運命に抗う
三日目の夜のこと。
護衛任務が外れた三島は、オフィスで書類整理をしているところだった。
そしてオフィス全体を見渡せる席で、
上司の葛城誠司は誰かと電話をしている。
短いやりとりの後、電話を切った葛城は、ため息をついて腕を前に組む。
「どうされましたか?」
三嶋は葛城の様子がいつもと違うのを感じとり、疑問を投げる。
それに対して葛城は再びため息をつき、
「妙な報告を受けてな……
お前と入れ替わりで彼女の護衛についた者から定期連絡がまだ来てないらしい。本来なら今から一時間前には定期連絡が届いているはずなんだが……」
その言葉を聞いた途端、三嶋の中を何かがざわめく。
一瞬の思考停止。
そして気づいた時には左手に外出用のコートを握っていて、
「どこに行く気だ、三嶋」
その行動から読み取れる次の行動を予測した葛城は、三嶋を言葉で制す。
それに三嶋は応えない……いや、応えることができなかった。
自分でも全く無意識のまま、今すぐこの場を出て彼女の元へ向かおうとしていたのだ。葛城は続ける。
「残念だが彼女の護衛任務はもう終わったんだ。
上から特別な指示も無い以上、後は公安に任せることになるだろう。
つまり、我々の出番はもう……無い」
葛城の言うことももっともだ。
自分が組織の中に組み込まれている以上、その命令系統から逸脱した行動を軽がるしく行ってはならない。
「………」
……そう、十分に分かっている。
個人の感情で動くのは、組織内にいる人間として愚かな行為だ。
三嶋も例外ではない、これまでも組織に従って生きてきた。
分かっている、分かっているはずなのだが……
「………」
左手にコートを掴んだまま、まるで時間が止められたようにその場で静止する三嶋。
確かに自分ひとり向かったところで彼女の死は既に視えてしまっている。
その運命は今まで誰一人として変えることはできなかった。つまりいかな対応をしても、彼女はいずれにせよ命を落とすことになるのだ。
……ならば、今自分がやろうとしていることは無意味なのだろうか。
「無意味、か……」
鼓動が高鳴る。
なにやら耳障りな音がすると思ったらどうも自分の心音らしい。
とてつもなく嫌な感じが三嶋の体中を這い回る。
「………」
この行動は無意味なのか……?
何故……?
救えないから……?
死が視えているから……?
だから、諦めるのか…… 彼女を――
「………」
――否!
彼女は護る、……必ず!
彼女を…… 殺させはしない!!
気づいた時には三嶋はオフィスを飛び出していた。
左手に掴んだ漆黒のコートを羽織り、風になびかせながら。
後方でなにやら上司が叫んでいるが、一切耳に入ってこない。
三嶋は、ただ助けたいという一心で彼女の元へと駆け出した。