「とりあえず俺には死刑執行まで2時間だけだが時間が出来たわけだ。この街に来たのは初めてだろうから役所で登録してさっさと鉱魔石を換金しよう。時間が余ったら飯だな」
「わかった。必要なものとかあるのか?」
「身分証があれば問題ないな。ここに来る前に俺も確認させて貰ったが問題なく住民として登録できると思うぞ」
「そうか。それならよかった」
よかった。特別に必要なものがあったら登録どころではないところだ。最悪捉えられて処刑とかされたら生き延びた意味が無い。
ベイセルに案内されながら木造2階建ての建物に到着。ここが役所だそうだ。受付に行き身分証を提示して判を押される。押されたが身分証には何もされた形式がない。よく分からないが分からないなら問題にする必要は無い。
次にギルドに案内された。俺にはなんの組合なのかは分からなかったが鉱魔石の買い取りを行っているそうだ。ここでもカウンターに行くのが一般的みたいだ。受付にはベイセルと同じような年齢の男性が座っている。窓口は1つしか開いていないようだ。
「おや、ベイセルさんいらっしゃい」
「買い取り頼むわ」
そういって一緒に倒したオーガから回収した鉱魔石を受付の上にあったカゴに入れる。
「オーガの鉱魔石ですか・・・、今回の遠征のやつですか?」
「そういうことだ。こいつに助けられて老いぼれが1人生き残っちまったよ」
「残念ですが生き残ったのは良いことだと思います。全滅であれば死んだ者達の最後を遺族に伝えることも出来ませんからね」
そう言ってカウンターから立ち上がりカウンターの奥で作業している他の職員に黒い鉱魔石を渡した。意味が分からん。
「あれは何をしてるんだ?」
「おお、テオバルトよ情けないぞ。って鉱魔石の買い取りだろう?鉱魔石は鑑定しないと査定額が出なくて\\買い取って貰えないのは常識だろうが」
「・・・そうだな」
ベイセルにはここまで連れてきて貰った恩があるのだが俺にこっちの常識を求めないで欲しい。返答に困る。カウンターで買い取りを受け取った職員が鉱魔石と袋を持って戻って来た。
「含有魔力が多すぎますので多少寝落ちしますがオーガですからね。今回のごたごたもありますし多少ですが色を付けさせて貰います。金貨1枚になりますがよろしいですか?」
「問題ないが、2人で分けるから細かいのでくれるか?」
「ええ、問題ありません。半分に分けたらよろしいですか?」
「頼む」
ベイセルにうなずいた職員は奥に行きまた戻って来た。
「お一人銀貨50枚となります」
「ほらテオバルト、お前の取り分だ。」
「ああ、確かに受け取った」
銀貨の入った袋をベイセルから受け取りリュックにしまう。これで何回飯が食えるんだろうか?というか次は飯か。オークの肉くらいは高望みでもゴキブリよりは美味いものがあれば良いんだがな。
「あのベイセルさん、こちらの方はどのような?」
「さっきも言ったがオーガ討伐の時に助けて貰って礼がしたくてな。なかなかの腕利きだ。オーガの足の腱を断ち切るくらいだからな。そう言えばテオバルトは前居たところでギルドに登録してないのか?」
「俺はギルドに登録はしていない」
「ベイセルさん少々時間を頂けますか?」
「構わないけどテオバルトに用があるのか?」
「内のギルドでも新しく職員を雇うことになりまして、研修をしたいと思っていたのです。テオバルトさんでしたな。テオバルトさんさえよろしければお願いしたいのですが」
「??」
全く意味が分からん。そして俺の脇腹をつついてくるベイセルが鬱陶しい。「役得だな」とか言いながらつついてくる。
「テオバルトもここにとりあえず滞在するわけだし受けといていいと思うぞ。若い割には腕が立つし、金にもなる。ここはこのベイセルさんの言うことを素直に聞いておくと良いって」
「わかったからつつくのをやめろ。いい加減鬱陶しい」
「では、話が決まったところで新人を紹介しましょうか。今呼んできますので少々お待ち頂けますか」
そう言って席を立ち奥の部屋に消えていく。
「テオバルトはギルドに登録してないんじゃ知らないと思うが、ギルドでは新人研修の最後に特定の人に対して実際に実務をこなさないといけないんだよ。対象になる奴が総額で金貨10枚くらい稼げば研修が終わりになるんだったかな?で本題は、男には女が、女には男の新人がつくことになってるんだわ。新人研修の最後に付き合うわけだから報酬も少しは出るし、新人は若い子しか居ないからな。やったな、おいっ」
「おれを・・・、ああそうだな」
俺を食うつもりかと言いかけて女神を思い出した。あの女神は食わないと言っていたし、こっちの世界では女は男を食わないと言うことで良いんだろうか?女神を盲信するわけではないが油断さえしなければ何とかなるかと腹を括ることにする。ここまで来る最中にも女とは擦れ違ったしその際にはなんの攻撃も受けていないし襲われてもいない。ベイセルも普通にしていたからこっちの女は男を襲わないのだろうと思いたい。
「お待たせしました。こちらは当ギルドの新人でルイーザと申します。ルイーザ」
「ルイーザ・ログフェローです。この度はご面倒をおかけしますがよろしくお願いします。」
「テオバルト・ミュラー・ハーゼだ。こちらこそよろしく頼む」
さっきの職員に連れてこられた女を紹介され女も自己紹介してきたわけだが礼節としてこちらも名乗っておいた。だがなぜ髪の毛がエメラルドグリーン?翡翠色でも問題ないだろう。まさか地球と同じく遺伝子異常なのか?
「テオバルトさんには先ほど聞き忘れてしまったのですが、当ギルドに登録して頂きたいのですがよろしいですか?」
「ああ」
エメラルドグリーンである必要はあるのか?異世界とはこうも信じがたいものなのか?ベイセルはもしかして加齢で白髪になったのではないのか?だがこの中年職員は髪が黒いし・・・
「では登録からルイーザに担当して貰います。研修中はあなたの報酬も1割程度上乗せされますのでよろしくお願いします。」
「ああ」
これは初心者救済のギルドの支援なんだがテオバルトは職員が何か言っていることよりも髪の色が気になって仕方ない。テオバルトは改めて異世界に来たのだと思えた。
「では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします。分からない箇所がありましたら何でもお聞きください」
などと言われても何がなにやら。エメラルドグリーンを普通に受け入れられないのは俺が悪いんだろうか?見てしまったんだから信じないといけない。そうだ。俺はそういう考え方をして生きてきたんだった。多少混乱してしまったのは俺が未熟だからに違いない。そうに違いない。
「探求者はこの世界に生きる人で王族と貴族ではない者達全ての名称になります」
ルイーザの言うことを聞いてみることにしよう。こちらの常識を吸収する良い機会だ。
「探求者で一番有名なのが人をモンスターから守る守護者とダンジョン探索をしている冒険者ですね。このマイアタルではモンスターの出現頻度が高いので通常の探求者は鉱魔石の売買などで生計を立てている方が多いですね」
「じゃあ鉱魔石を売りたいのだが?」
「あるのでしたら買い取りさせて頂きます。こちらのカゴに入れてください」
中年の職員とベイセルは「順調ですね」とか「初々しいね」とか言っているが加齢臭が気になる連中はこの際無視だ。
ルイーザに言われた通りに今まで手に入れたオーガの鉱魔石を首飾りから1つだけ入れた。
「では買い取り価格をお調べいたしますので少々お待ちください」
ルイーザはそう言って先ほどの職員と同じ行動を取る。研修など必要なのではないだろうか?多分俺でも出来ると思う。
「なあ、テオバルト。あれどこの遺跡で手に入れた?」
「はぁ? ベイセルよ良い奴だったが残念だ。介護してくれる家族は居るのか?」
ぼけたようだ。ここ数日で大量の化け物、こっちではモンスターに襲われて撃退したことはここまでの道中で話してあるだろうに。しかしボケるということは世界を渡ったとしても普通にあるものなのだな。人間の形状をしているもの全ての疾患なんだろうか?
「とりあえず俺はボケてないぞ。あの鉱魔石は白だよな?」
「ベイセルの悪いところは」
「目も悪くない。白いってことは含有魔力が少ないんだよ。そんな鉱魔石なんて遺跡以外になるわけないだろうが。それともお前は法術が使えるのか?使えても白くするなんて」
「法術は使えないと思う。それよりも現物が実際にあるんだからしょうがないだろ。オーガを倒した話はしただろ。あれの中から出てきたのがあれだ」
「お待たせしました、テオバルトさん。買い取り額は総額で金貨20枚になりますがよろしいですか?」
「ああ、問題ない」
「ありがとうございます、では代金になりますね。テオバルトさんのおかげでギルド登録から鉱魔石の買い取りまで実際に体験できました。ありがとうございます」
「こちらこそ助かった。分からないことが多いから教えてくれると助かる。また何かあったらここに来ることにしよう」
「はい、よろしくお願いします」
やはり仕事を忠実にこなすタイプの人間らしい。こうやって見ると顔の作りも悪くないし笑顔も良い感じだ。ペコペコしているだけというわけではなく、相手の目を見てきちんと話が出来ており感謝の念を示すために頭を下げているように見える。ただ胸部は女神ほどではないが腫れている様に見えるが痛みは無さそうだし、もしも相談してきたら一緒に医者を探してもいいな。
テオバルトは代金を首飾りに収納してベイセルと共にギルドを後にする。